第25話 卒業式当日

               卒業式当日


(卒業生は午後から集まり、教室で用意されているお弁当を食べてホームルームが始まる)


               五十嵐(皆が昼食を食べ終わった頃に教室にやってきて教壇に立つ)


 皆さんこんにちは。それでは今から、最後のホームルーム前編を行っていきます。

 まず、今日は卒業式です。主役は、ここにいる皆さんです。走馬灯を見るように三年間の思い出を振り返りながら参加してみてください。

 この教室を出発する時間が、午後二時となっていますので、それまでは自由時間ですが、二時に出発できるように廊下に並んでおいてください。

 次です。朝のテストは、

(生徒たちを見渡してから)もう必要ありませんね。

 それではひとまず解散とします。

(教室を出ていく)


               七海(五十嵐を追いかけて教室を出る)


 先生。


               五十嵐(立ち止まる)


 どうしましたか、七海さん。


               七海


 先生に伝えておきたいことがあって。少しお時間いただいてよろしいでしょうか。


               五十嵐


 構いませんが、なんですか?


               七海


 先生には三年間、私の、心の声が聞こえないことで色々ご迷惑をおかけしてしまいましたが、先生のおかげで、無事今日を迎えることができました。先生には、感謝してもしきれません。ありがとうございました。


               五十嵐


 別に迷惑だなんて思っていませんよ。私も、あなたのおかげで気付けたことがたくさんあります。こちらこそありがとう。

 ただ、


               七海(驚いた顔で)


 ただ?


               五十嵐


 こういうのは卒業式が終わってから言うものじゃないでしょうか。


               七海(ハッと気付いた顔をした後、満面の笑みになって手を差し出す)


 確かに!


               五十嵐(七海と握手をして)


 あなたって人は……。


(教室に戻ろうとすると、小野がやってくる)


               小野(七海に近づいて)


 七海ちゃん、今時間大丈夫?


               七海


 ええ、大丈夫よ。どうしたの?


               小野


 ちょっと来てもらえる?


               七海


 もちろんよ! 小野ちゃんの誘いなら、廃工場でも裏カジノでもどこへでもついてくわ!


               小野


 それはダメ!


(二人で教室を出て、三組の前へ行く)


               七海


 あら、金城くんじゃない。


               金城


 久しぶりだね、七海ちゃん。


               七海(小野を見て)


 それで、小野ちゃんの用は何かしら?


               小野(金城の隣に来て)


 あのね、私たち、実は付き合ってるんだ……。


               七海(比較的普通の顔で)


 そうだったの! 知らなかったわ!


               金城


 七海ちゃんのおかげで自分の本当の気持ちと向き合うことを知れたんだ。だから、君には伝えておかないとと思って。


               七海


 あなたの人生はロックバンドの一つの曲そのものね。

 良かったわ。自分の「心」に気付けて。

 じゃあ二人ともに言うわね。

お相手をどうか大切にしてあげてください。


               金城


 ありがとう。


               小野


 七海ちゃんも、これからもよろしくね!


               七海


 もちろんよ!

 ただ、


               小野 金城


 ただ?


               七海


 こういうのは卒業式が終わってから言うものじゃないでしょうか。


               小野 金城


 確かに。


(三人で笑う)


(卒業式が執り行われ、全員が卒業証書を受け取る。卒業生は退場し、各クラスに戻り、最後のホームルームが始まる)


               五十嵐(教壇に立つ)


 それでは、最後のホームルーム後編を始めます。

 最初に連絡事項が一点。卒業したからといって、あまり羽目を外し過ぎないようにしてください。皆さんには未来があります。人生まで卒業することのないよう、気をつけてください。

 ……。連絡は以上です。

 ここからは、担任としてではなく、ただの人間、五十嵐からの話をさせてもらいます。

 先ほど未来と言いましたが、未来は何が起こるかわかりません。ただ、必ず起こることがあります。それは、迷い、悩むことです。

 その時は、非常に苦しい思いをすることになるでしょう。眼前には闇が広がっている。それなのに、後ろは崖で、底の方を覗くと無限の闇が広がっているために、引き下がることができない。ふと自分の胸に手を当て、意識を自身の内に向けたら、そこにもまた闇がたたずんている。

 それがいわゆる、絶望というものです。そうなると人は、色々と諦めなければならなくなります。

 そうなった時、大半のことは諦めても問題ありません。大体は何の根拠もない欲望なのですから。

 しかし、そんな中で諦めてはいけないことがあります。それは、最後に残った夢と、人間として生きることです。

 それを諦めてしまえば、その後の人生は完全なる闇、完全なる無になってしまいます。絶望した状態が続き、生きている意味も目的もない。ただ食べるために生きることになります。

 皆さんにはそうなってほしくない。それは非常にもったいないことだからです。

 生きる目的や意味、生きがい、信念。そういったものは、絶望した先にあるものです。何かのために生きるということは、その何かがなければ生きていられないということと同じです。つまり、絶望している状態とほとんど変わらないのです。

 しかし、その紙一重の違いが雲泥の差となります。自分が、自身の内から見出した希望さえあれば、あらゆる絶望の闇を照らすことができます。

 なので皆さんには、絶望の先で、その何かを見つけていただきたい。それこそが人間として生まれてきた理由なのですから。

 希望は必ずあります。それは私が保証します。ですから、繰り返しになりますが、思う存分絶望し、希望を見つけてください。

 以上です。三年間本当にありがとうございました。

(一礼する)


(帰りのホームルームが終了する)


               野山(七海の席まで来て)


 七海さん、三年間ありがとう。


               七海(立ち上がる)


 こちらこそありがとう。野山くん。


               野山


 君と出会えて良かったよ。君という人間がいたことで、俺は人間を信じるということを知れた。


               七海

野山くんは優しいわね。人を受け入れられる優しさがあれば、きっと真実に到達できるわ。

それと、野山くんの変化自体が、私を、私たちを元気付けていたことも知っておいてね。


               野山


 俺の変化が?


               七海


 ええそうよ。苦しみの山を登らんと食らいつく人間の姿は、それだけで周りの人間を鼓舞するものだからね。


               野山


 俺が……。

最後の最後まで本当にありがとう。


               七海


 こちらこそありがとう。

 これが最後と言わず、また会いましょうよ。


               野山


 そうだね。必ず。


               七海


 あ、そうだ。私のドッペルゲンガー結構いるから、間違わないようにしてね。


               野山(微笑みながら)


 中身が違うなら、たぶん気付けるよ。


               七海(微笑みながら)


 頼むわね。

 それじゃあまた。


(教室の外にいた小野寺に、七海と楓が会いに行く)


               小野寺


 お~、七海くんと楓くんじゃないか~。もしかして卒業しちゃった?


               楓


 しましたけど、どうかしましたか?


               小野寺


 あら~、卒業しちゃったか~。おめでとう。これでまた一歩死に近づいたね~。


               七海


 そこは大人に近づいたでいいじゃないですか。


               小野寺


 大人なんかよりも死の方が重大だからね~。

 それより、なにか私に言っておくこととかあるんじゃないの?


               楓


 なんでしたっけ?


               七海


 命拾いしたな、とかですか?


               小野寺


 いや確かにそうかもしれないけど。

 そうじゃなくて、お礼の言葉とか!


               楓


 先生のおかげで、人間にとって最も大事なものを知ることができました。本当にありがとうございました。


               七海


 先生には、あるべき人間の姿を示してくださり、たくさんのいい影響を受けることができました。本当にありがたい限りです。


               小野寺


 あれ? 珍しく素直じゃないか。なんだか怖いな。


               七海


 それじゃあ先生、あっちへ行っても頑張ってください。


               楓


 健闘を祈ります。


               小野寺


 え? 君たちが行くんじゃなくて? てゆうか、あっちってどっち?


               七海(教室に戻りながら)


 楓ちゃんにも何度も助けてもらったわね。本当にありがとう。


               小野寺


 お~い、あっちってどっち~!


               楓


 それはお互い様だ。私も、お前という存在に何度も救われたよ。


               小野寺


 お~い、あっちってどっちか教えてくれないと、こっちからそっちへ行くからね~。


               七海 楓(満面の笑みで振り返って)


 私たちにもわかりません!


(楓は野山の席へ行き、七海は戸崎と細野の席へ行く)


               七海


あら細野ちゃん、どうしちゃったの?


               戸崎


 いいところに来たよ七海さん。さっきから細野さんが泣き止まないんだ。どうにかしてあげてくれないか?


               細野(泣きながら)


 まさか卒業式で本当に泣くと思わなかったよ~。こういう時の涙って無理して出すものだと思ってたよ~。


               七海


 さらっと泣きそうになること言わないでくれるかしら。

 まあ良いことじゃない? 泣くぐらい思い入れができたってことは。


               戸崎


 それもそうだね。

(細野を見て)よし、思う存分泣きなさい!


               細野


 七海ちゃ~ん。三年間本当にありがとう~。ここまで学生生活が良かったって思えるのは七海ちゃんのおかげだよ~。


               戸崎


 僕の方からもありがとうと言わせてもらうよ。君のおかげで僕は変わることができた。本当にありがとう。


               七海


 こちらこそよ。優しい二人だったから、明るい結末を迎えることができた。

 二人の結婚式が今から楽しみよ。


               細野


 気が早いよ~、って、え? それどういう意味?


               七海


 二人はお似合いだな~、ってずっと思ってたのよ。


               戸崎


 僕と細野さんが? いやまさかね。


               七海


偉大なる詩人はこんな言葉を残しています。「人間というものは、自分の欲するままにどちらに向こうと、どんなことを企てようと、結局はいつでも、自然によって予め画された道に戻って来る」、と。


               戸崎 細野(お互い顔を見合わせた後目を閉じて)


(鏡)いやいや(鏡)


(静かにその場を後にし、下足室の外で待っている両親たちの元へ向かう)


               七海(下足室を出て)


『おかしいわね。青戸くんはどこかしら』


               青戸(七海の真後ろに立って)


 ここだ。


               七海(驚きと共に笑顔になる)


 あら、ここにいたのね運命の人。

 運命の人は卒業式どうだった? 


               青戸(照れながら)


 二人称を(運命の人)にしないでくれるかな。


               七海(わざとらしく)


 あら失礼、全然気付かなかったわ。


               青戸(やれやれという顔の後)


 因果について考えていた。この苦しみだらけの生の原因がその過去、例えば前の生にあるのだとしたら、どうしてその俺は、また生まれることを受け入れたのかって。


               七海


 卒業式と何の関係があるのかわからないけれど、それでどういう結論になったの?


               青戸


 また君と出会うために、また生まれることを受け入れたのだと思う。たとえ耐え難い苦しみを味わうことになったとしても。

(自分で何を言っているのか気付き、恥ずかしくなる)


               七海(照れる)


 ちょっと青戸くんどうしたの? バカップルの片割れみたいになってるわよ。


               青戸


 バカップルの片割れに言われたくない。


(両親たちの元に到着する)


               七海


 お待たせ、みんな。


               萌木


 遅いよ~。何してたの?


               七海


 最終回っぽいことをしていたのよ。


               青戸


 ああ、だから荒廃した大地に翡翠色の種を蒔いていたのか。


               水田


 まさかのバッドエンドかよ。


               七海の父


 君が香織の運命の相手の青戸くんか。……エイリアンとかじゃなくて安心したわ。


               青戸


 ご挨拶が遅れて申し訳ありません。青戸と申します。これからどうぞよろしくお願いいたします。


               七海の母


 そんなにかしこまらなくていいんだよ~。どのみち私たちの一部として取り込まれるんだから~。


               水田


 自分たちがエイリアンみたいじゃないですか。


               水田の母


 久しぶりに見たら、香織ちゃんも大きくなったね~。


               萌木の父


 ほんとだな! 元気そうで良かったよ!


               七海


 お久しぶりです。おかげさまで、ここまで大きくなりました、態度が。


               萌木の父


 あっはっは、それは元からだろー。


               七海(目を見開いてから)


兵士よ! 諸君は満足に幸福な人生を送っていない。私は諸君をこの世で最も幸福な未来へ連れて行こう。さあ、出発だ!


(全員が歩き始める)


               青戸


 昔からこうだったんですか?


               萌木


 いいや、今はナポレオンっぽいけど、昔はカエサルとか、諸葛孔明っぽい時期もあったかな。


               青戸


『さすがは運命の人だ……』


               七海(青戸に近づいて)


 今、さすがは運命の人だ、って思ったでしょ?


               青戸


 さすがは運命の人だ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ここ恋!〜誰もが心の声を聞ける世界で聞こえない私が恋をした〜 桃園亮明 @tooen3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ