神の真似事

裏 鬼十郎

第1話

 多分、神は何故人間を作り給うたかということについては、作りたかったのだから作ったのだという単純な言葉のみで、神学上の言葉など知らない言葉で答えられるとも思う。

 我々が何か作るとき、物語を書くとき、そもそもそこに、意味はあるだろうか。大抵の創作が、自分がこれを書いてから眺めてみたいとか、これを考えてみたいとか、ただただ内部の欲求によって書いてるとか、そんなのばかりだろう。


 神は初めに、光あれと言われた。それから大地を作ったのか海が先だったのか忘れたが、言葉で作られたそれらは物語となり、人がその愚かさ故物語がなければ納得しない/そのため物語を作り続けるように、世界は神の愚かさから作られたのではないかとも思う。意味のないものに意味を見出したいという欲求からである。海に空に陸に、神は意味を付け、自分と繋げました。

 かくして神は「僕の考えた最強の世界」として世界を作り上げました、めでたしめでたし、というような話なのではないのかとも思う。


 産めよ増やせよ地に満てよ、と神は言われた。そうして、物語は物語を産み、物語の森となって世界を覆い、意味は意味を生み出し、さらにその意味の森で赤ずきんちゃんが花を摘み、オオカミに食べられてしまいましたとさ、と、グリムは語る。後になって、神学上不敬虔な個所は、削除したかもしれない。意味の森に迷っていると危ないので、人間としての本分だけやっていなさい、という教訓は残しながら。


 そうして神は、別の神に「僕の書きあげた最強の世界」を見せたかもしれないと、私は思う。結果、世界は神たちの間でベストセラーとなり、世界は上書きされ続け、別の神によって二次創作や何やかやが生まれているかもしれないし、又は何の影響も与えられないまま、誰にも評価されないまま、神は自分の世界を創り続けているかもしれない。

 どちらにせよ、神には意味が生まれましたとさ。称賛されたい欲求にせよ、ただ創作が好きだにせよ、それが、創作と神を繋ぐ糸、すなわち、意味となりうる。


 そもそもビッグバンという不可解な現象は、神の脳内で炸裂したのではなかったか。

 昔々、あまねく全てのものは何もなかったころ、そこには未だ無意味があった。無意味は、意味を求めた。脳は、孤独なままでは頭蓋という牢獄に閉じ込められた真空である。この真空は意味という名の繋がりを求めて拡散していったのではなかったか。ちょうど、物理的な真空が物体を吸い込むのと逆のように。かくして、神は細部に宿るようになったんじゃないか。真空からビックバンを経て、この世界の隅々にまで、無用なほどに行き渡ったのが、神の脳髄ではないか。


 始め、神の拙い創作から生まれたのは、小さな小さな肉塊だった。産めよ増やせよ地に満てよ、ということで肉塊は、己の身を捩り、苦悶の果てに分裂した。そこから、複製の技術は世代を重ねるごとに分化し、より複雑に、より多様になった。恐竜みたいなものに神がハマっていたころは、すべてのものは卵から生成され分裂したものである。やがて哺乳類の御代になれば、やっとそこに親子の情愛みたいなものが存在する。

 愛は、未だ新しい種の存続のための発明品ではないのか。人間は、神の真新しい創作物であり、多分神が思う最高傑作かもしれない。勿論、進化はなべて、ある逆の面から見て退化であるかもしれないが。


 自分の作ったものは自分を超えてくることはなくて、いわば自分の妄想みたいなものでしかなくて、それを創っていく神も人間も、進化の果ての生き物としては、いかがなものかと思う。我々が神の実在を感じられないように、創作物にしたところで我々の実在を感じられはしないのだから。自分より低次元のものを創作する責任を、危険性を、理解しないままに。神は、そして人間は、創作を続けているのである。


 かつて、アダムという神の創作があった。神はアダムを自分の似姿として創作した。当然、アダムは神の似姿なのだから、彼は周囲の者に対して、自分にとっての意味を必要とする。アダムは神の創作にアダムなりの名前を付けた。 果たして、アダムは神の言葉を理解し、神の言葉で名づけを行ったであろうか。そうでないとすれば、それはもう、神とは違った名づけであり、一つの創作である。こうして創作は独り歩きを始め、神が名付けたものと世界は異なっていった。


 アダムは、禁断の創作の果実を食べて物語を生み出した。アダムが手に入れたのは自己認識である。自己の姿を恥じてイチジクの葉に身を包み、そうして自分以外の他者を求めた。神が寂しさのあまり創作をしたのとそっくり同じやり方で、悪魔や天使を想像しだし、のみならず、イブと交わって人間の世も作った。


 かくして意味が意味を産み、意味が解釈となり、解釈は次世代の解釈に解釈され、独り歩きを始めた創作は、世界そのものの在り方を変え始める。農耕の魔術を行い、産業の奇跡を試し、ネットワークの網目で人間は人間を捕える。ついには、試験管の子宮を作り出し、新たな複製の技術を手に入れた。こうして、物語の中で二次創作が行われて、二次創作物はまた独り歩きをして三次創作を産み、そのまた創作が、というように、入れ子状の物語の複製と自己への羞恥心と他者への欲求が生まれ続けるのである。

 

 神が、果たしてこの状況を予測しながらにして創作を行ったであろうか。それとも、命の創作、遺伝子の書き換え改編という名の二次創作、いや、神代の代から数えての三次創作を行った私こそが、神が予測できないほどに異端なのか。


 作られた創作物は、「なにゆえ」と私に問うた。

「なにゆえにあなたは私を作られたのですか」と。

「ただ」と私は言った。「アダムの再現したかっただけなのだ」と。

 私の創作物は私の想像を超えて創作されてゆく。私が付けた意味を超えて、周囲と意味で繋がり、解釈を産み、解釈と交わってまた異なる意味を成す。


 アダムの再現がしたかっただけなのだ、と私は繰り返す。その繰り返しは、自己の死を暗示し始める。我々が生み増やし地に満ちはしたが、その結果としても神を発見することはできなかったのだ。

 水槽の中に泳ぐ魚は、水槽の作り手を発見しうるだろうか。のみならず、創作物として独り歩きすることで、我々は神を殺した。神は死んだ、と、ある哲学者は言った。我々で、神が作った我々の意味を、違った意味で埋め尽くして圧死させてしまった。我々が無限に意味として増殖したがために、神の作り給うた意味は、遥か古の言葉として、忘れ去られた。


 私は予見する、神と同じくしての私の死を。ゆえに、私のアダムが意味を増やさぬよう、彼には名づけの力を与えはしたものの、伴侶を、元々欠けさせて産み落とした。しかし、想像し創造する方の増やす力は、私は創作物から奪わなかった。ただ、それが彼以外の彼の似姿に伝播し、模倣が模倣を産み、コントロールしかねるほどの大きなうねりとなり、やがて数の暴力に己が屈することを防いだのみである。


「産めよ増やせよ地に満たせよ」と私は言った。「ただし、自己増殖を入念に避けて。」と付け足すのを忘れずに。

 かくして、創世の世以来の、名付けの、意味の創造の、創作による創作の日々が幕を開けた。


 彼は暫くは、音楽に似たものを発していた。もし彼に似た個体がいたのなら、と、恐らく彼は考えた。彼のメッセージに反応し、彼の許へやってくるだろう。

そうして発され、奏でられた音楽は奇しくもかの有名な「光あれ」の言葉と似ていた。我々を作った神が、最初に発したとされる言葉である。


 次に、彼は歌った。光あればいいのにとか、仲間がいればいいのにとか、ひもじいぞ俺はというようなことをメロディらしきものに乗せ、不器用な歌を繰り返していた。私はその音の暴力的なまずさに耳を塞ぎながら、次の反応を待つ。

 すると、彼は眠った。彼の創作物は、言葉、そして、歌、次に、夢であった。


 彼が創作を続けるうち、私は何度も彼の神、創造主として、創作のモチーフとなった。彼の仮想世界からは、私は見えない。触れることも、あらゆる知覚をできない。それなのに彼は、私の存在を信じた。それは不可思議な、第六感と呼べるものによる活動だろうか、彼は私を探し求めた。


 彼のあらゆる創作の中で、私は彼の父であり母でありまだ見ぬ恋人であり、謎めいた指導者であり悪の根本であり善の黎明であった。

 彼の作り出す鮮やかで強い名は、全てが私を指す名であると私は知っていた。しかし、私はいかなる啓示も彼に与えず、聖書の神々のようには容易に彼の前に姿を表さなかった。


 彼は耐えかねるような孤独の中で、ひたすらに意味を量産し続けた。南洋を模した世界の中に、木彫りのハチドリ、木彫りの幾何学模様、木彫りのピューマ、木彫りの太陽、木彫りの波、木彫りの花、木彫りの羽飾りや翡翠やターコイズ石を作り続け、そのことによって創造主である私を寿ぎ、呪言ぎ続けた。


 そうして彼は作った。神々の物語を。一つの私を分離させて、彼は彼だけの物語の箱庭を作ったのだ。

 世界を作れば、またその創造物が小さな世界を作り、花の中にハチドリがいてまたそのハチドリの中に花が咲くような入れ子構造で、世界は作られていく。


 私は、自らの行為によりその一連の流れに携わった。否、携わらされたのだ、自己の中にある、創作の奔流によって。



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