第5話 校内宿泊研修前編
校内宿泊研修
(帰りのホームルーム直後の生徒が入り乱れた教室)
生徒C
校内宿泊研修楽しみだね~。
生徒D
間違えて帰っちゃ駄目だよ~。
野山(二冊の本を持って七海の席に近づく)
七海さん、これ。ありがとう。とてもいい本だったよ。
(一冊の本を七海に手渡す)
七海(本を受け取って)
良かったでしょ? 「青春の対話」。下巻も貸すわね。
(一冊の本を野山に手渡す)
野山(受け取って)
ありがとう。この本の著者は広大な人格の人だね。七海さんは、他にもこういう感じの人の本を読んでるの?
七海(野山から受け取った本を仕舞いながら)
そうね。人間として生きることを諦めてない人の本しか読めないの。今は人間蔑視の時代だからね。人間として生きようとすると独りぼっちになっちゃう。そんな時は、こういう人たちの背中だけが頼りになるの。
野山
君は強いね。俺が貸してる「参國志」は力になれそうかな?
七海(野山から借りていた本を鞄から取り出しながら)
もちろんよ。これを書いた人も、この中に出てくる人も、人間として生きる者だけが放つことができる不滅の光を輝かせているわ。はい、ありがとう。
野山(七海から本を受け取って)
良かったよ。じゃあこれ、次の巻。
それで、七海さんのその不滅の光への感受性はどこにあるの?
七海(本を受け取って)
ありがとう。
そうね、「心の穴」じゃないかしら。それはほとんど孤独と虚無であると言っていいから、向き合うのはすごく苦しくて痛い思いをすることになる。でも、痛みがあるからそこに感受性が生まれる。
人は感じることができなければ気付くことができないし、気付くことができなければ何も始まらない。だから、唯一苦しみ甲斐のある苦しみね。
野山
君からはもうその不滅の光を感じるよ。
七海(笑顔と驚いた顔を七対三で混ぜて)
ほんと!? 直視して大丈夫だった?
野山
そうだね。優しい光で良かったよ。
(放課後が終わり、校内宿泊研修のために生徒たちがクラブ活動などから教室に戻ってくる)
萌木(タオルで汗を拭きながら七海の席に近づく)
お疲れ~。やっとこの日が来たね!
七海(真剣な顔で)
来てしまったという方が正確な気がするわ。
萌木
どうしちゃったのさ。
七海
今日は何かが起こる気がするの。何かはわからないけど何かが。
萌木
漠然としすぎじゃない?
(担任が教室に入ってくる)
五十嵐(教壇に立って)
クラブ活動などお疲れ様です。これからは校内宿泊研修の時間です。
(歓声が鳴りやむのを待ってから)まず初めに夕飯を食べます。食堂へ移動しますので、廊下に整列してください。
(五十嵐が廊下に出る)
生徒E(廊下に移動しながら)
なんだかわくわくするね!
水田(両手を頭の後ろで組みながら移動して)
そうだな! 既に深夜のテンションだぜ!
(食堂にある二組の席に全員が座る)
五十嵐(立ち上がって)
それでは手を合わせてください。いただきます。
一同(手を合わせて)
いただきます!
(細野と楓のいるテーブル)
細野(宝石を見るような表情で)
給食でオムライスが出るなんて奇跡だよ!
楓(小さめの戦に勝利したような表情で)
そうだな。それにエビフライまで乗っている。審判の日は近いのかもしれないぞ。
(萌木のいるテーブル)
萌木(エビフライを勢いよく食べる)
うま~い! やっぱ校内宿泊研修のエビフライは違うね~!
(七海と小野がいるテーブル)
七海(スプーンを祈る時のように持って)
天にまします我らの神よ。オムライスのケチャップがかかった部分を、オムライスを味わうためでなく、ケチャップを味わうために口に運ぶことを許したまえ。(静かに食べて恍惚とした表情をする)
小野(黙々と食べていたのを一瞬中断して)
エレガントに食べるね~。
七海
つい敬意を表したくなっちゃって。
(食事後、各自教室に戻り、全員が集まった頃)
五十嵐(教壇に立って)
それではこれから、伝言ゲームをやります。伝言ゲームは、リスナーゼの普及により衰退した文化の一つです。
伝言ゲームとは、人から人へ、指定された言葉を伝えていくゲームのことですが、心の声を聞いてしまえば簡単に相手に伝達されてしまいますから、ゲームの醍醐味が失われてしまったのです。
ですが今回は、ある方法で心の声を聞こえにくくします。その上で、心の声を使って伝言ゲームをやってもらいます。
その方法とは、七海さんにひたすら心の声を大音量にして音読してもらい、その間に皆さんが伝言ゲームをしてもらう、というものです。
皆さんには、七海さんの音読によって心の声の回線がうるさい中、三十秒以内に伝言を次の人に伝えていただきます。
質問などはありますか?
(二拍空けて)それでは始めます。まずは窓側の号車から。
(先頭の窓側の生徒に伝言が書かれた紙を渡す)
それでは始めましょう。
(いつの間にか教壇に立っていた七海を見て)それでは七海さん、お願いします。
七海(一礼してから)
謹んで拝読させていただきます。今回読ませていただくのは、「はじめにドーナツがあった。」という本です。それでは、私が読み始めるのを合図にカウントを始めます。
三、二、一……
『「心の中に空虚な何かというか、空洞のような気配を感じるんですが、それでもドナーになれるんでしょうか」
様々なテクノロジーが全てを飲み込む勢いで拡がる世界で、心の世界は最も近くにありながら地図にも描かれない、知る人ぞ知るフロンティアであると言っていい。そんな中で感情を移植するという試みは危険の伴う挑戦だ。今の時代はそういった大博打に出なければならないほど、みんな心に飢えている。その分もらえる報酬は多くなるわけだ。私はお金に飢えていた。』
(本を閉じて)そこまで!
(預言者のような顔で)ルール違反は許しません。たとえ私に聞こえずとも、あなた自身はあなたの声を聞いている。
五十嵐(少し割り込み気味で)
七海さん、次をお願いします。
(最後の人まで伝言が伝えられる)
五十嵐
それでは、一人目から順に発表してもらいます。どうぞ。
生徒F
学校の七不思議を全て知ると八つ目が気になり始める!
生徒G
学校の七不思議を全て知ると八つ目が気になり始める!
青戸(諦観の境地の顔で)
末法の摩訶不思議をかつて悟ったのは私だ。
生徒H
学校の七不思議にかつていたのは河童だ……
生徒I
学校の七不思議は勝手に作られた!
生徒J
学校の七不思議は意味不明だ!
小野
脱法ハーブはギリ違法だ!
生徒K
学校帰りの寄り道は違法だ!
五十嵐
七海さん、採点の方をお願いします。
七海(心の声でドラムロールを奏でて)
十六点です!
では、講評に移りたいと……
五十嵐(遮るように)
講評は結構です。それでは次の号車に参りましょう。
(先頭の生徒に紙が渡され、最後の生徒まで伝言がリレーされる)
先ほどと同じように、一人ずつ発表してもらいます。ではどうぞ。
生徒L
洞房結節を家電量販店に修理に出す!
生徒M
道交法を電光掲示板に出す!
生徒N
同好会を発足する!
戸崎(ほんの少しだけ苦そうな表情で)
葉緑体を移植する……。
水田(出所不明な自信をまとって)
養殖でもマグロはうまい!
生徒O
草食動物はうまい!
生徒P
草食動物はうまい!
野山
菜食主義は野菜を食べる。
生徒Q
最速記録は塗り替えられない……。
生徒R
最小の記憶は書き換えられない!
五十嵐
それでは採点の方をお願いします。
七海
五点です!
いや~、洞房結節は鬼畜でしt……
五十嵐(遮るように)
それでは次に参りましょう。
(先頭の生徒に紙が渡され、最後の生徒まで伝言がリレーされる)
五十嵐
それでは発表してください。
生徒S
工場には人間より頭のいいハムスターがいるらしい!
生徒T
工場には人間用のハムストリングスがあるらしい!
生徒U
工場には人間用のハム製造機があるらしい!
生徒V
甲状腺は人間のホルモン製造機だ。
生徒W
教条宣誓人間奉納星座飢餓。
生徒X
今日中に人間用の便座がいる!
楓(目を閉じた条理の笑顔で)
コズミック人間養成所だ。
生徒Y
大勢の人間の政治家!
金城
妄言はその人間のせいだ。
生徒Z
もうゲームはよせ、人間たちよ!
五十嵐
それでは採点の方をお願いします。
七海
(即答して)二十点です! にんg……
五十嵐(遮って)
次に参りましょう。
(先頭の生徒に紙が渡され、最後の生徒まで伝言がリレーされる)
五十嵐
それでは発表してください。
萌木(元気いっぱいで)
竹は風林火山の一員になりたいようだが林で間に合ってるから無理らしい!
細野(笑顔で)
竹は風林火山の一員になりたいようだが林で間に合ってるから無理らしい!
生徒a
たけのこは封印か惨殺に泣いたようだが話が違うらしい!
生徒b
たけのこは風鈴が好きで泣いたらしい!
生徒c
竹の風鈴は透き通るような音らしい!
生徒d
ダンテの新曲は好きな音だ!
生徒e
断定の助動詞は枢機卿が決める。
生徒f
断言する、軽挙妄動は数奇な運命をたどる。
生徒g
願兼於業は救われる。
生徒h
眼底検査はスキップできる!
五十嵐
それでは採点の方をお願いします。
七海(納得した顔で)
三十点です! っ……
萌木(七海の発言するタイミングに被せて)
これって何点満点なの?
七海(五十嵐に目線で許可を取ってから)
百点満点です。
萌木(驚きに怒りのスパイスを添えて)
厳しすぎない?!
(もう一周伝言ゲームを行った後)
五十嵐
それでは次のゲームに移ります。次も先ほどと同様、滅んでしまったゲームを行います。
そのゲームとは、(二拍空けて)かくれんぼです。
かくれんぼとは、決められた範囲内でどこかに隠れた人を、鬼が見つけていくというものです。このゲームも、心の声を聞いてしまえば、鬼が近くを通っただけで居場所がわかってしまうため、醍醐味が失われてしまっていました。
しかし今回は、ある方に鬼をやってもらうことでその難点を克服します。
その方とは……、七海さんです。
(一度自分の席に戻っていた七海が満を持して再登壇したのを確認してから)
七海さんは心の声を聞くことができないため、そして何より、本人たっての希望により、この度、かくれんぼの復活と相成りました。
それでは早速始めましょう。質問などはありますか。
(三拍空けて)よろしい。では、これから我々が百を数えますので、皆さんはその間に逃げてください。範囲は、校舎内すべてです。
準備はよろしいですね。では始めましょう。
(生徒たちに見せながらスマートフォンのタイマーをスタートする)
(急いで教室を出ていく生徒)
五十嵐(七海の方を向いて)
良かったのですか? あなたの性質を逆手に取るようなこのゲームはあまり気分のいいものではないでしょう。
七海(優しい笑顔で)
お気遣いありがとうございます先生。
でも私は、私の苦しみが誰かの役に立っているところを見るのが好きなんです。
(ドアの裏側で隠れながらそれを聞いている青戸)
それにこう見えて、何かを見つけるのは得意なんですよ?
(ドアの方を見ながら)例えば、今ドアの後ろに隠れて会話を盗み聞きしている悪い子猫ちゃん? 始まる前からアウトになりたくなければどこか遠くに隠れなさい?
(小走りでその場を後にする青戸)
青戸(階段を上りながら)
『あいつ、人の振る舞いから想いを察する力があるとは思っていたが、まさか気配を察知する力まであるとは……』
(屋上のフロアに通じる階段を上る青戸)
細野(屋上への扉の前にある薄暗い空間に隠れている)
『青戸くん?!』
青戸(細野を見つけて)
『細野さんがいたのか、すまない。別の場所に移動する』
細野(手を出して)
『待って! 行かないで!
(大義名分を探すように)……、ほら、ここまだスペースあるし』
青戸
『いいのか? 俺も隠れて』
細野(頷きながら)
『いいよ!』
青戸(細野の近くに座って)
『じゃあ失礼する』
(数十秒後)
『そうだ、七海が相手だから、心の声は聞かないようにしないとな』
細野(壁にもてれた状態でフライング気味に)
『待って! 今は……、そのままにしてて欲しい……』
青戸(細野の方を向いて)
『どうしてだ?』
細野(自分に困惑したように)
『どうして、かな。でも、今は……』
青戸(壁にもたれて)
『よくわからないが、わかった。今はこのままにしよう』
細野(壁にもたれたまま)
『……ありがとう。……』
(しばらく無言が続いた後)
『青戸くんはさ……、七海さんのことどう思ってるの? ……ごめん! 変な事聞いて!』
青戸
『別に構わないが、……そうだな、意志のある奴だと思っているな』
細野
『意志……か。そういう人が好きなの?』
青戸
『好き……。どういう好きかにもよるが、まあ俺は意志こそが各人の唯一性を生み出すものだと思っているから、あるに越したことはないが……』
細野
『意志……か。どうやったらそれを身に付けられるの?』
青戸
『そうだな……、孤独と向き合うことじゃないかな。
自分以外の全員が死んでしまったと感じるぐらいの孤独と対面してこそ、自分で何かを決める力がつくというものだ。
どうしてそんなことを聞くんだ?』
細野
『え?! どうしてだろ……。青戸くんと、一人の人間として、お付き合いしたい、からかな』
青戸(一瞬動揺する)
『え? ……ああ、一人の人間としてな』
七海(真横に立って)
青戸くんと細野さん、見つけたわよ。
(想像以上に驚く二人を見て)
あら、どうしちゃったの? そんなに驚いて。まるで裏取引の現場を押さえられた時のようね。
青戸(立ち上がって)
見つかってしまったか。
細野(何かを誤魔化すように)
……よくここがわかったね!
七海
まあ、定番だものね。じゃあ、教室に戻ってくれるかしら?
(階段を下りて別の人を探しに行く)
(二人から距離を取って)『あの二人、あそこで何してたのかしら。
てゆうか、なんで鬼の私がこんなに動揺しているのかしら……』(心臓の辺りを押さえる)
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