第3話 中間テスト最終日
中間テスト最終日
(中間テストが終わった午後からの、極めて自由な時間の教室にて教卓の周辺に七海、萌木、水田、細野、戸崎、青戸が集まる)
萌木
やっとテスト終わったね~。
水田
もう俺たちは自由だ~。
七海(真剣な顔で)
私、今日のテスト中もずっと考えてたの。みんなが平等にできることはないかって。
青戸
どうした? 世界市民の心に目覚めたか?
七海
私、気付いちゃったの。ジェスチャーゲームなら、ハンデも手加減もなくみんなで遊べることに!(自信満々の顔で)
戸崎(苦笑いしながら)
自由がフライングしてたんだね。
細野
いいじゃん! みんなでやろうよ!
(教室に残っていた他の四人に向けて)
七海
そこのみんなもどうかしら! 一緒にジェスチャーゲームやりましょう? 今日の席替えで隣になった野山くんと、楓ちゃんと金城くんと小野ちゃんも!
(四人が七海を見る)
楓(七海に近づきながら)
面白そうだな、私も参加させてもらおう。
七海
さすが楓ちゃんね。勝負事にも意外と乗ってくる。
野山(鞄を持ってドアへ歩きながら)
俺は用事あるから遠慮しとくよ。ごめんね。
七海
それは仕方ないわね。背中に気をつけて帰るのよ。
水田
脅かしてやるなよ。
七海(胸を張りながら腕を組んで残りの二人を見る)
あなたたちはどうする?
金城(小野の隣の席に座ったまま)
俺たちはここから見てるよ。
七海(目を見開き驚いた様子で)
そ、そう。わかったわ。じゃあ答えがわかった時は遠慮なく言ってね。
それじゃあ始めましょうか! トップバッターは、水田! ドアの手前でやってください!
水田(面食らった様子で)
こういうのって言い出しっぺが最初にやるんじゃねーの? まあいいや、よく見てろよ。
(空気椅子の状態で左手を左膝に添え、その上に右肘を置き、アヒルの口を作るように軽く右手を閉じて口の前に持ってくる)
細野
わかった! ロダンの考えてる人!
水田(同じ体勢のまま右手で細野を指差して)
正解!
萌木
さすがにそのまま過ぎるでしょ!
七海(鳩が豆鉄砲を食らったような様子で)
やら、れた。
(少し落ち込んだ様子に変わり)じゃあ出題者が次の人を指名してください……。
水田
えーと、それじゃあ、戸崎くん!
戸崎
僕か! そうだな~。(上を向いて考えながらドアの前まで歩く)
(両手を左右に伸ばし、少し力を抜いて両腕で半円を描くようにして直立する)
青戸(頭の横で手を挙げながら)
わかったぞ。これは弓だな。
戸崎(姿勢を維持したまま)
違います!
青戸(後ろにのけ反りながら)
なん、だと。
七海(天井を貫く勢いで手を挙げながら)
はい! これはボウガンよ!
戸崎(同じ姿勢のままで)
違います!
七海(腕と肩を脱力させながら)
馬鹿な……。
萌木
そのやられ芸はもういいから。あたしわかったよ! 磔にされた人でしょ!
戸崎(疲れてちょっと腕を下げて)
かなり惜しい!
萌木
磔でかなり惜しい? どういう状況?
楓
これはあれだな、磔にされて火炙りにされてる人だな。
戸崎
ちょっとだけ遠くなった!
細野
え~。わかんないよ~。磔にされた鳥とか?
七海(落ち込んだまま)
残酷な答えにしかならなそうなので、ここで切り上げましょう。答えを教えてください。
戸崎(ジェスチャーを解除して)
正解は、磔にされた人と十字架の平均でした~!
水田
最後のひと手間で超難問になってるじゃねーか。
戸崎
次は……、じゃあ一番惜しかったので、萌木さん、お願いします!
萌木(ドアの前に移動して)
了解! あたしのは多分簡単だと思う!
(両膝をついて手を頭の上で合わせる)
楓
確かに簡単だな。これは沈みかけの船だ。
萌木
正解! さすが楓ちゃん!
水田
どの辺が簡単なの?
萌木
じゃあ次は細野ちゃん!
細野(ドアに向かう途中、萌木とすれ違いざまにハイタッチをして)
私か~! じゃあ良い問題を出すよ!
(両足を少し開いて、両腕を上に伸ばして体をねじる)
七海(上半身だけ考える人をやりながら)
パッと見ただけではわからないわね。
戸崎
『これも難しいな』
楓
確かに良い問題だな。もう答えを言ってしまっていいか?
水田
楓さん、なんでそんなにわかんの? 全然わからないんだけど。
七海
細野ちゃんも体勢を維持するのが苦しそうなので、もう言っちゃってください。私にもわかりません!
楓
答えはDNAだ。
細野(瞬時にねじれを戻して)
正解! 良い問題だったでしょ?
戸崎
言われてみれば確かにってなるね!
七海
遺伝子組換え作物の水田くんには難しい問題でしたね。
水田
違うわ!
細野
それじゃあ次は青戸くんにお願いしようかな!
青戸
とうとう俺の出番が来たようだな。
(真顔でさすまたのようなポーズをとる)
細野(微笑みながら)
可愛いね!
萌木
このまま放置してみたら面白そうだね。
七海
コートとか帽子とかかけるのに役立ちそうね。
青戸(目を細めて)
さっさと答えてもらえるかな?
楓
これは……、わからない。
水田
これあれじゃね? モーセが海を割る瞬間じゃね?
青戸
不正解だ。
水田
あの海よりバッサリ切られたんですけど。
七海
そうよ、あの時の奇跡がこんな滑稽なはずがないわ!
青戸
恥ずかしくてやりたくなくなってきたんだが。
七海
ならばとどめを刺して差し上げましょう。
(名探偵が犯人を指差す時のように)答えは、二次関数のグラフだ!
青戸
正解だ。
マジで感謝する。
楓(納得した表情で)
これは一本取られたな。
青戸
じゃあ次は楓さんにしよう。七海は一番ハードルが上がる最後がお望みだろう。
七海(眉を潜めて)
恩を仇で返そうとは……。
楓
さあ、君たちに解けるかな?
(両腕を真横に伸ばし、左腕だけ90度前に曲げ、握りこぶしを作って無言でゆっくり回転する)
水田
何かの必殺技が繰り出されそうなんだけど。
萌木
どっかの集落の呪いかもよ。
細野
怖いな~。普通にバレエとかじゃなくて?
楓(回りながら)
残念ながら不正解だ。
戸崎
きっとジャイロ効果だよ!
水田
現象をジェスチャーするやついる?
楓(回りながら)
ある意味惜しいな。
萌木
惜しいんかい。
七海(腕を組み、目を閉じたまま不敵な笑みを浮かべて)
私はもうわかりましたよ。戸崎くんの回答がヒントになりました。
(目を大きく開いて)正解は、太陽系だ!
楓(回転を停止して)
七海、お前……。弟子にならないか?
七海(片膝をついて片手を楓に差し出して)
ついに認めてくださったのですね! 私はどこまでもついていきます!
水田
三文芝居してるところ失礼しますが、あなたアンカーですよ~。
七海(毒杯を仰いで倒れるソクラテスの真似をしてから静かに立ち上がり)
では始めます。
(山の頂上を指差すように、人差し指だけ伸ばした右手を地面との平行線から15度上へ真横にまっすぐ伸ばし、人差し指の先を見る。次に、左足で立膝になり、強く握った右手で地面を軽く叩く。数秒後、首を横に振ってから苦しそうに立ち上がる。そのまま左手を握り、腰にあて、右手も握りこぶしを作り、真上に掲げる。……)
萌木
ちょっと多くない?
細野
何かのストーリーなのかな?
楓(頭を抱えながら)
わからん……、弟子に超えられたか?
青戸
あれじゃないか? 何かの概念とかじゃないか? 正義とか。
七海(満面の笑みで青戸を指差し)
青戸くんのくせに正解です!
青戸
(少し照れてるくせに)「くせに」とは何だ「くせに」とは。
(適当な結果発表の後、クラブ活動やアルバイトなど、各々の用事のために解散し、教室に七海と楓と金城と小野が残る)
七海
金城くんと小野ちゃん、このままこの教室、サークル活動で使うんだけど、いいかしら。
金城
俺たちには遠慮しなくていいよ。
七海
ありがとう。まあメンバーは二人だけだからそんなに場所は取らないと思うわ。
(七海と楓がドアに一番近い席に並んで座る)
さあ、始めましょうか。今日は何をしましょう?
楓
今日は心の声について話し合うか。
七海(楓の方を見ながら)
いいわね! そうしましょう! じゃあまず、心の声とは何かを整理しましょうか。
楓
そうだな。七海も、心の声の話し手なら知ってることもあるんじゃないか?
七海
ええ。この表現が正しいのかは置いておいて、自分の心の声は聞けるものね。
楓(横目で時々七海を見ながら)
そんな周りくどい言い方をするということは、お前もあまり納得いっていないようだな。
七海
そうね。聞かれる側から見て、心の声を聞かれていると感じる時ももちろんあるけど、そうでないと感じる時もあるわ。ただ自分のことを記述しているだけなのに、心の声として誰かに聞き取られることが多々あるわ。
楓
やはりお前には、「心の声」とは何か別のものが見えているな。普通は聞かれる側から見ること自体容易じゃないし、それに加えてその違いにまで気が付くことなんてそうそうできるものじゃない。その何かを通して自分や世界を見るから違いがわかるんだろう。
七海(目を閉じて何かを思い出すように)
私は心に穴が空いているような感覚がいつもあるんだけど、そのせいか、自分の意識が、アリジゴクの掘った穴みたいに、どんどん真ん中に引き寄せられているような感じがするの。だから、その穴を通して自分と世界を見ているのかも。
楓
穴、か。それはどんなものなんだ? もう少し詳しく教えてくれ。
七海
穴っていうのはあくまで比喩にすぎないけど、いつも止まっていて、何も無いような、無の空間が広がっているような感じかしら。でも変なのが、それ自体が自分のような気もするの。だから、それ自体が自分の目になっているような……。自分が世界を見ているんじゃなくて、その目を通して、その目、自分、世界という順に見ていると言った方が適切になるわね。……。
(頭の上の豆電球が光ったような表情で)そう! 曲がり角のカーブミラーをイメージしてくれるとわかりやすいかも。そのカーブミラー越しにその先の世界を見ているような……。その先の世界を直接は見られないってところが大事ね。
楓
なるほど。お前は木星型惑星なのかもしれないな。他の人は金属や岩石でできた地球型惑星みたいなもので、星の一番外側を世界の中心だと考えるのに対し、お前は気体でできた木星型惑星で、星の一番外側よりも内側にもまだ世界があり、そのさらに真ん中にあるものこそが世界の中心だと考える。
(教室のドアから顧問の先生が入ってくる)
顧問
お~。二人ともやってるか~。
七海(顧問の方を向いて)
小野寺先生! 私木星型惑星らしいです!
小野寺(二人の前に立って)
お~、隕石みたいな衝撃でどうした~?
楓
自分の内側に入り込みやすいから、昨今心の声と呼ばれるものが、自分の中のどこから発しているものかを知ることができるって話です。
小野寺
今度は超精密な要約によって、物凄い引力で先生の頭の中に星ができたぞ~。なんだ? 二人は心の声について話してたのか?
七海(小野寺を後ろの席に座らせるようジェスチャーで誘導しながら)
そうです! 心の声の話し手、つまり自分の心の声を聞かれる側の話をしてました!
小野寺(誘導された席に座って)
なるほど~。それで、自分の中のどこから生まれた声なのかわかるってことだな。ようやく星と星が線で結ばれて星座になったよ~。
七海(唐突に真顔になって)
そのいちいち星で例えるの流行ってるんですか?
小野寺
君は楓くんか? 楓くんみたいな冷たさを感じたぞ。
七海(段々と表情の血の気が回復する)
そんなことより、私、心の中に穴が空いているような感覚があって、その穴から自分を見ているような感じがするんですけど、これってどういうことかわかりますか?
小野寺
それって、虚無みたいなやつじゃないか? 俺たちはそれこそが心だと思ってるんだが……。
七海
先生も知ってたんですか!
小野寺
あ、でもこれ次の授業の内容になっちゃうから、別の話しようか。
七海
ええ~。わかりました~。なら仕方ありませんね~。
小野寺
君は滑らかに切り替えるな~。それより、他人の心の声を聞く側なら、今度は楓くんの方が得意分野なんじゃないか?
楓
確かにそうですね。私の場合は他人の心の声を聞くスイッチを切ることができませんから。普通は聞きたくなければスイッチを切るようにしてシャットアウトすればいいんですが。
七海
楓ちゃんそうだったの! だからテストはいつも別室で受けてたのね! てっきり周りに人がいるとカンニングしてしまう性だからなのかと!
楓
どんな性分だ。だが、あながち間違いでもないかもしれないな。テスト中はみんなが必死に頭の中で問題を言語化するから、答えを聞き放題なんだ。といっても、みんなが口々に喋るのと同じわけだから、うるさすぎてほとんど何も聞き分けられないがな。
小野寺
楓くんは、心の声というものを、頭の中で言語化されたものと考えているんだね?
楓
はい。そう思います。それなら心から出た想いでない言葉すら時々、というかほとんどいつも、聞こえてくるのも納得できます。
七海
それならさっきの私の話も説明がつくわ。入学した初日にただの思いつきを全員に聞かれちゃったのもね。
小野寺
そうだな~。ちなみに七海くんはなんて言ったんだ?
楓
担任の先生が冷たそうって。
小野寺
それは失敗したね~。楓くんに言うならまだしも~。
楓
それどういう意味ですか?
小野寺
いえ、別に。それより、担任の先生には言ってあるのか? 七海くんの事情は。
七海
それは言ってあります! ただ、クラスのみんなを私に合わさせるようなことはしないで欲しいっても言いました。できる限りみんなが可哀想な想いをしないようにしたいし、もし誰かが損をするしかないなら、それは元凶である私が負うべきなので。
小野寺
そうなのか~。七海くんはただ生きるだけでも知恵が必要なんだな~。ただ、どのみち幸福になるためにも知恵は必要不可欠なわけだから、ある意味では生きることが幸福に直結していて得であるとも言えるな!
七海(関心したように)
先生のわりにいい事言いますね!
小野寺
知恵の使い方が間違ってるよ~。もっと先生を見習おう?
七海(楓と二人で急いで自分の机の上の鞄を取りに行って)
それでは彗星のごとく去ります! さようなら!
(二人とも早足で教室を出ていく)
小野寺(寂しそうな表情で)
二人ともひどい……。
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