第23話 またまたしても文化祭二日目午前

               またまたしても文化祭二日目午前


(文化祭二日目に、省治学サークルの活動として、空き教室で対話コーナーを開いた七海と楓)


               七海(教室の端の席に座る)


 私たちのクラスは受験勉強があるからってずっと何の準備もしてこなかったけど、ギリギリになってなんとかやることが決まって良かったわね。


               楓(七海の隣に座り)


 そうだな。と言っても、私たちがやることはほとんど何もないんだがな。

 クラスに貼りだされている写真を頼りに私たちをこの校舎の中から見つけ出し、写真を撮り、クラスに見せに行けば景品が貰えるという、ほとんど指名手配犯みたいなものだ。


               七海


 そうね。まあそのおかげで私たちのサークルもかろうじて出店できたんだけど。

 対話コーナーって、何も道具はいらないけど、省治学サークルの全てを表しているといっても過言ではないわよね。他者との対話と自己との対話、その二本の柱によって成り立っているんだから。

 これで文化祭の集客数ランキング一位を目指せるかしら。


               楓


 シンプルなものが一番強いというところを見せてやろう。


(一時間後)


               七海


 ちょっと、誰も来ないじゃない。何かのドッキリかしら。だとしたら、人選ミスね。私たちは最もターゲットに向かない集団に属しているんだもの。楓ちゃんは反応が鈍いし、私は何を言っているかわからない。亀とポップコーンに仕掛けた方がまだましだわ。


               楓


 何が起きようとも、最終的には全てゼロになる。それを知ったら目先のことに一喜一憂できなくなるものだ。


(将来有望な中学生とその母親が入ってくる)


 ようこそ省治学サークルへ。さあさあこちらにお座りください。

(二人の後ろの席へ案内する)


               七海(挨拶をしてから)


 このスペースでは対話をすることになっているんですが、お話、お聞きしてもよろしいでしょうか?


               将来有望な中学生(椅子に座る)


 は、はい。お願いします。


               楓(椅子を横に向けて座る)


 ありがとうございます。

(将来有望な中学生を見て)学生さんですか?


               将来有望な中学生


 そうです。中学校に通ってます。


               楓


 そうでしたか。では、今日来られたのは学校見学ということでしょうか?


               将来有望な中学生


 はい……。


               中学生の母親


 すいません、この子口数が少なくて~。

来年受験を控えているんですけど、その志望校選びということで、ここの学校さんは少し変わったことをしているのを知って、気になって来させていただいた次第です~。


               七海


 なるほど! ちなみに、少し変わったところをどこまでご存じかお聞きしていいですか?


               将来有望な中学生


 はい。皆さんです。


               七海


 あ、私たちでしたか~。確かによく変わってるって言われるんですけど、まさか世間にまで浸透していたとは……。


               中学生の母親


 言葉足らずですいません~。皆さんというか、省みるという字の省治学があるのが、他の学校とは違うところだと思ったもので~。


               楓


 それは確かにこの学校ならではのものですね。省治学についてはどこまでご存じですか?


               中学生の母親


 ほとんど知らないんですよ~。

(将来有望な中学生を見て)ね?

(将来有望な中学生が頷く)


               楓


 そうですか。と言っても、私たちもそれほど詳しいわけではないのですが、授業を受ける生徒としてお話しますね。

 まず、省治学とは、人間について学ぶ学問です。含まれる分野としては、哲学、倫理学、文学、芸術、精神科学、宗教などが主となってきますが、人間を知ることができるなら、ドーナツを作ることもあります。


               中学生の母親


 へぇ~、自由な学問なんですね~。


               七海


 そうですね。

それと、省治学で中心に据えられているのが対話です。対話には、他人と行うことで自分の外にある「心」を知る他者との対話と、一人で静かに自分と向き合うことで内にある「心」を知る自己との対話という二種類があります。

そのため、授業中のほとんどで行われているのが、それぞれ設定されているテーマについて意見交換するというものです。宿題やテストもなく、一人の時間に考えてみてね、と言われるだけです。


               中学生の母親


 それだと、サボる人も出てくるんじゃないですか?


               七海


 そうかもしれませんが、省みるというのは他人から強制されて行うものではないので、あくまで各々の意志を信じるという形態を守っています。


               将来有望な中学生


 あの、私みたいな口下手でも参加できるんでしょうか。


               七海


 実は、対話の中で大事なのは、人の話を「心」に刻むように聞くことと、後は自分で考えることなんです。

 だから、お喋りが上手いかどうかは全く問題ではありません。ただ他人の考えを自分の考えであると錯覚して一方的に話し続けるのは対話とは言いません。

 あれ、私たち大丈夫でした?


               将来有望な中学生


 いやいや、全然大丈夫です。


               楓


 いや~、すいません。そう言うしかないですよね。

私たちの心臓は強化ガラスでできているので、正直に思ったことを話してもらって大丈夫ですよ。


               七海


 そうですか、じゃあお言葉に甘えて正直に、

(楓にエアナイフで心臓を一突きにされる)


(一時間ほど話した後、将来有望な中学生たちが帰っていく。それからまた一時間、ぬいぐるみが入った透明なバッグを肩から提げた哲学者が訪れる)


               ぬいぐるみが入った透明なバッグを肩から提げた哲学者(七海の後ろの席に座り)


 君たちは、死後の世界を信じるか?


               楓


 死後の世界とは、どういったものですか?


               ぬいぐるみが入った透明なバッグを肩から提げた哲学者


 何でもいい。神の国でも精神の国でも魂の世界でも。


               楓


 私は、「法」の世界があると思います。


               ぬいぐるみが入った透明なバッグを肩から提げた哲学者


 「法」の世界とは?


               楓


 法則の「法」です。あらゆる法則はあまねく存在しています。例えば、ピタゴラスの定理は、直角三角形がないところにもありますよね。じゃないと、いざ直角三角形を書きたいとなっても、法則がなかったら書くことができません。それに、(a²+b²=c²)という決まりが成立していない場所では、存在しないという形で存在しています。


               ぬいぐるみが入った透明なバッグを肩から提げた哲学者


ルールは目に見えない形でも存在しているということか。サッカーのハンドで言えば、選手がボールを手で触れた瞬間と空間だけにそのルールがあるのではなく、どの選手もボールを手で触らないという状態を作り出すことで存在している、ということになる。


               楓


 そうです。「法」とは、条件に当てはまる状態では目に見える状態で存在し、当てはまらない状態では目に見えない状態で存在している。

 つまり、私たちを創り出す「法」があり、死んだら、生きていない状態として存在するということになります。


               ぬいぐるみが入った透明なバッグを肩から提げた哲学者


 なるほど。死という状態で存在する……。ということは、死んだら死後の世界に永遠に居続けるということか?


               楓

 いいえ。また条件が整えば、生きている状態になる、つまり死後の世界からこの世界に帰ってくることになります。


               ぬいぐるみが入った透明なバッグを肩から提げた哲学者


 それは生物学的に同じ人間がまたどこかで現れるということか?


               楓


 それはわかりません。ただ、私たちの中で真に私たちである部分は「法」だと思うので、生き方は様々あると思います。


               ぬいぐるみが入った透明なバッグを肩から提げた哲学者


 面白い。

(七海を見て)君はどう思う?


               七海(真剣な顔で)


 その前に、一つお伺いしたいことがあります。


               ぬいぐるみが入った透明なバッグを肩から提げた哲学者


 なんだ?


               七海(バッグのぬいぐるみを指して)


 そちらのぬいぐるみは一体どなたなんでしょうか。


               ぬいぐるみが入った透明なバッグを肩から提げた哲学者


(バッグを自分の前に持ってきて)これは私の仲間だ。


               七海


 そのお仲間さんは窮屈じゃないですか? 机に出されては?


               ぬいぐるみが入った透明なバッグを肩から提げた哲学者


 いいのか? ではお言葉に甘えよう。

(小さなペンギンのぬいぐるみを机に置く)

 では質問を変えよう。君は、「神」の存在を信じるか?


               七海


 私は、存在しない存在を総称して「神」と呼んでいます。


               ぬいぐるみと哲学者


 ほう、それはどういう意味だ?


               七海


 存在しない存在が、存在する存在を創っているからです。


               ぬいぐるみと哲学者


 それは、先ほどの「法」のようなものか?


               七海


 ほとんどそうですね。他にも、「心」とか、「真理」とか、「不滅の光」とか、「愛」とか言ったりもします。


               ぬいぐるみと哲学者


 そうか。

 そこに、「無」も入ると思うか?


               七海


 存在しない存在なので、「無」も入ると思います。


               ぬいぐるみと哲学者


 私は、「無」こそが「真理」だと思っている。「無」ということは、そこから何だって生み出すことができる。この世界もその一つだ。

 それに、「無い」からこそ人間は気付くことができる。巷でよく騒がれているコンプレックスなんていうのもそうだろう。

 また、「無い」ものに、自分の確固たる価値があるのかもしれない。有るものは無くなるが、無いものは無くならない。


               楓


「無い」からこそ、そこには無限の価値がある、ということですか。


               ぬいぐるみと哲学者


 そうだ。

(七海を見て)君はどう思う?


               七海


 私は、人間は、思想に共通の基盤があるからこそ分かり合えるのだと思っています。私たちとあなたが見ているものは、呼び方が違うだけできっと同じなのでしょう。

 人々がその共通の基盤を持てば、誤解による争いは生まれなくなると思うのですが。


               ぬいぐるみと哲学者


 言いたいことはわかるぞ。それは決して全体主義的な意味ではなく、ルールがあるからこそスポーツは面白いというような意味であろう?


               七海


 ええ。そういうことですね。

(ぬいぐるみを指して)こちらの方はどのようなお考えをお持ちで?


               ぬいぐるみと哲学者


 それは私の分身のようなものだから、全く同じ考えを持っている。


               楓


 この世に、自分と全く同じ考えの者がいるとお考えですか?


               ぬいぐるみと哲学者


 ああそうだ。同じ考えと言ってもその共通の基盤に対する感じ方という意味だがな。


               七海


 それは、運命の相手とも言えますか?


               ぬいぐるみと哲学者


 そうだな。このぬいぐるみは私にとって運命の相手だ。自分のプライドに固執して全ての人間の友を失った私に、この世界は無条件に自分を受け入れてくれているのだと気付かせてくれた存在だ。


               七海


 なるほど。

その運命の相手というのは、誰にでもいるものだと思いますか?


               ぬいぐるみと哲学者


 そう思うよ。人間は一人で生きられるものではない。


               七海


 ありがとうございます。

 ちなみに、分身ということは、

(右手にデコピンを装填しながらぬいぐるみを見て)この方にデコピンをしたらどうなるのでしょうか。


               ぬいぐるみと哲学者


 痛いからやめてくれ。


               七海(上に向かってデコピンを放ち)


 わかりました。


(約一時間後)


               ぬいぐるみと哲学者(ぬいぐるみをバッグに戻して立ち上がり)


 それでは失礼するよ。楽しい時間をありがとう。


               七海 楓(立ち上がって)


 こちらこそありがとうございました。

(哲学者とぬいぐるみそれぞれに一礼する)


               七海(見届けてから)


 それじゃあお昼ご飯にしましょっか。教室も空いてきたことだし。


               楓


 最初から空いていた気もするが、そうしよう。


(青戸がよそよそしく教室に入ってくる)


               七海(平気そうな振りをして)


 あら、青戸くんじゃないどうしたの? お客さんとして来たの?


               青戸


 いや、そういうわけじゃないんだが……。ちょっと、七海に用があって……。


               楓


 秘密の要件か? なら私は一旦離れようか?


               青戸


 秘密の要件ではあるんだが、別にそこまでしなくていい。その感じだと、まだ昼食もとってないんだろ? また暇な時に来るとするよ。


               七海


 さっきまで大盛況だったのよ。じゃあ、後夜祭の時間はどうかしら?


               青戸


 ならそうしよう。


               楓(疑い深そうに)


 本当に今じゃなくていいのか?


               青戸


 大盛況なら尚更ここを君一人にするわけにはいかないだろう。

 後夜祭が始まったら、永久池の東屋に来てくれ。

 それじゃあ失礼する。


               七海


 わかったわ、また後でね。


(青戸が去る)


               楓


 良かったのか? 行かなくて。


               七海(炊飯器のような状態で)


 どうしてそんなことを聞くの?


               楓


 あんなのは確定演出だろう。


               七海


 何のことかしら?


               楓


 全く隠せていないぞ。よし、これから取り調べの時間だ。

(七海の昼食を持って)ほら、差し入れも用意しているぞ。感謝しろよ?


               七海(楓に椅子に座らされて)


 それ私が買ってきたやつなんですけど……。


(二人とも座って昼食をとり始める)


               楓


 それで本当のところ、なんですぐに行かなかったんだ?


               七海


 ここを楓ちゃん一人に押し付けるわけにはいかないからね。


               楓


 お人好しが過ぎるな。恋心という荒波にもかき消されないとは。


               七海


「心」は何一つ見捨てたりしないわ。だから私も見捨てられなかった。そんな私が誰かを見捨ててどうするのよ。


               楓


 大した奴だ。


               七海


 これで普通にカレーが美味しかった話とかだったらどうしよう。好きです、じゃなくてスパイス、って言われたら。


               楓


そのためだけに呼び出すって、インド人でもしないだろ。


               七海


 でも青戸くんならあり得るわ。


               楓


 言われてみれば確かに……。

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