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共鳴

弱者男性文学に、出会ってしまった。
今まで、女性に加害する男性を異常者だと認識していたが、彼らにも彼らなりの辛さと言い分があるのだと目を開かされた。犯罪をやむなしとするわけではない。しかし、痛めつけられた精神を癒す方法はないものかと思った。
彼らが凶行に及んだり心を閉ざす前に、誰がどのようなケアを出来るだろうか。また、当事者はどのようにいじめなどのトラウマを克服できるか。

また、思い出したのは、実際に出会った弱者男性Sさんのことだ。
彼と出会った時、私は、30代間近で精神障害を負い、障害者就労支援施設にいた。そこでは色々な理由で精神障害を負った者たちが、就労の糸口を探していた。
Sさんは40代、甲高い細い声で話す小太り禿頭の男性で、私は、彼を特に意識していなかった。
しかし、MOS検定の演習中、彼が突然に「派遣社員を経て学んだ」知識を私に披露しだした時、私は、直感的に「ヤバい」と思った。
聞かれてもおらず、責任も負っていないことに首を突っ込むその不自然さ、自分を守るために周到にめぐらす言葉の多様さ、やばい人間の典型だ。
正直に言うと、関わりたくないと思った。
しかし、実は私もまた、そう言った肥大化した自意識の持ち主であり、それは共感生羞恥心に近かったのだと今は思う。

私は、Sさんに努めて優しくした。すると、Sさんは、私も友人が話しているところに割り込んで来るようになった。それ自体は、別に構わなかった。多少不自然さはあるとは言え、彼は他害的ではなく、不自然さも指摘すればすぐ直る程度だった。
私は、Sさんは氷河期という不遇の時代を過ごした被害者だと思うことにした。一歩間違えば自分もそうなっていたかも知れない、そんな存在だと思った。

しかし、Sさんは暴走を始めた。
同じ支援所の二十代の女子に懸想を始めたのだ。
私は、半ばSさんのケア要員として振る舞い始めた。
Sさんには、庇いたくなる要素があった。特に害はなく、自分の恋心をたまに客観的に見られていた。昼休みは、散歩と称して共に歩き回り、出来るだけのカウンセリングをした。女子に被害が及ばないためと、Sさん自身のためだった。彼に、もう挫折して欲しく無くて、なんとか、就労という本来の目的に向き直らせようと、最初はひたすらに彼の話を聞いていた。

直に、判明したことが色々。Sさんは、恋愛の中でさらに精神状態が悪化していたこと。就労支援の前段階であるデイケアの段階で、利用者トラブルを起こしていた(他の人に踏み込みすぎて怖いと言われたことを気に病んでデイケアを飛び出していた)こと。恐らく、両親は彼の病理に無理解で、父は高圧的、母は盲目的な愛情はあるが彼に対しむしろ過保護だったことなど。
聴いていて私は、Sさんがいたわしかった。同病愛憐れむの気持ちもあったし、私はたまたま恵まれていたから、Sさんほどにはならずに済んだのだと思うと、Sさんの孤独と妄想が悲しかった。

彼は、私が卒業する頃、連絡先を手紙にして渡してくれた。
「お仕事で辛くなったら開けてね」
と言われたその手紙を、優しく感じた。しかし、何と愚かな優しさか。救いを求めているのは私では無く、貴方だろうに。
私というカウンセラーが居なくなり、Sさんは予想通りに崩壊した。
私の友人を介して女子に贈り物をし、それが施設にバレて監視対象となった。女子は、蛇蝎の如くSさんを嫌った。
更に、私の友人は身体男性のトランスジェンダーなのであるが、身体が男性であるが故にSさんに女子の好意を得ているとされ嫉妬の対象となり、様々な嫌がらせを受けた。
もう、こうなると私にはSさんは「怪物」にしか見えなかった。私は、Sさんの手紙を捨てた。

それから数年が経った今、Sさんが就労できたという話は聞いていない。恐らく、若い頃一般就労できた経験を根拠に、施設側が勧める就労B(障害者向け就労施設のうち、賃金が低い場所)への入所を拒んでいるためだろう。
マズローによれば、人間の欲求には段階があり、Sさんをはじめとする弱者男性は、愛情と所属の欲求が満たされていないのだろう。
そう言った人たちを嘲笑することは、果たして許されるのだろうか?
Sさんの件は、私にそんな疑問を抱かせた。

弱者男性を見ていると、小学校などの低年齢期に受けたいじめや嘲笑などを発端にミソジニーを拗らせていることを想像させる発言が多いことも気になる。それは果たして彼らだけの問題か?
もちろん、現状に適応できないのは彼らの責任ではある。しかし、幼少期の体験とは実に人生に影を落とす物であることが知られている。
心に傷を抱える人間、それがために攻撃的になってしまう人間を支援できないだろうか。
所属と愛情の欲求に飢えた人間を性欲の化け物とレッテルを貼り、吊し上げ嘲笑するのは簡単だが、最後に潜む事情を無視して果たして許されるか?
そんなことを考えた今日この頃である。

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