第4話 省治学

               省治学


(小野寺が二組の教室の教壇に立つ)


               小野寺


 それでは省治学の授業を始めま~す。今日は心についてで~す。

皆さんは、「心」とは何かを知っていますか~? 多分知らないでしょ~。

だから、今日は特別に教えて差し上げます!

それではいつも通り、最初は疑問に答える形で進めていきま~す。疑問がある方は手を挙げてくださ~い!


(数人が手を挙げる)


               小野寺(生徒Aを見て)


 それではまずAくん!


               生徒A(挙げていた手を下ろして)


 心って結局のところ何なんですか?


               小野寺(ゆっくり息を吸って)


お! 単刀直入に聞いちゃいますか! いいでしょう、答えてあげましょう!

端的に言えば、「心」とは「究極の真理の結晶」です。「この世の理」ってありますよね? 全てを創造しているやつ。あれが凝縮されたものなんです。

「心に従え」とか、「心を信じれば未来を切り開ける」とか、あれは「心」がこの世界を司ってる、創ってるからこその言葉なんですね~。


              生徒A


 あ、ありがとうございます。


               小野寺(生徒Bを見て)


はいじゃあ次は、Bくん!


              生徒B


じゃあそれはどこにあるんですか?


              小野寺(軽く微笑んで)


気になりますよね~。欲しいですよね~。

(教室全体を見渡して)皆さんは、心に穴が空いたみたいになったことが一度はあるでしょう。

実はそこにあるんですよ~。「心に穴が空いたみたい」じゃなくて、「穴みたいなのが心」なんです。

 そういう時って大体、寂しかったり、虚しかったりしませんか? 

 自分はこのままでいいんだろうか、本当にしたいことは別にあるじゃないか、って素直な気持ちが出てきますよね~。そういうことです。

 じゃあ次は七海くん!


               七海


 心を穴で例えるなら、それが満たされることはあるんでしょうか。


               小野寺(不敵な笑みを浮かべて)


 ありますよ~。満たされるために空いてるんですから~。だからひたすら自分の心と向き合い続けるんですよ~。偉大な先人たちが言うようにね。

(嘘くさい残念そうな顔で)あらら~、もう言うべきことを言ってしまいました~。

(無理矢理作ったような笑顔で)さあ! ここからは対話の時間です! いつも通り隣の席の人と話してみてください。心と向き合うことを忘れずにね!


(七海と野山の席)


               七海(野山の方に体を向けて)


 野山くんは「心に穴が空いたみたい」な状況になることってあるのかしら?


               野山(七海の目と机を三対七の比率で見ながら)


 結構あるかな。そのせいで全てに自信が持てなくなって、消極的になってしまうというか。


               七海


 そうだったのね。やっぱりみんなあるものなのね。


               野山


 七海さんにもそういう時があるの?


               七海


 私なんてずっと「穴が空いた」ような感じがしているわ。


               野山


 そうなんだ。……意外だな。


               七海


 あら、そう?


               野山


 普段の七海さんは堂々としてて、確固とした自信を持ってるように見えてたから。


               七海(笑みが見え隠れした表情で)


 ま、まああれよ。その「穴」と向き合った苦しみの分だけ自信になってるって感じよ。


               野山


 七海さんは凄いね。


(青戸と細野の席)


               青戸


「穴」か。感じたことあるか?


               細野


(首をかしげながら)う~ん。

 私はできる限りそれを感じないようにして生きてきたかな~。でも結局逃げられないんだけどね。


               青戸(細野を見ながら)


 そうなのか。じゃあ先生の話を聞いてどう感じた?


               細野(可愛さを保持したままの困り顔で)


 そうだな~。もう何が正解かわからなくなっちゃうよ~。


               青戸(不器用なりに同情した表情で)


 正解、か。

『確かにわからないな……』


               細野(敢えて青戸の方を向かないまま)


『青戸くんのその言葉を聞くとなんだか安心するな~』


(戸崎と楓の席)


               楓(真正面を向いたまま)


 どうだ? 先生の話は納得できたか?


               戸崎(楓に合わせて)


 そうだったらいいなって感じかな~。


               楓


 どうしてそう思ったんだ?


               戸崎(頭の後ろに手を置いて)


 この世界の真理が心だとして、その心が満たされるためにあるんだとしたら、この世界は幸せになるために存在することになるからね。


               楓(真っ直ぐな目で戸崎を見て)


 まだ今はそう思っていないということか?


               戸崎(少しだけ目を閉じて)


 そうだね~。まあ、自然とそう思うことはできないな~。


               楓


 周りからお前を見れば、勉強もスポーツもできて、顔も良くて、家が裕福で、幸せが約束されているように感じるが、それさえも覆してしまう何かがあるってことなのか?


               戸崎


 そうなのかもしれないね。

『言えるわけないよね』


               楓


 そうか……。


(萌木と金城の席)


               萌木


 金城くんはどう思った?


               金城(夜風のような動作と口調で)


 萌木ちゃんは?


               萌木(上を見ながら)


 あたし? あたしはね~、ちょっとほっとしたな~。


               金城


 ふ~ん。どうしてほっとしたの?


               萌木


 だって~、怖かったから。「穴」? みたいなのがある時は、自分が自分じゃなくなったように感じるじゃん? 先生の言うことが本当かどうかはわからないにしても、はっきり自分のものだって言ってくれたのは、嬉しかったな~。


               金城


 俺もそう思うよ。


               萌木(金城に目線を向けて)


 ほんと?!


               金城


 俺たち一緒だね。


(水田と小野の席)


               水田


「穴みたいなのが心」なんだってよ。驚いたよな。


               小野(小動物のような振る舞いで)


 そうだね~。考えたこともなかったよ~。


               水田


 しかもそれが究極の真理の結晶なんだってさ。どう思うよ。俺は結構テンション上がったな~。


               小野


 う~ん。よくわかんないな~。


               水田


 わかんないか。

あーっはっはー!(二人揃って笑う)


(放課後に委員会の仕事で教室に残って作業をする七海と細野)


               七海(青戸の席で無数の紙を折りながら)


 これも因果応報ね。選挙管理委員会だから選挙をできるのかと思って立候補したら、やらなければいけない仕事によって私たちが管理されてるもの。


               細野(七海の隣で無数の紙を折りながら)


 七海ちゃんは大人だね! そんなこと考えもしなかったよ~。


               七海


 大人なのは細野ちゃんの方よ。どんなことでも気持ちを切り替えて頑張れるんだから。


               細野


 それはいいことなのかな~。それに、誰でもできそうな気がするし~。


               七海


 そんなことないわ。私なんて嫌なことがあっても、気持ちを切り替えられないまま突っ込んで、中途半端に玉砕するのが常だもの。だからそれも立派な才能の一つよ。



               細野


 ありがと~。


(青戸が教室に戻ってくる)


               青戸(自分の席に近づきながら)


 選挙管理委員会の仕事か。俺も手伝おうか?


               七海(青戸の席から立ち上がろうとしながら)


 あら青戸くん。ごめんなさいね、勝手に座っちゃって。もう帰ってこないと思ってたから、二度と。


               青戸


 永遠の別れにしてくれるな。別にそこに座ってて構わないぞ。


               七海(もう一度席に座って)


 じゃあお言葉に甘えるわね。


               細野(疲れた笑顔を作って)


『二人なんかお似合いだな~』


               青戸(細野の前の席に横向きに座る)


 もうすぐ終わりそうじゃないか。お疲れさん。


               細野(一瞬唇を口の内側に入れてから)


 ありがと~。青戸くんは何してたの?


               青戸


俺は図書委員会があったんだ。主催者側も含めて誰一人あの集まりに価値を感じていないようだったがな。


               七海(最後の一枚を折って)


 「穴みたいな心」のせいね。自分も含めて世界がどこか滑稽な芝居をしているように見えてしまう。


               細野


 七海ちゃんはそういう時どう思うの?


               七海


 苦しくて辛くなるわね。穴が奈落の底まで無限に続いているような感じがして。


               細野


 怖くなったりしないの?


               七海


 怖いのは怖いけど、自分が怖がってるのも芝居みたいに感じて、そのうち「穴」に溶け込んでいくわね。


               細野(最後の一枚を折って)


 耐えられなくない?


               七海(机に「冠婚葬祭」と落書きしながら)


 耐える以外に選択肢がないのよ。


               青戸


 こら。消しなさい。


               細野(目を閉じて)


 そうなんだ~。


               七海


 じゃあ生徒会室に持っていきましょうか。青戸くんは、この後は何かあるの?


               青戸


 後は帰るだけだな。


               七海


 じゃあありがたそうに待っててくれるかしら?


               青戸


 なんでありがたがらないといけないんだ。


(七海と細野が教室を出ていく)


               細野(七海と廊下を歩きながら)


 二人ってほんと息ぴったりだよね~。付き合ってないの?


               七海(正真正銘に驚いて)


 え?! が、学生が男女交際なんて百五年早いわ。


               細野


 平均寿命超えちゃってるよ~。

(窓の方を見ながら)『一瞬だけど本気で動揺してたな~。少なくとも気はあるんじゃないかな。気付かせちゃったかな。いや、七海ちゃんはそんなに自分の気持に鈍感じゃないだろうから、きっと気付いてるんだろうな』


(生徒会室に届けて教室に戻ってきた七海と細野)


              青戸(開いたドアの方を見て)


 お待ちしておりました陛下。さっさと帰りましょう。


              細野(微笑しながら)


『ありがたがってるね』


              七海(自分の席に向かいながら)


 悪かったな青戸伍長。さあ帰ろう。


              青戸(鞄を持ちながら)


 伍長はさすがに階級低くないですか? 


              七海(鞄を持ちながら)


 君は伍長を甘く見ているから伍長なのだよ。


              青戸(ドアに向かって歩きながら)


 今のは殉職クラスの糾弾です陛下。


               七海(ドアを開けて)


 なら二階級特進だ。良かったな青戸曹長。


               青戸(ドアを出て)


 お戯れが過ぎます陛下。


(学校から最寄り駅に通じる坂を細野と青戸の後ろに七海が続いて下りながら)


               細野(正面を向いたまま)


 二人ってさ、運命の人っていると思う?


               七海


 私はもちろんそう信じてるわよ。


               青戸


 同感だ。それを信じなければ永遠の孤独だからな。


               細野


 永遠の孤独、か。もしもだけど、その人と結ばれなかったらどうする?


               七海


 そんなことは考えることもできないわね。


               青戸


 結ばれなかったのなら運命の人ではなかったと思いたいな。


               細野


 そっか~。

『いかにも青春って感じの恋愛話で盛り上がったりしないな~。もっと二人の恋愛観とか知りたいんだけど』

 じゃあ、運命の相手じゃない人を好きになったらどうする?


               青戸


 今日の小野寺先生の話でいけば、心は運命になる。運命が運命でない者を好きになるなんてことがあるんだろうか。


               七海


 どこか自分で自分にこの人を好きだと言い聞かせてるところがあるんじゃないかしら。


               細野


 なるほど~、そういう考えか~。

『真剣に答えるな~。運命って言葉がこの二人にとって大事な言葉ってことなのかな』


               青戸


 で、細野さんはどうなんだ?


               細野


 え!?


               七海


 そうよ。私たちの答えを聞いてしまったんだもの。答えるまで追いかけ続けるわ。


               細野


 恋愛の話からホラーに変わっちゃったよ~。え~っとそうだな~。運命か~。運命が二人を引き裂くこともあるんじゃないかな~。


               青戸


 なるほど。引き裂く、か。


               七海


 あの運命が……。


               細野


『真犯人がわかった人みたいになってるよ~』


(駅のホームで、反対側のホームの椅子がつくる影を眺める三人)


               細野


 もうすぐ期末テストだね~。二人は勉強してる?


               七海(あの世を見通すような目をして)


 オレンジ色に染まった駅のホームで定期テストの話をする。青春の一ページね。大体二十五ページ目ぐらいかしら。勉強の方はゼロページ目ぐらいかしら。


               細野


 一緒! 勉強苦手なんだよね~。青戸くんは?


               青戸


 勉強は学生の本分だからな。当然やってるぞ。


               細野


 青戸くんはさすがだね~。頭いいもんな~。私も、校内宿泊研修をご褒美に頑張らなくちゃ!


               七海(この世を見通すような目をして)


 何かをご褒美にテスト勉強を頑張る。青春の一ページね。大体二十六ページ目ぐらいかしら。


               青戸


 勉強の方は?


               七海(全てを悟ったように目を閉じながら)


 ゼロページ目ぐらいかしら。

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