第6話 校内宿泊研修後編
(七海が驚異の速さで全員を見つけたことでかくれんぼはあっという間に終了し、その後は男女分かれて宿泊する建物に移動した。まず大浴場で体を洗った後、全員が寝られる部屋に布団を敷き、いくつかのグループに分かれて眠るまで話をする体勢になった)
(男子の部屋。青戸と戸崎と水田のグループ)
水田
二人は好きな人とかいんの?
戸崎
前置きなしに始めるんだね。
水田
こんな状況で話すことなんて決まってんだから、男三人で集まりながら前戯みたいな話すんのも気持ちわりーだろ。
青戸
前戯なんて言葉を出すから、この場全体がどこか気持ち悪くなったじゃないか。
水田
まあいいじゃねーか。で、どうなんだ?
戸崎
で? というのは?
水田
時間稼ぎしたって無駄だぞ。今日は話してもらうまで寝かさねーからな。
青戸
こいつがこんなに面倒くさいと感じたのは初めてだ。お前自身はどうなんだ?
水田(照れながら)
え?! ちょっとそんなこと、聞いちゃう?
いやらしいわ、旦那様。
戸崎
これは重症だね。
青戸
だな。急性ノンアルコール中毒だ。
水田
ちっ。せっかくドキドキする話ができると思ってたのになー。
他にできそうな奴いねーかなー。
一人でいるのは、金城と野山か。金城はどこかひんやりする壁を感じるんだよなー。野山はなんか、「青春の対話」? って本読んでるし。
もうお前たちしかいねーの!
じゃあ、こうしよう。気になる人とかは?
戸崎
そんなこと言われてもな~。
青戸
そういう情報はUSBに入れて金庫に保管しておくものじゃないのか?
水田
わーったよ、わーったよ。仕方ないなー。じゃあ女子の名前挙げてくから、どう思ってるか教えて?
戸崎
なんでこっちが妥協させたみたいになってるんだろう。
水田
じゃあ最初は細野さん!
戸崎
そう言うだろうと思ったよ。可愛らしくて愛想もいいからね。
水田
お! やっと話す気になったかー。で、青戸は?
青戸
俺は……、頑張ってると思うかな。
水田
いや何をだよ!
青戸
色々とだよ!
水田
何だよ色々と、って。ほとんど答えてねーのと一緒じゃん。じゃあ楓さんは?
戸崎
全てを見透かされているような感じがするよ。
水田
それめっちゃわかる! あの人の目見てると、時々ブラックホール見てるような気になるもん。
青戸
まあ俺は優しい人だと思うがな。
水田
お! おにーさんノってきましたねー! その調子でいきましょう!
青戸
『本当にこいつはどうしてしまったんだ?』
水田
じゃあ次は七海! あいつはどうだ?
(二人とも一瞬沈黙する)
……。あれ? どうした?
もしかしてお二人さん、七海のことが~?
青戸
一回顔洗ってきてくれるかな? 酔っ払いさん。
水田
やーだね。せっかく真実に近づいてきたってのに。
戸崎
恋愛のことになると執念深い刑事みたいになるな~。
水田
で? どーなんすかお二人さん。七海のことどう思ってますん?
戸崎
まあいい人だとは思うよ。
水田
これは黒だな。で? そっちのおにーさんは?
戸崎
勝手に決めつけないでくれるかな!
青戸
俺は……。
水田
はい。現行犯逮捕。
(女子の部屋にて)
(部屋の隅の方で壁にもたれる楓と細野のペア)
細野
ちょっと楓ちゃんに聞きたいことがあるんだけど、意志ってどうやって身に付けたらいい?
楓
急にどうした?
細野
その……。気になってる人がいるんだけど……。
楓
なるほど。その気になってる人から意志のある人が好きってことを聞いたから、私に相談しに来たと。
細野
まさにその通りです!
楓
意志、か。また厄介な奴を相手取ったもんだな。他の男なら簡単に手に入れられそうなものを。
細野
そんなに難しいの?
楓
いや、意志は運命的な次元のものなんだ。そいつがどの程度の考えで放った言葉なのかは知らないがな。
細野
運命ってことは、初めから決まってるってこと?
楓
まあそういう見方もできるが、とにかく、恋愛は同じ次元で生きている者同士でしか成り立たない。相手がその次元で生きているなら、お前もその次元で生きるようになることだ。
細野
なれるかな……。
楓
当然だ。私たちは全員運命によって生まれてきたんだからな。
細野
それなら良かった~。
それで、どうすればいいの?
楓
簡単だ。意志とは一人で道を歩くための羅針盤だ。だからそれを見つけるには単独者になればいい。
細野
単独者?
楓
要は自分だけの苦しみに向き合うってことだ。だから必然的に孤独とも向き合わなければならない。
細野
孤独、か。青戸くんも言ってたな、あっ! しまった!
(最高に慌てた様子になる)
楓
やっぱりあいつだったか。
細野(力を込めて手を合わせて)
お願い! 絶対誰にも言わないで!
楓(ニヤニヤしながら)
わかったわかった。約束するよ。
『いいこと聞いたな』
細野(必死)
『ねえ! ほんとに約束だよ?!』
(向かい合って寝転んでお話する七海と小野のペア)
七海
小野ちゃんは、恋愛には詳しいのかしら?
小野
え~! どうして急にそんなことを?
七海
恋愛感情って何なのかな~って思ったの。
小野
恋愛感情か~。難しいね~。
七海
簡単に決められるものじゃないっていうのはわかってるんだけど、それを理由に野放しにするのも良くないと思うの。
小野
それは確かにそうだね~。私もこの機会に向き合ってみようかな。
七海
そうしましょう! きっとあなたの人生の助けになるはずよ!
小野
そうだね! そうする!
七海
じゃあ最初は恋と愛の違いについて見ていきましょう? 私が思うのは、恋は欲望によるもので、愛は信念によるものだってことかしら。
小野
欲望か~。それは正しいんだろうな~。嫉妬とか寂しさとか憎しみとか、何かを手に入れて自分の心の穴を埋めようとするんだよね~。
もう一つの信念っていうのはどういうこと?
七海
命をかけるってことね。それと何かを手に入れることが動機じゃないから、損得を度外視した行動でもあるわ。
ところで、恋の中の憎しみってどういうこと? 恋の反対は憎しみとかなら聞いたことあるけれど。
小野
片思いしてる時って、すっごく苦しいでしょ? だから、そんな想いをさせてくるこの人を利用して幸せになってやる、って意固地になっちゃったり、損害分を取り返してやる、って息巻いちゃったりするの。だから、自分でも気づかないうちに好きな人のことを本心以上に好きだと思い込ませてたりするんだよね~。
七海
なるほどね! 自分を苦しませてくる相手への憎しみすら恋と名付けられるのね。確かに、高価な品物を買ったら意地でもその金額分の価値を見出そうとするものだわ。
てゆうか、小野ちゃんってもしかして恋愛マスターだったりする?
小野
え~! そんなことないよ~。七海ちゃんだって、すぐに例えが思い浮かぶなんて、相当心当たりがあるんじゃないかな。経験十分だよ~。
七海
達人級のカウンターが飛んできましたが、まあいいでしょう。小野ちゃんは好きな人ができたら、その自分に対してどう分析するの?
小野
分析か~。私は特に、好きって気持ちに流されやすいから、いざその立場になると、ほとんど何もできないんだよね~。
七海
恋愛の達人をもってしても、好きという濁流にはたちまち飲み込まれてしまうと。好きという感情は、自然災害のようなものなのかもしれませんな~。
小野
あんまり持ち上げると、好きになっちゃうよ~。
七海
ここで強烈なパンチを打ち込んでくるとは……。なるほど勉強になります……。
小野
もお~。あんまりからかわないで~。それよりも、私はもっと七海ちゃんのこと知りたいな~。
七海
私? 私はまだ自分の気持ちがわからない状態ね。刹那の揺らぎなら体験したことはあるけれど、それが長期的な律動によるものなのか、それとも短期的な幻に過ぎないのか、この短時間では判断がつかないのよね。
小野
そこで見定められるのは凄いよ~。どうやったら一瞬でも冷静になれるの?
七海
それはやっぱり「心の穴」かしら。「穴」と表現されるぐらい何もないような、止まったような感覚だから、逆にそこに意識を向ければ一時的な感情に流されることはないのよ。だから冷静に見定められる。
(小野の背後で今にも枕を投げようとする萌木を見て)例えば~、あれは私に飛んできますね。
(顔に直撃する)ぐあっ!
(そのままダウンする)
小野(七海に駆け寄って)
七海ちゃん! 大丈夫?
萌木(歩いてきて枕を回収しながら)
悪かったな七海。まあ夜更かしは美容の敵ってことだ。そのまま安らかに眠ってくれ。
(彼ら彼女らの夜は長く続いた)
(翌日の朝、それぞれ支度を整え、食堂に集合する)
五十嵐
おはようございます。昨日はよく眠れましたでしょうか。
(皆を見渡して)そうでもないようですね。こうなるだろうと思って翌日を土曜日にしておきました。朝食を食べたら各自自由解散とします。
(目を細めながら)長々と話していても皆さんの意識が遠のいていくだけでしょうから、早速朝食の合図に移りましょう。それでは、いただきます。
一同
いただきます!
(金城のいるグループ)
金城(一人で黙々と食べる)
……。
(青戸と戸崎と水田のいるテーブル)
水田(サンドイッチを手に取って)
サンドイッチなんて久しぶりだぜ、さり気なく結構高いからな。
青戸(サンドイッチを眺めながら)
どうしてサンドイッチが高いかわかるか?
水田(欠けたサンドイッチを手に持って)
それは、贅沢だからじゃね?
青戸
それもある意味正解だが……。
実は、売り上げの大半は、ピタゴラスの方にいっているんだ。
戸崎(サンドイッチの包装を開けながら)
寝不足で変になってるね。
水田(かなり欠けたサンドイッチを手に持って)
こいつはいつも変だろ。
(萌木のいるテーブル)
萌木(完食して)
楽しい時間ってあっという間に消えてなくなるんだね、このサンドイッチのように……。
(七海と小野のいるテーブル)
小野(少しずつ食べながら)
七海ちゃん食べるの早いね~。
七海(無惨にも破られたサンドイッチの包装を眺めながら)
三角形の面積が最後に2で割らないといけないのが憎いわね……。
(自身の最寄り駅まで帰ってきた七海と水田と萌木)
萌木(改札を出てロータリーが目に入った時)
いや~、一日ぶりか~! でもあっという間だったな~。
水田
だな~。だから懐かしさより寂しさの方が強いなー。
七海(萌木の手首を掴みながら)
誰かさんに枕をぶつけられてから記憶が曖昧なの。ここはどこ? 私の座右の銘はなに?
萌木
二番目に気になるのそれなんだ。てゆうかごめんって!
七海
うっ、なんだかマフィンを食べたら思い出せそうな気がする……。
萌木(七海を引っ張りながら)
行きましょう! 近くにハンバーガー屋さんあるから!
(ハンバーガー屋に到着し、レジで注文しようとしている三人)
萌木
じゃあベーコンエッグマフィンのセット二つと、メープルソーセージマフィンのセット一つ。
店員A
……。『なんだよ学生がこんな時間に』
萌木(気まずそうに)
で、ドリンクは順番にオレンジジュースとリンゴジュースと緑茶で、
店員A
……。『わかりにくいんだよ』
萌木
サブメニューはハッシュドポテトで。
店員A
……。『大体みんなハッシュドポテトだろ』
(会計を終え商品を受け取り、テーブルに座る)
七海(いただきますをした後)
朝ランチに間に合って良かったわね。
萌木(マフィンの包装を開きながら)
開き直ってる店だったけどね。
七海
心の声が聞こえるようになって、接客業や人気商売が大打撃を受けたってやつよね?
大半は心の声を矯正することでなんとか持ちこたえたけど、一部は諦めてそういう店ってことにしたみたい。
水田
まさか有名チェーン店でもそんな店があるとはなー。
七海(ドリンクにストローを刺しながら)
客の方も諦めたのよ。欲しいものが手に入れられれば後はどうでもいいってね。相乗効果で、これからどんどん増えていくかもしれないわね。
萌木(半分まで食べたマフィンを手に持って)
あたしらが大人になったら、どんな世の中になってるのかな。
水田(一口食べていたハッシュドポテトを飲み込んでから)
このまま直線的にいけば、欲望に振り回されながら心を殺して生きる、動物とロボットが合わさった生き物として生きないといけなくなるな。
七海(一口食べていたマフィンを飲み込んでから)
人間はもっと心の痛みと向き合う必要があるわね。そのために、「心の穴」の先にあるのは、完全なる無じゃなくて優しさだってことを知らないといけないわ。
萌木(完食したマフィンの包装を丸めながら)
ところで、記憶は戻ったの?
七海(食べていたハッシュドポテトを飲み込んでから)
ああ、そういえばそんな設定あったわね。
水田(完食したハッシュドポテトの包装を置いて)
それ自体を忘れてんじゃねーか。
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