第2話 消えたタンメン屋

駐在さんは、皿うどんの残りを残して急いで外に飛び出した。無表情の店員、繋がらない電話、そして届いた謎の皿うどん――どうしても納得がいかない。タンメンを食べたいという執念もあったが、それ以上にこの状況が妙で仕方がなかった。


歩き慣れた商店街を抜けて、駐在さんはそのラーメン屋に向かう。いつも繁盛している店だし、顔なじみの店員もいる。こんなトラブルは今まで一度もなかったはずだ。店の前に着くと、看板が見え、暖簾もかかっている。どうやら営業はしているようだ。


駐在さんはホッとしながら、ドアを開けた。しかし、店の中に入った瞬間、彼の顔に再び疑問が浮かんだ。


店内は異様に静かだった。普段はランチ時で賑わうはずなのに、客は一人もいない。カウンターの奥には、さっき出前を持ってきた店員が無表情で立っていた。まるで何事もなかったかのように、じっと駐在さんを見つめている。


「こんにちは。あの…さっき出前を頼んだんだけど、タンメンじゃなくて皿うどんが届いて…」駐在さんは、できるだけ冷静に事情を説明した。


しかし、店員は一瞬、微かに首を傾けただけで、「タンメンです」と短く返すだけだった。


「いや、皿うどんだって。タンメンを頼んだのに、なんで皿うどんが届くんだ?」


何度説明しても、店員は同じ答えを繰り返す。「タンメンです」。その言葉だけが店内に響く。駐在さんは困惑し、店の奥を見回した。カウンターの奥には大きな鍋があるが、湯気が上がっておらず、ラーメンの匂いもしない。代わりに、皿うどんの具材が並べられている。


駐在さんは目を見張った。普段この店で出しているメニューには、タンメンの他にもいろいろな種類のラーメンがあったはずだ。しかし、メニュー表を確認しても、そこに記載されているのは「皿うどん」だけだ。


「おかしい…タンメンがない?」駐在さんは頭を掻きながら、店員に再度問いただそうとした。しかしその時、店の奥から突然、重い足音が聞こえてきた。


「どうしましたか?」


現れたのは、店の主人らしき中年の男だった。駐在さんは再び状況を説明しようとしたが、店主も無表情でただ黙っている。やがて、店主は静かに言った。


「ここは皿うどん専門店です。タンメンはありません。」


その言葉に駐在さんは一瞬息を呑んだ。「いやいや、今まで何度もここでタンメンを頼んでたんですよ!そんなはずはない!」


しかし、店主は動じることなく続ける。「皿うどんしか提供しておりません。」


駐在さんはさらに混乱した。この店でずっとタンメンを食べてきたはずなのに、今目の前にいる店主は、その存在すら否定している。まるで駐在さんの記憶が間違っているかのように、店内には皿うどんしかない世界が広がっているのだ。


「おかしい、そんなはずは…」


駐在さんはもはや何が現実で何が幻想なのかわからなくなっていた。そして、店主と店員が無言で駐在さんをじっと見つめるその光景に、背筋に冷たいものが走った。


「やっぱり…何かがおかしい。この店…いや、この街全体が…」


駐在さんは店から逃げ出すように出て行った。外の世界に出た瞬間、どこか息苦しさが和らいだ気がしたが、商店街はいつもと変わらず平和な風景を見せている。だが、駐在さんの頭の中では、皿うどんとタンメンの謎がずっとこびりついて離れなかった。


「一体、何が本当なんだ…?」


彼は振り返り、再び店を見た。しかし、その瞬間、驚くべき光景が目の前に広がっていた。


そこには、もう店は存在していなかった。ただの空き地が広がっているだけだった。


【第3話に続く】

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