第2話 勉強会

               勉強会


(七海、萌木、水田、細野、戸崎、青戸の六人が七海の家のリビングに集まる)


               細野


 今日は誘ってくれてありがとう! みんなで集まって勉強会なんて楽しみだね!


               七海


 青戸くんが提案してくれたのよ。せっかくみんなで集まるのに、やることが勉強って、いかにもって感じよね。


               青戸


 それは褒めてるんだよな? それより七海、会場を提供してくれて感謝するぞ。


(七海以外のメンバーが各々、少し間隔をずらして礼を言う)


               七海


 そんなかしこまらないで、さあ、座ってちょうだい。


(円形の低いテーブルに集まって座る)


 じゃあ気を取り直して、人生ゲームでもしましょっか。


               青戸


 勉強会はどうした?


               七海


 あら、人生ゲームは人生のことが勉強できるわよ。


               青戸


               青戸


 なるほど。じゃあそうするか。


               萌木 水田


 いやそれでいいのかよ。


(七海が自分の部屋に人生ゲームのボードを取りに行く)


               戸崎


 みんなで人生ゲームなんて、貴重な経験だね!


               細野


 大人になって振り返った時、いい思い出だったって思うよきっと!


               水田


 なんで修学旅行みたいなテンションなんだ?


               萌木


 陽子ちゃんはポジティブで優しいね~。あ、戻ってきた。ありがとう七海、って危ない!


(七海が人生ゲームのボードを抱えてリビングに戻ってくるが、机に置く前に落としてしまう)


               七海


 これが人生か。ならばもう一度。


               萌木


 そんなことはいいから、みんなで拾うよ!


(全員で散らばったパーツを拾い、その流れでゲームを開始する準備を進める)


               七海


 お騒がせしたわね。じゃあ始めましょうか。お詫びとして銀行役は私がやるわ。横領と賄賂は見逃してちょうだいね。


               萌木 水田 青戸


 駄目です。


(七海、水田、萌木、戸崎、細野、青戸の順で座り、ゲームを開始する)


               細野


 じゃあ私からだね! ルーレット回すよ、それっ! ……九だ! 九はっと。アイドルになれるんだって! やった!


               萌木


 陽子ちゃんにぴったりじゃん!


               七海


 次は私ね。……、六だわ。六は、……学校の先生になれるんですって! 私に向いてるかしら。


               水田


 そんなにじっくり悩まなくていいぞ~。


(二十分経過)


               戸崎


「精神的ダメージにより通院を始める。二万円払う」だって~。厳しいな~。


               七海


 戸崎くんならきっと立ち直れるわ。


               青戸


 次は俺だな。……、また二だ。このルーレット、細工とかされてないよな?


               七海


 そこには何もしてないわよ。


               青戸


 まるで他のところには何かしてるみたいな言い方だな。まあいいか。俺だけ飛び抜けて遅いな。


               細野


 青戸くんは大器晩成型なんだよ!


               青戸


 細野さんありがとう。えっと、……あ、結婚できるマスだな。結婚とかまだよくわからないから、とりあえずやめておこう。


(さらに二十分経過)


               水田


 よし! 俺だな! 次はっと、……。あ、萌木と同じマスだ。


               萌木


 ちょっと、真似しないでよ~。


               水田


 確率なんだからしょうがねーだろ!


               七海


 お二人さん、えらい仲良しどすな~。


               萌木 水田


 うるさい!


(さらに二十分経過)


               七海


 やっとゴールできたわ。まさか青戸くんより遅れることになるなんて。ほんと勉強になるわね、このゲーム。


               青戸


 確かに。


(七海が全員の所持金を集計する)


               七海


 それでは、優勝者を発表したいと思います。優勝は……、青戸くんです!


               青戸


 これが人生か。ならばもう一度。


               水田


 一位はいいな~。


               七海


 続きまして第二位は……、わたくし、七海でございます!


               萌木 水田


 絶対横領してるだろ。


               七海(善悪がわかりづらい顔をして)


 してませんよ。断固としてしてません。だって私は教え子に尊敬される先生ですから。では次にいきましょう。第三位は……、


               戸崎


『流されちゃったね』


               七海


 同額で、萌木と水田で~す! 

あんたたち仲良すぎなのよ。


               萌木


 だから真似しないでって言ってるじゃんか~。


               水田


 しょうがねーだろ。そうなっちまったんだから~。


               七海


 夫婦漫才は程々にしてもらって。

……では次で最後になります。第五位と第六位を、連続で発表していきたいと思いま~す!!


               青戸


 そのテンションの上げ方なら、最後に一位を発表する順番の方がよかったんじゃないか?


               七海


 第五位は、戸崎くん! そして第六位は、細野さんでした! 二人の誤差は千円だけでした!


               戸崎


 だったらほとんど変わらないね。そっか~。


               細野


 ん~、悔しいな~。何がいけなかったんだろ~。


               七海


 これはゲームであり、実在する個人・団体とはちょっとしか関係ありません。


               水田


 ちょっとはあるのかよ。


(玄関の扉が開く音がする)


               七海の母


 ただいま~。あ~、みんないらっしゃい~! お昼ご飯買ってきたよ~!


               一同(各々のタイミングで)


 お邪魔してます! ありがとうございます!


(細野と戸崎と萌木と水田は七海の母の元へ行き、七海と青戸が人生ゲームの片付けをする)


               青戸


 君も行ってきていいぞ。片付けは俺がやっておくから。


               七海


 いいえ、一人でさせるわけにはいかないわ。


               青戸


 ありがとう。助かるよ。

『「一人であること」に何かこだわりがあるんだろうか?』


(細野と戸崎が七海の母から昼食を受け取って、リビングに運んでくる)


               七海の母


 誰々くんと誰々ちゃん、ありがとうね~。


               七海


「誰々」で乗り切ろうとしないでくれるかしら? 戸崎くんと細野ちゃんよ!


               七海の母


 あなたたちが戸崎くんと細野ちゃん! 気が利くね~。


               細野


 いやいや、休日の休まれたい時にお邪魔して申し訳ありません。


               七海の母


 とんでもないよ~! いつも香織と仲良くしてくれてありがとうね~。


               戸崎


『こちらこそ』ありがとうございます!


(細野と戸崎が高い方のテーブルに昼食を置く)


               水田


 七海のお母さん! 洗面台で手洗ってきていいですか?!


               七海の母


 いいよ~。場所は、わかるよね?


               萌木


 わかります!


(萌木と水田が細野と戸崎を洗面所まで誘導する)


               七海の母


 二人とも相変わらず元気だね~。そこの男の子はどなた?


               青戸(片付けを中断して七海の母の方を向いて立ち上がる)


(礼をしながら)青戸と申します。お邪魔しております。


               七海の母


 あら~、礼儀正しいね~。ゆっくりしていってね~。


               青戸


 ありがとうございます。


               七海(片付けながら)


『どんな大人にも変わらず不愛想なまま接するのね。あまり大人から好かれるタイプではなさそう』


(細野と戸崎が片付けを手伝いながら軽く微笑む)


               七海の母(対面キッチンに立ちながら)


『あの子、また思ったことをそのまま心の声に出してるな~。って私もじゃん!』


(細野と戸崎が七海の母の方を向いて微笑む)


               七海の母


『青戸くんは聞かないようにしてるのかな? なんでだろ』


(全員が準備を済ませ、席に着く)


 それじゃあ私は隣の部屋にいるので、何かあったら呼んでくださいね~。


               一同


 ありがとうございます! 


               七海


 今日の昼食はなんと! お弁当屋さんのお弁当です!


               水田


 そういうのはみんなで好きなの選ぶ前に言ってもらえるかな?


               七海


 それではせーので! いただきましょう!


               一同


 いただきます!(「す」のところで戸惑う)


(各自で割り箸を割り、食べ始める)


               七海


 細野ちゃんは嬉しそうに食べるわね。


               細野(口に入っているものを飲み込んでから)


 食べるの好きなんだ~。まさか最下位にチキン南蛮弁当が回ってくるとは思わなかったよ~。


               萌木


 完全に七海がのり弁当選んだからだよね。


               水田


 前から思ってたけど、やっぱりちょっと変わってるよな。


               七海


 あら、あなたたちのり弁当の凄さを知らないのかしら。のり弁当の「のり」はみことのりの「のり」なのよ。


               水田


 七海は右翼派の人間なのか?


               七海


 いいえ、私は人間という派閥以外には属さないつもりよ。それより、戸崎くんはたまごそぼろ弁当なんかで良かったの? 


               青戸


 それを君が聞くのか。


               細野(口元を隠しながら戸崎の方を向いて)


 そうだよ~。遠慮しなくてよかったんだよ?


               戸崎


 いやいや、結構好きなんだよ。七海さんほどの熱意はないけどね。

『そうだな~。たまらなく、ごそごそしてる、ぼろ雑巾』


               萌木(食べているものを吹き出しそうになり、急いで飲み込んだ後)


 戸崎くん、それ以上はやめときな。


(全員が食事を終え、勉強道具を持ち、低い机の先程座っていた場所に移動する)


               七海


 それじゃあ勉強始めま、じゃなくて、再開しましょうか。


               水田


 やっぱり人生ゲームは勉強だと思ってないんじゃねーか。


(各々が自分の勉強をし、わからないところは周りに相談する)


               萌木


 ねえねえ、因数分解ってどういう意味?


               戸崎


 足し算とか引き算の形になっている式を掛け算の形にすることだよ。


               萌木


 どうしてそんなことができるの?


               戸崎


 同じものでまとめてるんだよ。


               萌木


 同じものでまとめるっていうのはどういうこと?


               戸崎


「(X+1)(X+3)」っていうのは、「X²+4X+3」の中に「X+1」が「X+3」個あったってことかな。


               萌木


「X+3」個ってどういう状況? どうして「X+1」をまとめられるの?


               戸崎


 Xは文字だけど、性質的には数字と変わらないんだよ。だから数字と一緒に数えたりまとめたりできるんだ。


               萌木


 じゃあどうして文字で表すの?


               戸崎


 後からいろんな数字を当てはめられるからかな。


               萌木


 どうしてそんなことができるの?


               戸崎


 えっと、文字は色々な数字を表していて……。

『どう説明すればわかりやすいかな』


               七海(戸崎が困っているのを察して)


 お馬鹿さんなのかソクラテスなのか。自分に当てはめて考えてみなさいよ。萌木が文字で水田が数字だとするじゃない? だったら、二人は同じものだからまとめられるし、萌木は頭が空だからいろんなものを入れられるってこと。


               萌木(不機嫌そうに)


 それどういう意味? 


               水田


 ほんとだよ! 萌木の頭が空なのはいいとして、俺と萌木が同じってどういうことだよ!


               萌木


 いやどっちも良くないから!


(数分後)


               七海


 英語の文型は決められた型しか使えないのね、SVOCとか。自分で作り出しちゃ駄目なのかしら。MDMAとか。


               水田


 違法ドラッグ作ってんじゃねーよ。


(さらに数分後)


               細野


 ねえねえ青戸くん、細胞内共生説のところの、ミトコンドリアとか葉緑体が二重膜になってるってどういうことかわかる?


               青戸


 それはだな、自分がシャボン玉に取り込まれるのを想像してみたらわかるぞ。


               萌木


 雰囲気のわりにファンタジーな例えを用いるんだね。


               細野


 ちょっとこのノートに描いてみてくれない?


(青戸に体を寄せながらノートを彼の前に移動させようとする)


              あ! ごめん!


(ノートの端がぶつかり、青戸のコップが倒れ、こぼれたお茶が七海の方向に流れていきそうになったのを青戸が持っていた自分の教科書で抑え込む)


              七海


 ちょっと拭くもの持ってくるわね。

『私のところにお茶が行かないように塞いでくれたのかしら』


(戸崎と細野が拭くものを取りに向かった七海の背中を一瞬見つめる)


               細野(申し訳なさそうな顔で近くのティッシュペーパーで机と教科書を拭く)


 ほんとごめん! 教科書交換するよ!


              青戸(片手で教科書を持ってもう片方の手で机を拭きながら)


 そんなに気にしなくていい。俺は濡れた教科書が乾いて乾燥ワカメみたいにパリパリになったのとか結構好きなんだ。


              水田


 どんな趣味だよ。


              細野


 嫌になったらほんといつでも言ってね! すぐ私のと取り換えるから!


              青戸


 わかったよ。ありがとう。


(七海がタオルとドライヤーを持って戻ってくる)


              七海(細野にタオルを渡して)


 はいこれ。一応ドライヤーも持ってきたわ。(水田に向けながら)


              水田


 なんで銃口がこっち向いてんだよ。


               青戸


 助かるよ。(ドライヤーで少し乾かした後、窓の近くの日の当たる場所に教科書を置く)


               細野


 乾くまでは私の教科書貸すね。(自分の教科書を青戸に差し出す)


               青戸(受け取りながら)


 じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとう。それで、シャボン玉のことだが……。(細野のノートに棒人間とシャボン玉のイラストを描いて説明する)


(七海がその様子を、可愛い我が子を眺める親のような顔とも大事なものを失いそうな時の顔ともとれる表情をしながら見つめる)


              戸崎(七海を見ながら)


『何か気になるのかな』


(夕方になり、勉強会がお開きの流れになる)


              七海(教科書を閉じながら)


 それじゃあ今日はここまでにしましょうか! 1.002倍ぐらいは賢くなったでしょう!


              萌木


 やけにリアルな数字言わないで。


              細野(申し訳なさそうな顔をしながら青戸の方を向いて手を合わせて)


 青戸くん、教科書ほんとごめんね~。


               青戸


 あんまり自分を責めるなよ。


               細野


 ありがと~。


               七海


 まだ濡れた状態の教科書を青戸くんの鞄に入れて持って帰るのはアマゾン川に赤子を放り投げるようなものだから、乾いてから渡すわね。


               青戸(コップをキッチンまで運びながら)


 俺の鞄の中身を何だと思っているのかは気になるが、よろしく頼む。


(玄関まで皆を見送り、キッチンで洗い物の片付けをする七海親子)


               七海の母


 みんないい子だったね~。


               七海


 当然よ。私の友人なんだから。


               七海の母


 萌木ちゃんと水田くんはいいとして、後の子たちはあなたが心の声を聞けないことは知ってるの?


               七海


 ええ、もちろん知ってるわ。そのうえで仲良くしてくれてるのよ。


               七海の母


 ありがたいね~。そういえば、青戸くんだっけ? あの子も心の声が聞けないの?


               七海


 いいえ、そんなことないわ。


               七海の母


 あら、そうなんだ。じゃあやっぱり聞かないようにしてるんだね。どうしてなんだろ。


               七海


 私に合わせてくれてるのよ。私がいる時はいつもね。気を使わなくていいって言ってるんだけどね。


               七海の母


 優しい子だね~。大事にするんだよ~。


               七海


 当然よ。それに、彼はそれが誰かのためになるなら、たとえ損な役回りでも躊躇せず引き受ける節があると思うの。だから、私が守ってあげなきゃね。


               七海の母(感動した表情で七海の方を向いて)


 香織……。


 生意気ね!(満面の笑みで)

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