マザ・コン

裏 鬼十郎

第1話

朝目が覚めると、マザーコンピュータが朝食を出してくれた。寝ている間に体の中をスキャンされ、体調に合わせて、その日にぴったりな朝食が出てくるんだ。

今や世界はマザーコンピュータで回ってる。学校教育は無くなって、とっくにマザーコンピュータによる家庭学習になったし、会社へ行く時も行くルートなどはマザーコンピュータが最適解を示してくれるばかりか、そのルートで運転代行をしてくれる。

こんな世界だから、家族制度は壊れた。だって完全なマザーコンピュータが側にいるんだ、不完全な人間どうしが寄り集まる必要なんか、なかったんだろう。

俺はマザーコンピュータが出してくれた朝食を食べながら、マザーコンピュータが提案してくるビデオプログラムを見る。今日も、隣の国との戦争のニュースがやっていた。


戦争は平和です。

自由は隷属です。

無知は力です。


アナウンサーの声は温かく、党のスローガンを読む。三十五歳になるまでに子供を作って、それが終わったら男女共に兵隊になるのが俺たちの生き方だ。

俺は、そんな生き方に疑問を持っている。疑問を持ってしまった。

でも、疑問を持っていることが知れたら大変なことになるから、俺は、マザーコンピュータが1足す1は3だというのなら3だと信じる、信じるフリをしている。

だけれど、本当は俺は怖い。この国は、まるで人間工場だ。子供を作る相手だって、マザーコンピュータが選ぶ。顔を合わせずに人工授精で子供を授かって、分娩した後はマザーコンピュータが子供を引き取って育てるから、俺は親の顔も知らない。こんなのは間違っているのではないかと、俺は思う。もっと、人間は人間らしい生活をするべきなんじゃないか。こんな世界はおかしい。何がおかしいのかわからないが、何かがおかしい気がするのだ。


今日も変哲のない一日が終わった。いつもとわからない日々。

俺は、マザーコンピュータの目を盗んで、秘密の部屋に行く。それは、トイレを改造して作ったもので、ここなら、異端の言動も密告される心配はない。

トイレの上の天井を開ける。そこには、家族を表現したたくさんの絵や文章がある。

俺は、家族が懐かしい。家族など見たこともないのに。それでも、家族に憧れる。実は、家族をこっそり募集してすらいる。ネットで募集した「家族」と、無人島へ逃げ出してそこでマザーコンピュータや戦争、密告とは無縁の生活を送ろうとしている。この計画は、着々と進んでいてもうすぐ叶いそうだ。俺は、即席の家族の絵や写真に見蕩れながら、家族として過ごす日々を想像する。


決行の日は、あっさりとやってきた。

ネットの裏サイトを使って集まった、即席の父さんと、即席の母さんと、そして即席の妹。素朴な家族たちは何気なく集まり、海外旅行をするふりをして、無人島へ逃げ出す手筈を整えた。

それぞれが別のルートで、国際空港で集まる。そこなら、マザーコンピュータの監視の目も緩むからだ。そして、飛行機に乗り込んでからが、本番だ。

まず、密輸した武器を使い、客席を制圧、そして、運転席に乗り込む。運転手を脅し、マザーコンピュータとの接続を切らせてから、上空から飛行機を不時着させる。不時着した飛行機から、俺たちは予め用意しておいた即席のヨットで無人島へ逃げ出す。そんな手筈だった。


俺たちはまず、泣き叫び怯える客たちをマシンガンで制圧した。妹と父を見張りに残して、母と俺は運転席へ向かう。

運転士は、怯えてはいたが俺たちの言う言葉を理解した。運転士は言った。

「そういうことならば、私たちも連れて行ってくれませんか?」

計画は変更となった。

実は、乗客たちも妹と父から話を聞くうち、自分たちもマザーコンピュータの支配を脱したいと思うようになったのだ。

飛行機はマザーコンピュータとの接続を切り、めざしていた無人島の近くへと不時着した。

そこからは泳いで無人島へ向かった。

飛行機ごと島に不時着すれば楽だったのだが、飛行機は、逆探知されて救助に来られてしまうため、海に沈めるしかなかったのだ。

自由を求めた俺たちは、早速自然の洗礼に遭った。乗客の半分は、サメに食われたり溺れて死んだ。俺も、父を失った。それでも俺たちは無人島を目指し泳ぐ。自由が、そこにあった。

上陸した俺たちは、火を焚いて暖を取った。明日をも知れぬ身になっても尚、俺たちは、自由に燃えていた。


段々と何かがおかしくなっていったのは、いつのことからだろう。島には、食料が豊富にあり、俺たちはそれを食べて楽しく暮らした。でも、だんだんと島の生活に疲れて来た。

最初は魅力的だった料理や洗濯は、次第に面倒ごとになった。今までマザーコンピュータがやってくれていた全てのことを、自分たちでやらなくてはいけない。

おもい思いに作った家族関係も、そんなにいいものだとは、今は思えなかった。家族とは、身勝手に生きていた俺たちにとっては枷以外の何者でもなかった。他者を慮り、嫌なところも受け入れるなんて、不可能だ。前時代がこのシステムを受け入れていたのは、それだけ不便な時代で、集団でいきる必要性があったからだ。


俺は、いつの間にかマザーコンピュータの支配する世界が懐かしくなっていた。

あの世界に帰りたい。たとえ、三十五歳までの命で、人間を生産する工場だとしても、そこには高度な文明があり、退屈と無縁の刺激や、料理などしなくても出てくる食べ物があり、本当に楽だからだ。一旦楽さに飼い慣らされた生き物は、自然にはもはや戻れない。保護者の世話なしには、もう生きてはいけないのだ。家族欲しさに飼った小鳥を外に逃してしまったらすぐ死んでしまって、そんなことはわかっていたはずなのに。


俺の隣で、ある男が泣いている。

「マザーコンピュータがいる国に帰りたい。マザーに会いたい」と。

結局俺たちは、家畜のように支配される生活に慣れ切っていたんだ。

今更知ったところで、どうしようもない。

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