第3話 消えた街、皿うどんの真実

駐在さんは目の前の空き地を見つめ、愕然と立ち尽くした。ほんの数分前まで、そこにはラーメン屋があったはずだ。いつも通っていた、何度もタンメンを頼んできたあの店が、忽然と消え去っている。周囲を見回しても、誰も不思議に思っている様子はない。商店街はいつも通りの賑わいを見せている。


「一体…どうなっているんだ?」


駐在さんは頭を抱えた。ついさっきまで、確かに自分はその店で皿うどんを見つめ、店主や店員と話をしていた。それがどうして、こんなふうに店ごと消えてしまったのか。まるで現実が夢のように感じられ、足元がふらつくような感覚に襲われた。


ふと、誰かが背後から声をかけた。


「駐在さん、どうかしましたか?」


振り返ると、そこには近所の老婆が心配そうに立っていた。「顔色が悪いですよ、何かあったんですか?」


駐在さんはしばし黙ったが、言葉が出ない。「ラーメン屋が…あったはずの場所が、ただの空き地になっているんだ」と説明したいが、そんなことを言っても信じてもらえないだろう。結局、駐在さんは無言で首を振り、何事もなかったかのように歩き出した。


しかし、彼の中で不安は増していくばかりだった。この街、いや自分の記憶全体が何かに歪められているのではないかという考えが頭をよぎる。タンメンは幻だったのか?それとも、皿うどんが現実を侵食しつつあるのか?


その夜、駐在さんは家に戻り、静かに食卓についた。冷蔵庫からビールを取り出し、冷たい飲み物で気を落ち着けようとしたが、頭の中は皿うどんと消えた店のことでいっぱいだった。手元に残ったメニュー表をじっと見つめると、そこにはやはり「皿うどん」の文字しかなかった。


そんな折、ドアのノック音が響いた。時間はすでに夜の9時を過ぎている。こんな時間に誰が来るのだろう?駐在さんは、ドアを開けると驚きの声を上げた。


そこには、例の無表情な店員が立っていたのだ。


「お待たせしました、タンメンです。」


冷たく無感情な声でそう告げながら、店員は再び皿うどんを差し出した。駐在さんは一瞬言葉を失ったが、ついに声を上げた。


「これはタンメンじゃない!皿うどんだ!」


店員は黙って駐在さんを見つめ、何も言わない。駐在さんは震える手で店員を掴み、「どうしてこんなことをするんだ!」と問い詰めた。すると、店員はゆっくりと口を開いた。


「この街では、もうタンメンは存在しません。」


その言葉を聞いた瞬間、駐在さんの頭に霧のような記憶が浮かんだ。ふと、街の人々を思い返す。そういえば、誰もタンメンを食べているところを見たことがない。駐在さん自身も、いつからか皿うどんしか食べていなかったことに気づく。まるでタンメンという料理自体が、この街から消え去っているかのように。


「タンメンが存在しない…?そんな馬鹿な…」


駐在さんは信じられないという表情で後ずさった。しかし、店員は無表情のまま、ポケットから何かを取り出し、駐在さんの目の前に差し出した。


それは一枚の写真だった。写真には、駐在さんが見知らぬ顔で皿うどんを食べている姿が映っていた。


「これは…俺か?」


駐在さんは驚きと戸惑いを隠せなかった。そこに映る自分の姿は、どこか違和感を覚える。まるで誰かが自分に成り代わったかのような、奇妙な感覚が駆け巡る。


「お客様は、もうすでにタンメンを忘れているのです。」


店員は静かにそう言い残し、皿うどんをテーブルに置いて再び去っていった。駐在さんは、立ち尽くしたまま皿うどんを見つめ続けた。


そしてその瞬間、彼は薄れかけていた記憶の中で、何かを確信した。


この街には、もうタンメンは二度と戻ってこない。


【完】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

タンメンが、皿うどん 白鷺(楓賢) @bosanezaki92

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画