第22話 修学旅行後編

               修学旅行後編


(グループ別学習で船旅のコースを選んだ七海と戸崎。乗船する)



               七海(船の敷地内に入る)


 なんだか、少しだけ別の世界に来たみたいね!


               戸崎


 そうだね! 物理法則が変わったのかと感じるよ!


(船の後ろの方へ行き、港から遠ざかるのを見る)


               七海


 さらばだ、我が母なる星よ。我が死に、魂となって宇宙中へあまねく広がるその時まで、しばしの別れだ。


               戸崎


 まだまだ母なる星の中だけどね。


               七海


 戸崎くんは、魂って信じるかしら?


               戸崎


 魂っていうのは、永遠に不滅な僕たちの本体ってことかな?


               七海


 そんなところね。


               戸崎


 そうだね、信じられるようになったよ。君と、君たちのおかげでね。


               七海(振り向くようにして)


 私たちの?


               戸崎(七海の髪が風でなびくのを見てから)


 そうだよ。君たちは不滅なものを信じている。それは決して弱さじゃない。

不滅なものとは運命のことだ。それを信じて守ろうとするのは、運命の元にいる僕たち全員を信じて守ろうとするのと同じ。だからそれは、本当の強さだったんだ。

そして弱い人間であるにもかかわらず僕がそれを信じられるようになったのは、君たちがいたからだ。この孤独の、この虚しさの先に君たちがいると思えば耐えることができた。


               七海(小さくなった港の方を向き直す)


 なんだか物語のクライマックスみたいね。私たちの物語は終わらないわよ?


               戸崎(視線を七海に残したまま)


 もちろん知ってるさ。これから終わるのは、僕の中の一つの想いだ。


               七海


 何かの終わりは新しい何かの始まりでもある。戸崎くんの転換点に立ち会えて光栄だわ。


               戸崎


 こちらこそ、七海さんで良かった。

(近くにある待合室を見ながら)とりあえず港から離れたことだし、一旦そこに入ろうか。


               七海


 そうね。このまま波を見続けていたらゲシュタルト崩壊を起こしそうだわ。


(待合室の椅子に座り、窓から海岸線の景色を眺める)


               戸崎


 船から街を見ていると、いつもの生活を俯瞰して見ている気分になるね。


               七海


 確かに。あとは、エンドロールに流れる映像みたいにも見えるわ。


               戸崎


 何の物語の終わりなんだい?


               七海


 そうね~。暗闇の中で奪われた心臓を探し続ける物語かしら。


               戸崎


 それは、終わって良かったね……。


(シント港辺りに差し掛かる)


               七海(前方を指差して)


 あれがボートタワー?


               戸崎


 ほんとだ。初めて見たな。


               七海


 なんだかワームホールみたいね。あそこに入ったら過去に戻れそうだわ。

(頭を抱えて)また心臓を探し続けるのか……。


               戸崎


 そのまま通り過ぎてよかったね……。


               七海


 戸崎くんは何に見える?


               戸崎


 僕か~。僕は、バットの持つ部分に見えるかな~。


               七海


 じゃあ打つ部分は地下に埋まってるのね。


               戸崎(笑って)


 モフイ像みたいにね。


               七海


 だいぶ凝ってるわね。シントの町おこしは。


(淡路海峡大橋に近づき、他の客が前方に移動した頃、七海と戸崎は船の後方から外に出る)


               戸崎(手すりに両肘をついて)


 良かったのかい? 橋を正面から見なくて。


               七海


 いいのよ。しんがりは私たちにしか務まらないわ。


               戸崎


 そうだね。

(微笑みながら)『運命がお膳立てしてくれたのか? 余計なことを』


(橋を通過する)


               七海


 今の一瞬暗くなった隙に、誰にも気付かれずにターゲットを殺害した犯人がいると予想するわ。


               戸崎


 次なる物語はミステリーだね。


(船が折り返し地点に来る)


               七海(手で目の辺りに日陰を作って)


 夕日も、光が水面に反射してできた光の線も眩しいわね。美し過ぎるものは直視できないということかしら。


               戸崎(目を閉じたまま微笑んで)


 そうなのかもしれないね。


『さあ、けじめをつけよう』


 眩しくて見られないよ。


(七海の方を見て)七海さん。


『君が好きだ』


 君は素敵な人だ。


(七海が敢えて何も言わないまま少しだけ戸崎の方を向く)


 君にまだ言えていなかったことがある。


『僕と付き合ってほしい』


 僕を救ってくれてありがとう。


 僕は今まで空っぽだったんだ。親に言われるがままだったし、周りの人も、親から受け継いだ才能と名誉しか見ていなかった。


 自分がどこにもいなかった。どんな時も、誰も、自分でさえも自分を見つけられなかった。


 でも、君が見つけてくれた。その虚しさこそが自分なんだってことを。


君が教えてくれた。その虚しさは充実に変わる日が必ず来ると。


『ずっと僕を見ていてほしい』


 ずっと僕を見ていてほしいと思った。


そうすれば僕は自分を見失わないでいられる。


 だけどそれじゃ駄目だ。君が君の人生を生きられなくなるし、本当の自分は自分自身で見つけないといけない。


 僕は、僕の目で、「心」で、君を見たい。


 だから君は、いつまでも、君らしく生きていてほしい。


               七海(すっきりとした戸崎の表情を見て、伝えたいことを言い終えたと判断して)


(優しい笑顔で)ありがとう。わかったわ。

 安心してちょうだい。私は自称クオーターハーフエルフなの。だから、多分不老不死なので、いつまでもいると思います。何言ってるのかしら私。


               戸崎


 君らしいよ。


(橋を通過する)


(グループ別学習で、歴史的町並みを選んだ青戸と細野)


               細野(駅の改札を出て)


 凄い! タイムスリップしたみたい!


               青戸(細野に続いて)


 その言葉も古き良き決まり文句だな。


(歴史的町並みを歩く)


               細野


 建物は古いのに、歩く人たちはみんな現代の服装だから、すごく不思議な感じがするね!


               青戸


 タイムスリップしたのは建物の方だったのかもな。


               細野(カップルで来ている観光客を見て告白することを思い出す)


『そうだった……』


               青戸


『どうかしたのか?』


               細野


『え? いや、何でもないよ! そうだ! お団子屋さんに行きたいね!』


               青戸


『団子か、いいな。ちょうど今串刺しの何かを食べたかったところだ』


               細野


『そんな瞬間ある?!』


(団子屋でそれぞれ団子を買い、店先の長椅子に座って食べる)


               青戸(団子を一つ食べて)


 みたらしが嫌いな人はこの世に一人もいないんじゃないだろうか。もしみたらしが政界に進出したら、総理大臣になってしまうな。


               細野(団子を一つ食べて)


 面白いね! どんな国になるんだろう~。


               青戸


 ベタベタの国になるだろうな。

 その団子はどうだ? つぶあんが乗ってる、色白の不良少年みたいなやつは。


               細野


 さっきから感性がサイコパスになってない?

(一瞬我を忘れて)一つ食べる?

(我に返って顔がピンクの団子のようになる)


               青戸(動揺する)


 え、いいのか? じゃあ一つ交換ということにしようか。


(団子を交換する)


(海老餅のような顔でつぶあん団子を一つ食べる)真っ直ぐで正義感のある甘さだな。若々しさを感じるぞ。


               細野


 正義感のあるヤンキーだと思って食べてない?

 じゃあこっちもいただきます!

(桜餅のような顔でみたらし団子を一つ食べる)確かに全てを包み込む包容力があるね!


               青戸


 いいリーダーになりそうだろう。


(団子を一つ残して一旦休憩)


               細野(過去の空気に浸りながら)


 落ち着くな~。


               青戸(過去の想像しながら)


 そうだな。


               細野


 青戸くんは、過去に戻りたいと思ったりする?


               青戸


 それは、好奇心から自分が生まれる前に戻るのか、自分の過去を変えるためとか、もう一度あの時の体験をしたいとかで、自分が生きていた時間に戻るのかどっちだ?


               細野


 じゃあどっちも!


               青戸


 どっちもか。まあどっちにせよ、俺は過去に戻りたいとは思わないな。


               細野


 ええ~、どうして?


               青戸


 自分が生まれる前に戻りたくないのは簡単な理由だ。単純に、少しの間でも生きていけないと思う。俺の生存能力は線香花火以下だからな。


               細野


 儚すぎるよ!

 それで、自分の過去に戻るのはどうして嫌なの?


               青戸


 それにも俺から見たら明白な理由が二つある。一つ目はたとえ過去を変えても、今は今とさほど変わらないだろうと思うからだ。二つ目は、今が一番ましだからだ。一瞬でも過去に戻れば、俺はその苦しみの大きさから爆発してしまうだろう。そしてその団子みたいな髪型になる。


               細野(団子を見てから)


 そっか~。どっちも納得はできるな~。過去を変えても、結局大して変わらない人生を送る気がするし、そもそも過去の悲惨さに耐えられない気がするよ~。

 でも、


               青戸


 でも?


               細野


 やっぱり自分の人生、何をどこで間違えたのかなっていつも思っちゃうんだ~。だから、今をもっとより良くする正しい選択肢もあったのかも……。


               青戸


 その気持ちは非常によくわかるが、過去に正しさを求めるのは看過できないな。正しいものは未来にしかない。今をより良くする選択ができるのは今しかないということだ。

 それに、俺たちは今の君も大切な友人だと思っている。だから、消えてしまうのは悲しいよ。


               細野


 青戸くん……。

(泣きそうになるのを誤魔化そうと団子を食べる)


               青戸


 喉に詰まらせるなよ? 不良少年は弾力があるからな。


(また町を散策し、伝統工芸品の店にお土産を買おうと入るが、値段の高さに圧倒されて静かに店を出て、太陽が沈みかけているのに気付いて急いで八重の塔を上がり始める)


               細野(四階まで来て)


 まだあと半分もあるの?! 結構大変だね……。


               青戸(疲れて)


 だるま落としで三階建てぐらいにしたいな。


(なんとか八階まで到着する)


               細野(外に出て、夕日に照らされて溶けていきそうな町を見る)


 うわ~、綺麗だね~! これは上がった甲斐があったよ~。


               青戸(細野の隣で)


 そうだな。新鮮な卵の黄身をかけられたみたいだ。


               細野


 雰囲気は台無しだけど、すごくわかるな~。


(夕方の寂しさに片想いの切なさを想起する。数分間は二人とも静かに夕日を眺める)


(青戸の方を向いて)青戸くん、好きです。付き合ってください。


               青戸(夕日で赤く染まっている細野の顔を見て)


 ……それは、君の「心の底」にある想いなのか?


               細野


 ……わからない。

 でも、ここで伝えないと、ずっと後悔する気がして。


               青戸(微笑んで)


 そうか……。なら俺も、後悔のない選択をしよう。

 好意には感謝する。だが、付き合うことはできない。


               細野(自分の内側で涙を堪える)



 ……そっか。


               青戸


 君といると楽しい。きっと付き合っても楽しい日々が待っているだろう。

 だが、それだけのために付き合うことはできない。

俺はおそらく、君の苦しみの全てを理解してあげられないからだ。


               細野


 ……。


               青戸


 ひと時の快楽のために君を使い捨てにはしたくない。

 だから、気持ちには答えられない。


               細野(涙が流れていないかのように涙を流す)


 ……わかったよ。いつもありがとう、大切に考えてくれて……。


               青戸(ポケットティッシュを渡す)


 考えているだけで、大切にはできていないな。すまない。


               細野(頭を下げながらティッシュを受け取る)


 そんなことないよ……。


               青戸(景色の方を見て)


 さ、さあ、じゃあそろそろ帰ろうか。帰りはここから飛び降りるんだったか?

(柵から身を乗り出す振りをする)


               細野(青戸を止めようとしながら)


 違うよ! 泥水の舞台と混ざっちゃってるよ~。


               青戸


 泥水の舞台も帰りにあそこから飛び降りるわけじゃないだろ。


               細野(笑う代わりに泣く)


 ほんとだ~。


               青戸


 じゃあ降りるか、あの長い螺旋階段で。


               細野(泣く)


 嫌だ~。


               青戸


 もう少し落ち着いてからにしようか。遅れても百重の塔のせいにすればいい。


               細野(泣いたまま)


 増えすぎて百獣の王みたいになってるよ~。


(その日の夜)


(青戸と戸崎と野山の部屋)


               青戸(寝ている戸崎を見ながら小声で)


『安らかに眠ってるな』


               野山(青戸の隣で小声で)


『そうだね。昨日とは大違いだ』


               青戸


『こんな死に顔で逝けたらいいよな』


               野山


『確かに。

(数秒の間の後)生きてるんだよね?』


               青戸


『不安になってきたな』


               野山


『死んでたらどうしよう』


               青戸


『降霊術でもやってみるか。死んでたら生き返るし、生きてたら目が覚める』


               野山


『それは生き返るって言うのかな。幽霊が自分の死体に取り憑いてるみたいだけど』


(戸崎が寝返りをうつ)


『動いたよ。気を遣わせちゃったかな』


               青戸(目を閉じて)


『悪霊退散』


               野山(青戸を見て)


『君って人は……』


(楓と細野の部屋)


               楓(泣きながら今日の出来事を話す細野の隣で)


 そうだったか。お前は納得できてるのか?


               細野(若干落ち着く)


 青戸くんらしい、誠実な断り方だったからね。


               楓


 そうか、じゃあ後悔はあるか? 告白したことに。


               細野


 ……やっぱり振られてるから、後悔は多少あるけど、しなかった時の後悔よりは小さいと思う。それに、ありがとうって伝えられたし。


               楓


 ……。よく頑張った。

(細野の頭を撫でる)


               細野(また泣き始める)


 ありがとう~。


               楓


 それで、観光の方はどうだったんだ?


               細野


 綺麗な町で、お団子が美味しくて、八重の塔が大変だった~。


               楓


 八重? 大阪にあるのは七重の塔だぞ?


               細野


 え? でも確かに七階分上がったんだけど……。


               楓


 霊の仕業じゃないか? そこから帰ってこられたってことは、霊をお持ち帰りしているのかもな。

(細野の後ろを見る)


               細野(また泣き始めて楓に抱きつく)


 怖い~。


               楓(細野の頭を撫でながら)


 すまん、冗談……だ。


               細野


 何その間~。

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