三年
第21話 修学旅行前編
修学旅行前編
(三年前期の修学旅行。目的地へ向けて新幹線で移動中)
(七海と小野の座っている座席)
七海
まさか小野ちゃんが難関大学受験クラスに入るなんて思ってもみなかったわ。
小野
そうだよね~。私も自分でびっくりしてる~。
七海
『小野ちゃんは二人いる?』
でもそのおかげでまたこうして二人でゆっくり話せる機会ができたんだから、私は嬉しいわ!
小野(嬉しそうに)
ええ~、私もだよ~。
七海
小野ちゃんの一番の関心事は何かしら?
小野
う~ん、そうだな~。やっぱり今は、将来のことかな~。
七海
それは、受験とか就職とかってこと?
小野
そうそう~。ちゃんと幸せになれるのかなって。
七海
そうね~。てゆうかその前に、何が幸せかもわからないものね。
小野
そうなんだよ~。
七海
じゃあここで、「幸せなら拍手しよう」を歌いましょうか。
(リズムに乗せて)幸せなら拍手しよう
(静寂)
(リズムに乗せて)幸せなら拍手しよう
(静寂)
(リズムに乗せて)幸せなら気配で、
小野(七海の肩に触れて)
その辺にしとこっか。なんだか余計幸せが逃げていく気がする。
七海
あら残念。私は小野ちゃんのスタンディングオベーションを期待したんだけど。
小野
ここは新幹線の中だからね~。
七海
じゃあゲン担ぎに、悪役がよくやる間隔の広い嫌味な拍手で歌いましょっか。
さあ一緒に!
(リズムに乗せて)幸せなら拍手しよう
(悪役がよくやる間隔の広い嫌味な拍手五回)
(リズムに乗せて)幸せなら拍手しよう
(悪役がよくやる間隔の広い嫌味な拍手五回)
(リズムに乗せて)幸せなら気配で示せよな さあみんなで拍手しよう
(悪役がよくやる間隔の広い嫌味な拍手五回)
幸せになりましょう!
小野
そうだね!
(細野と楓の座っている座席)
細野
なんだか今、悪役がよくやる間隔の広い嫌味な拍手が聞こえてきたような。この車両に悪役が乗ってるのかな? 怖いな~。
楓
大丈夫だ、正義は必ず勝つ。
細野
どうしてそんなに自信を持って言えるの?
楓
悪は、悪に堕ちた時点で負けてるからだ。
細野
なるほど~。でも、歴史を見たら、正義が負けたこともあると思うんだけど……。
楓
じゃあ賭けをしようか。正義と悪、どっちが勝つか。私は正義に賭ける。お前は悪に賭けろ。最終的に賭けに勝った方が、負けた方の好きな人を知る権利を得る。
細野
ちょっと~。それじゃあ私もう知られてるから負けてるじゃ~ん。
楓
そういうことだ。私はお前の弱みを握っている。何でも言うことを聞いてもらうぞ。
細野
それ悪役のセリフじゃんか~。
楓
一つ目の命令だ。トイレに行きたいから、少し足を下げてくれ。
細野(足を引く)
それぐらい言ってくれれば普通にやるのに~。
(楓が去ってから)
悪役の人って、人を頼るの苦手なのかな?
(青戸と戸崎の野山の座っている座席)
青戸
せっかく新幹線に乗っているんだから、山手線ゲームをしよう。
戸崎
路線が違うけどね。
野山
お題は何にするの?
青戸
お題が必要なのか?
戸崎
ちなみにだけど、やり方は知ってる?
青戸
全く知らない。
野山
俺もあんまりよく知らないんだけど、戸崎くんはわかる?
戸崎
僕は知らないよ。
青戸
お前も知らないのか。じゃあ調べよう。
(スマートフォンを見ながら)「山手線ゲーム 方法 わかりやすく」。なるほど、お題に当てはまる言葉を順番に言っていくのか。
戸崎(青戸のスマートフォンを一緒に見ながら)
リズムに合わせて言わないといけないんだね。
青戸
リズムがあるのは厳しいな。おれは絶対音痴なんだ。
野山
絶対的な音痴。それは大変だね。とはいっても、僕も相対音痴なんだけど。
戸崎
じゃあリズムはなしでやろう。お題はどうする?
青戸
お題は俺に決めさせてほしい。「小さな絶望」でいきたい。
戸崎
難しいな。リズムなしで正解だったよ。
(「小さな絶望山手線ゲーム」の結果)
青戸 教科書が折れ曲がっている
戸崎 ワイシャツに墨汁
野山 削っても削っても芯が折れる鉛筆削り
青戸 カレーのルーにスプーンを沈める
戸崎 シャープペンシルの芯が本体の中で折れる
野山 奥歯の辺りでシャリシャリ音が鳴る
青戸 改札を通った瞬間に乗る電車の扉が開く音が聞こえる
戸崎 靴の中に石が入る
野山 お惣菜のプラスチックの容器が開かない
青戸 横断歩道の真ん中で信号が点滅し始める
戸崎 夏の直射日光
野山 大盛の料理の五口目
青戸 シンクに溜まった洗い物
戸崎 ゴミ箱に投げ入れて入らなかったゴミ
野山 SNSの通知が公式アカウントだけ
青戸 冷蔵庫の中が空
戸崎 デートの日にできたニキビ
野山 外出先で爪がかなり伸びていることに気付く
青戸 MPが赤ゲージ
戸崎 十四時
野山 二十三時
青戸 刀の耐久値が赤ゲージ
戸崎 絡まったイヤホン
野山 夏の長い昼
青戸 ショットガンの残弾数が三
戸崎 スマートフォンを起動してもやることがない
野山 火曜日
青戸 敵の甲冑に刀が通らない
戸崎 眠れずに迎える夜明け
青戸
それは小さくないだろう。
野山
普通の絶望だね
戸崎
案外きちんと審査していたんだね……。
(ホテルに到着し、昼食後、自由行動となった七海、小野、細野、楓、青戸、戸崎、野山は大阪区にある難破にやってくる)
七海
ここが難破か~。そうだ、青戸くんは大阪出身だから、来たことあるんじゃないの?
青戸
ないな。今が初めてだ。
七海
そうなの。じゃあ明日行く五つのコースだったらどれに行ったことがあるの?
青戸
どれもないな。そもそも、俺は大阪出身だが、大阪のことはこの辺にいる観光客より知らない。
七海
どこかの実験施設に閉じ込められてたの?
青戸
ある意味そうだ。
楓
こいつは「ある意味そうだ」を何にでも使うからな。あまり信用するなよ。
青戸
お、射的ができる店があるじゃないか。あれはここならではなんじゃないか。皆で行ってみよう。
戸崎(苦笑いしながら)
東京でもやったけどね……。
(射的の店に入る)
細野(銃を持ちながら一瞬青戸を見る)
……。
楓(片手で銃を持ちながら全ての弾で景品を取る)
私の前に立ちはだかったのが運の尽きだったな。
戸崎(的に当たっても倒れない)
立ち往生か……。
小野(時間差で景品が倒れる)
やった! 倒れた!
野山(弾を全部使って一つの景品を取る)
『何をするにしても人より時間と労力がかかるな……』
青戸(お菓子を狙うが弾がめり込んで止まる)
止められただと……。
七海(フィギュアを狙って撃つが弾が跳ね返って自分に当たる)
これが因果応報……。
(そのままその場に倒れる)
店員C(七海に駆け寄る)
お客さん大丈夫ですか?!
楓
安心してください。こいつはもう手遅れなので。
(射的の店を出て、複数のたこ焼きの店でそれぞれ好きなたこ焼きを買う。通行人の邪魔にならない場所に集まって食べ始める)
細野
熱いけど美味しいね!
戸崎
大阪で食べると余計美味しく感じるよ!
小野
不思議だね~。
七海
野山くんのたこ焼きには何がかかってるのかしら? エイリアンの体液?
野山(諭すように)
食べてる人にそういうこと言わないでくれる? バジルソースだよ。
七海
いいわね! 異種間、じゃなくて異文化交流って感じで!
野山
エイリアンが頭から離れないんだね……。
楓(青戸のたこ焼きの断面を偶然見て)
ん? お前のたこ焼き、中に何が入ってるんだ?
青戸
シジミだ。
楓
独特なチョイスだな……。
青戸
独特な俺だからこそ、食べてあげたかったんだ。
七海
使命感まで独特ね。
戸崎
そういう七海さんも、食べてるのたこ焼きじゃないよね? 甘い匂いがするよ。
七海
これはホットケーキミックスをたこ焼き機で焼いたものよ。中にはメープルシロップが入っているの。
楓(手首の血管を見ながら)
私の体液じゃないか……。
戸崎
カエデだからってことだね。なかなかそれも美味しそうだ!
青戸(物欲しそうな目をして七海の方を見る)
『それいいな……。俺も食べてみたいな……』
七海(青戸の目線を見つけてニヤリと笑ってから)
これが欲しいのかしら?
青戸(悔しそうに頷く)
……そうだ。
七海
じゃあ取引をしましょう。私のたこ焼きをあげる代わりに、私の要求に従ってもらう。
青戸
別にこのシジミが入ったたこ焼きと交換でもいいんだぞ?
七海(一瞬硬直して)
……。それは、ほら、青戸くんには使命があるじゃない。全うしなさいよ……。
青戸
そういうことか。感謝するぞ。
じゃあ君の要求とは何なんだ?
七海
それは追って連絡するわ。
青戸
なんだか怖いな……。
ではまあ、いただきます。
(七海からホットケーキミックスたこ焼きを一つ貰う)
肥沃なホットケーキの土壌に育つメープルの木……。素晴らしい。
『こっちにしとけばよかったかな……』
(楓からの「シジミに謝れ」という視線におびえる)
(道頓川に面しているグルコの看板の真下にやってくる)
戸崎(看板を見上げながら)
これがグルコの看板か!
細野
本物だ!
小野
結構大きいんだね~。
七海(両手を胸に当てて)
聖火ランナーとして走る平等の女神の姿……。神々しい……。
野山(真下から写真を撮る)
『これがグルコの看板か……』
青戸(野山を見ながら)
なんだかその角度から写真を撮っていると、盗撮しているみたいだな。
(目線を看板に移す)
楓(青戸を見ながら)
お前も覗きに見えるぞ。
(二人して恥ずかしがる)
(七海、青戸、楓、野山は近くのお土産屋に入る)
七海(ストラップのコーナーを見ながら)
『タコが考えてる人のポーズをとっているわ! 何を考えているのかしら。自分の口に足の吸盤をくっつけたらどうなるか、とかだったら面白いわね』
楓
『すべらない恋人……。さすが大阪だ、攻めているな』
青戸
『ココア饅頭日焼け止め……。ネーミングセンスにシンパシーを感じるな……』
野山
『ぽてリコのたこ焼き味か……。それにポテびーにもたこ焼きがある……。どっちにしよう、迷うな……』
(細野、戸崎、小野は近くの豚まん屋で豚まんを買う)
細野(豚まんを一口食べて)
美味しい~。やっと食べれたよ~。
戸崎
せっかく大阪に来たんだから、これをた食べなくっちゃね!
小野(食べるのを躊躇する)
『太らないか心配だな……』
細野(口を閉じて食べながら小野に向けてグーサインを送る)
『小野ちゃん。これは修学旅行。だから勉強のために食べてるんだよ。勉強して付くのは脂肪じゃなくて知識だから安心して!』
小野(決心する)
『ありがとう細野ちゃん! いただきます!』
(一口食べる)
美味しい~。幸せだよ~。
戸崎
二人とも美味しそうに食べるね!
(夕方にはホテルに戻り、夜に夕飯を学年全員で食べる。その後、各自自由行動となる)
(細野と楓の部屋)
細野(ベッドに座って)
お風呂にも入ったし、歯も磨いたし、後は寝るだけだね!
楓(ベッドに座って)
そうだな。完全なる自由だ。
細野(旅のしおりを見ながら)
明日のグループ別学習、楓ちゃんは山登りのコースだったよね?
楓
そうだ。小野と野山も一緒だな。
細野
山登りが好きなの?
楓
いや、全然好きじゃない。高いところも、虫も、運動も好きじゃないからな。
細野
悲しい因数分解だね……。
じゃあどうして山登りを?
楓
ちょうどこのコースを決める時、隣の席が野山だったんだ。それで、あいつが山登りにするって聞いて、こいつは山頂からの景色に何を想い、何を感じるのか近くで見たくなったんだ。
細野(ニヤリと笑う)
ふ~ん。なるほど~。
楓(疑うような目で細野を見て)
なんだ?
細野(白々しく)
なんでもないよ!
楓(復讐せんとばかりに)
そういえば、お前は青戸と一緒だったよな?
細野(思い出したように心臓の辺りを押さえ始める)
ちょっと楓ちゃん、それは……。
(ベッドにうつ伏せに倒れる)
楓
どうしたんだ? 好きな人と同じコースなら、嬉しいはずだろう。
もしかして、告白しようと思っているのか?
細野(追い打ちを食らわされたように仰向けにひっくり返る)
……そうです。やっぱりやめた方がいいでしょうか……。
楓
いや、それは好きにしたらいいと思うが。大丈夫か? 今からそんな調子で。
細野(仰向けに倒れたまま)
でも、もうわからない状態、どっちつかずの状態に耐えられないんだ~。受験勉強の不安もあるし、心がもたないよ……。
楓
そうか……。
(ベッドに仰向けに倒れる)
じゃあ、悔いなく告白できるよう、余計な不安を取り除いてやるか。
細野(苦しそうな声で)
ぜひお願いします……。
楓
いいだろう。じゃあどんな不安を抱いているか教えてくれ。
細野
そうだな~。まずは振られたらどうしようってことでしょ~。後は嫌われたらどうしよう、告白したことを広められたらどうしようっていう不安とか~。その前に、そもそも告白できるかっていう不安もあるかな~。
楓
そうだな、振られたらどうしようっていう不安はどうしようもない気もするが、こう考えてみてはどうだろう。
自分は告白が成功するかによらず、答えが知りたいんだと。おみくじを引くような感覚でな。
細野
(元気よく)確かにそう考えたら気持ちが楽になるかも!
(すぐに元のテンションに戻って)他の不安も解消していただけますでしょうか……。
楓
他の不安は無用の心配だ。青戸が、告白してきたことを理由に嫌いになると思うか? 告白してきたことを自慢話っぽく誰かに話したり、面白がって広めたり、すると思うか?
細野
それは……。しないと思う……。
楓
そうだろう。そういうところが好きになった理由でもあるんじゃないか?
細野(そのままの体勢で顔が赤くなる)
……。そうだね……。
楓
大前提だが、好きな人を、人として信じられないなら告白はすべきではない。もし付き合えたとしてもいいことなんて何もないし、失敗したらまあほぼ確実に武勇伝にされるだろう。武勇があるのは告白した側なのにな。
細野(妙に元気よく)
楓先生! 一生ついていきます!
楓
先生はよしてくれ。閣下の方がいい。
それより、どうだ? 少しはましになったか?
細野(眠っている)
……。
楓(体を起こして細野を見る)
さっきのは断末魔だったのか。
(細野に布団をかけて、部屋の電気を消す)
(自分の布団に入って小声で)『青戸、頼むぞ。こいつを救ってやってくれ』
(七海と小野の部屋。寝る間近)
小野(不安そうにベッドの上で体育座りをする七海を見て)
どうしたの? 七海ちゃん。
七海(体育座りのまま)
胸騒ぎがするのです。心臓のところには穴が空いて何もないのに、まるでそこに心臓があるかのように大きく脈打っているのです。
(そのまま顔をうずめる)
小野(七海の隣に座って頭を撫でながら)
何があったのか言ってごらん、七海ちゃん~。
七海(ゆっくり顔を上げる)
恋というものは私たちを凄まじい力で絶望へと引き込もうとしてくるのですね。
小野(まだ頭を撫で続ける)
どうしてそう思うの~。
七海
だって考えてみてください。恋が成就する場合の数は一通りなのに、恋が実らず絶望する場合の数は無数にあるじゃありませんか。
小野(撫でるのをやめて七海の顔を見る)
誰か別の子と付き合いそうってこと?
七海
わからないけど、単純接触効果というものがあるじゃない? それ的に相当不利なの。
小野
そうなんだ~。それは不安になるよね~。
七海
小野ちゃんはこういう時どうするの?
小野
私はほんと何もできないよ~。なりゆきに任せるしか~。
七海
何もできない時って辛くならない?
小野
なるよ~。そういう時はぬいぐるみ抱きしめながら泣いてるな~。
七海(小野に駆け寄って頭を撫でる)
そうだったのね。そういう時は私に相談するのよ。私は小野ちゃんの使い魔だから。
小野
そんな~。七海ちゃんが使い魔なんて心強過ぎるよ~。
七海
今は大丈夫なの?
小野
うん、今は大丈夫! 今は私よりも七海ちゃんの方をなんとかしよう?
七海
私の元に馳せ参じてくれるのね。ならちょっとだけ世界を滅ぼしてもらえるかしら?
小野
それだと好きな人も死んじゃうよ~。
七海
しまった、ついいつもの癖で。
そういえばある人はこういう時、自分の「心」と向き合い、今自分のなすべきことをしていればいい、って言っていたんだけど、小野ちゃんはどう思う?
小野
その人はすごい人だね~。この世界の全てを信じていないとそうは思えない気がするな~。私もそう思いたいけど、なかなかできないな~。
七海
そうよね~。どうしても破滅の未来を恐れてしまう。
小野
これもそういえばだけど、前に青戸くんと楓ちゃんが言っていた、人間の根本的な動作は「信じる」で、特に強く信じているところに自分がいるのであって、それ以外のものを一切信じないってならなくてもいいって言う言葉を思い出したよ。
七海(一瞬ドキッとする)
そ、そうね。
確かに、何かの片方を完全に否定するのは、「全て」をを否定することと同じだものね。
じゃあ存分に絶望させていただきます。
(元いた場所で体育座りになる)
小野
別にそこまでしなくても良いんじゃないかな~?
(七海が硬直したまま動かないので)
(頑張って意地悪そうに)あ、そういえば、さっきの反応で七海ちゃんの好きな人わかっちゃったな~。言いふらされたくなかったら~、
七海(瞬時に小野の目を見て)
私になにをさせようというの? 密猟?
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