魔法と百合と約束のキス〜無色の魔法使い〜

ゼロ

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魔法。


それは、女性だけに与えられた特別な力。


ときに輝かしくも薄暗く、人類とともに、魔法は多くの歴史を刻んでできた。


そんな魔法は、近年、絶え間ぬ人類の研究により、人類が手に負えないレベルまで進化してしまった。


そして、人類の繁栄を手助けした代償に、魔物と呼ばれる生物を生み出してしまったのだ。


各国の政府は、それらを退治するために魔法学園をつくり、魔法使いとして魔法を扱えるように、女性たちを教育し始めた。


これが今から100年ほど前のお話。


そしてこれは、そんな世界の今を生きる、魔法が使えない主人公「アル」と、アルの先輩にあたる「クロ」、そして彼女らの周りの個性豊かな仲間たち、の魔法と百合が融合し始まる、少し前のお話である。







「我々は、我が祖国から直々に選定され、任務を与えられた者たちであることを自覚し……」


大きな体育館の壇上の上に立ち、一段下にいる新しい人類の希望たちを俯瞰しながら話す少女。


彼女は、今この場にいる生徒の中で、トップに君臨する者。いわゆる生徒会長である。


そして、パイプ椅子に腰掛け、


(生徒会長さん、私より背も体も小さくて、私よりも歳下にも見えるのに、すごい難しいこと言ってるなぁ……)


などと、少々失礼なことを考えている少女は、『佐々木アル』だ。


白に桃色が混じったような色の彼女の髪は、肩にやや届かないぐらいの長さ。体つきは、他の生徒よりは少しだけ、ふくよか(決して太っているわけではない)のように見える。


おそらく、他の生徒よりも少しだけ大きな胸が影響しているのだろう。


「そして最後に、改めてご入学おめでとうございます。我々生徒会一同は、今後のあなたたちの活躍に期待しています」


少しだけ微笑んで見せて、綺麗に話を締めた少女は、長い髪を重力の思うがままにさせて、丁寧にお辞儀をした。


パチパチパチという、拍手の音に紛れながら「続いては、副会長からの言葉です」という声が聞こえた。


(まだあるの〜?)


しかし、そのアルの考えは、いとも容易く弾き飛ばされることになる。


壇上に上がってきた、黒に青が混じったような髪色をしたロングヘアの少女の顔を見て、アルはハッとなる。


(あの副会長さんって……!)


アルの推測が確信に変わった頃、ロングヘアの少女はゆっくりと口を開ける。


「こんにちは。生徒副会長の『影野クロ』です」


忘れるはずがない。なにせこの少女は、アルが初めて一目惚れした人だからだ。


影野クロは、女子高生にしてはほんの少し低い声で、新一年生に語りかけてくる。


(相変わらずきれいな人だなぁ……)


別に今までのアルは、女性に恋心を抱くような少女ではなかった。


それこそ、男性に恋をしたことも、一度くらいあるにはある。


もともと女性は、恋愛対象の眼中にすらなかったアルの考えは、学校説明会での動画を視聴したことで、一変することになった。


施設紹介の中で雑木林を、颯爽に飛び回り、デコイをバッタバッタと魔法で倒す姿。そして整った顔と髪と、動画の最後に見せたわざとらしい愛想笑い。その他諸々を見たアルは、その動画の中盤時点では、もうクロに惚れしてしまっていた。


そして、実際に実物を始めてみたアルの心中はどうだろう。


心音の高まり具合と、変な暑さを感じ始めた様子を見ると、どうやら、クロの話なんかは頭の中に入ってきていないようだ。


ただ一つだけ。そんな中のアルでも、ただ一つだけ心に決めたことがある。


(これが終わったら、会いに行ってみよう……!)


アルは、変に行動力があるタイプだ。


「学力・技能測定試験次席、佐々木アルさん……佐々木さん?」


「は、はい!佐々木ですっ!」


頭の中で入学式が終わったあとの行動を、何度もデモンストレーションしていたアルは、自分の名前が拡声器で発せられていることにすら気付かなかった。


辺りから、「クスッ」や「ふふっ」等の、微笑が聞こえてきた。



「あ、あの!」


「んっ?どうした……ってすごい美少女……!ああ、あの次席の子!」


「そ、そうです!その……副会長さんって……どこにいるかわかりますか?」


とりあえず、美少女と言われたことについては触れないで、アルは自分の話を続ける。


「クロね。クロなら……あ、ほらあそこ!」


生徒会の印をつけた少女が指差した先には、そそくさと教室に戻ろうとしている、クロの姿があった。


「お〜い、クロ〜!」


手を振りながら、自分の名前を呼ぶ友だちに気付いたクロは振り向き、2人の方へ歩いてくる。


「どうしたのネオ……その子は?」


「クロのファンだって」


「えっ」


適当なことを言うこの少女は『桜木ネオ』。クルクルと縦向きに巻いてある、赤い髪がとても特徴的な少女で、クロと同じ生徒会の一員である。


「ま、まあそんな感じ……かな?」


「ビンゴ」


「……そう」


あまり興味がないのか、はたまた人に好かれることに慣れていないのか、クロの心中は定かではない。


ただ、そんなクロもお構いなしに、アルは少し重たい口を開ける。


「……が、学校説明会のVTRで、影野さんを見て……そ、その!私、影野さんに……一目惚れしたちゃったんですっ!!」


「……!!」


パッとクロの手をとったアルは、半ば強引にクロに握手をする。


するとクロの肌は、どんどんと赤くなっていき、冷淡無情だった顔は、今ではもう恋する乙女の顔になってしまった。


もし、これが少女漫画だったのなら、クロの後ろには可愛らしい百合の花が咲き誇っていることだろう。


「えっ、ちょっ!なっ!」


「なかなかやるね」


突然の告白に理解が追いついていないクロ。


まるで恋愛ドラマを観ているかのような眼差しのネオ。


そして、キラキラと目を輝かせながら、クロを見つめるアル。


と言う、なんとも言えない雰囲気がここだけに漂っていた。


アルの眼差しに耐えられなくなったクロは、そっぽを向いた次の瞬間、


「あ!副会長さん!先生が呼んでますよ!」


階段の方から声が聞こえた。


それに気づいたアルは、そっと握っていた手を離す。


「い、今行く……」


クロは、コクリとアルに小さく一礼し、そそくさとクロを呼んだ生徒の方へ向かって行った。


「行っちゃった……」


少し、しょんぼりとした表情を浮かべたアルの、顔を覗くように見つめたネオはアルに話しかける。


「キミ、クロのこと好きなの?」


「自分でも、あんまり良く分からないんですけど、そ、そうですね……好きです……。変、ですか……?」


「いやいや、そんなことないよ。この学校では、女の子が好きな女の子なんて、沢山いるよ。シュベスタ制度もあるしね」


ネオの言葉に、アルがハッとなる。


国立の魔法科学校には基本的に、シュベスタ制度というものがある。


いわゆる姉妹制度で、ここではドイツ語が由来になっている。


「そ、そうだ!クロさんって……っん!」


ネオは、声を上げたアルの唇を人差し指で、軽く止める。


「まあまあ、まちたまえ美少女クン。クロの親友である、この桜木ネオが、クロのことを何でも教えて信ぜよう」



ピッ。ガシャン。


自販機の下の方に手を伸ばし、サイダーを取り出すネオ。


「えっと……どこまで話したっけ?」


「クロさんが、有名な魔法家の一つの家系の人だ……ってところまでです」


「そうそう」


ネオは、そう言いながら、アルを近くにあった椅子に座るように促す。


アルは、そのネオの意図に気付くと、少し丁寧に椅子に座る。


「影野家はそれなりに有名な家系でね。その家系の魔法使いと言ったらまあ、色々あるわけ」


アルに対照的に、ネオは半ば飛び込むように椅子に座る。


「そんな感じで、幼少期は家族とか、屋敷の人としか話てなかったから、ちょーーっとばかし、人付き合いが下手なんだよね〜」


「え、でも、クロさんってエレベーター組ですよね?」


「お、よく知っているね」


ここ、湘南魔法科大学附属は、中高大一貫の国立学校である。


クロは、中等部からの進学組。アルとネオは、他中学からの編入組だ。


「なら……中等部でも、人付き合いはしていたんじゃ……それこそ、シュベスタの姉とか妹とかがいてもおかしくないし……」


「……まぁ、話すと長くなるんだけどね」


ネオの顔つきが変わる。


「……クロには妹さんが居たんだけど……」


「……居た……?」


「シュベスタの妹じゃないよ。実妹の方。……ほら、実妹がいたら、あんまりスールは作らないほうが良いって話あるでしょ?」


「……」


「クロはまだ諦めきれないんだって。妹さんのこと」


沈黙が走る。


ネオは、微笑んでいるような、悲しそうな、何だかよくわからない表情を浮かべる。


「……とまあ、暗い話はこのくらいで。そういえば、アルちゃんって今日から寮でしょ?何棟?」


何かを考えていたアルは、ネオの声でハッとなる。


「えっと、たしかM棟です」


「あ〜……もしかして、501号室だったり……?」






「はぁ……」


生徒会の仕事が一通り終わり、ようやく帰れそうなクロは、不意にため息をつく。


(……入学式のときの子、もう一回会ってあげたほうがいいのかしら……逃げるようにあの場を去ってしまったし……でも、あんなに可愛い子に、急に手を握られたら誰だってそうなるわよ……それにあんなこと言って……)


「クロちゃん、悩み事?」


クロは、声に反応して横を向くと、自分の肩に手が乗っていることに気が付く。


「会長……」


「リンでいいって、いつも言ってるでしょう?」


クロより10cmほど背が小さいように見えるこの少女は、生徒会長の『小町リン』。


地面についてしまいそうなぐらいに、伸ばした黄色い髪をなびかせながら、少女は柔らかい口調でクロに話しかける。


入学式のときとは、まるで別人だ。


「ま、まあ、そんなところです」


「クロちゃんに悩み事なんて珍しいわね」


「……ちょっと馬鹿にしてます?」


「う〜ん。どうだろう?」


クロはほんのちょっとだけほっぺをふくらませる。


「……それより、会ちょ……リンさん、1年生に生徒会に入ってくれそうな人は、いましたか?」


「……そうね。1人は確実に入ってくれそうよ」


「それは良かったです。ただ、今後も考えると、もう少し来て欲しいですよね」


「まあまあ、まだ一学期も始まってないもの、焦る必要もないわ。それに、クロちゃんにはアテはないの?」


またちょっとだけ、ムスとするクロ。


「私にあると思います?」


「ん〜、今回はありそう」


「?」と思ったクロだったが、考えてみたら、ないこともないような気がしてきた。


ただ、その「アテ」とはもう会うかすら、わからないけれど。とも、クロは思った。


「さ、もういい時間よ。私たちも帰りましょう」


リンは、椅子に置いてあった鞄をサッと取り、部屋を出るようにクロに促す。


クロもコクリと一つ頷く。


「ガチャ」


生徒会室の鍵を閉めたリンは、何かを思い出す。


「……そういえば、私たちの寮室にも新しい子が来るの。クロちゃんたちのところにも、今日来る予定でしょう?早く帰って少しでも、交流を深めたらいいわ」







寮に帰って来たクロは、別れ際にリンに言われた台詞を思い出す。


(新しい子……)


今のクロは、正直、アルのことしか考えていなかった。


だから、新しいルームメイトが増えたとしても、その子にアルについて聞いてみようと思っている。


「ガチャ」


疲れていたクロは、目線を落としながらドアを開ける。


そして、見慣れない靴を発見する。


数えてみると靴の数は8つ。つまり4人分。М棟の寮室は5人部屋。


なるほど自分のを入れると5人分になる。


長々とクロは考えた結果、もう新しい子が来ているという結論にようやくたどり着く。


「お、帰って来た?」


М棟501の室長、『鈴音マグネ』が壁からひよっこっと顔を出す。


「マグさん。新しい子、もう来てます?」


「私たちにとっては新しい子だけど、クロにとっては初めてではないみたい」


「?」


クロの頭にはハテナが浮かんだ。


「まあ見せたほうが早いね。出てきて」


マグネが連れてきた少女は、確かにクロも知っていた。


まさしく、クロがほぼ今日一日中考えていた、突然クロに告白した少女。


そう、アルだ。


「あ、あなたは……」


「えへへ。これも何かの縁ですね」


「いや〜ネオから話を聞いた時は、信じられなかったよ。ついにクロにもモテ期が来るとはねぇ……」


マグネの口調といい、言っている内容といい、まるで、久しぶりに会った孫に話しかけるおばあちゃんのようだ。


「そ、そういうのじゃ……」


クロは否定しようとしたが、キラキラと目を輝かせるアルを見て、口を閉じることにした。


「あ、自己紹介がまだでしたね。佐々木アルです!ふつつかものですが、これからよろしくお願いします!」


そのアルの気迫にやられたクロは、


「ええ……」


曖昧な肯定の言葉しか、出てこなかった。


少しだけ重たい空気の中、ガチャと部屋のドアが開く。


「お?コバルも起きた?」


「むにゃむにゃ……」


リビングの方に出てきた少女は、他の同居人よりも小さくて、年齢も少し下のように見える。


今の今まで寝ていたのか、髪はボサボサだが、ツインテールがあるようにも見える青髪の少女。


「春休みだからって、その昼夜逆転生活どうにかしたら?」


「だって、ネトゲのイベントが〜」


リビングの机で何かを食べていたネオが、この少女、『一迅コバル』に話しかける。


こうして、M棟501の同居人が一同全員集まった。


室長の『鈴音マグネ』


しっかりものの『陰野クロ』


ちょっと陽気な『桜木ネオ』


みんなの妹分『一迅コバル』


そして、今日新たに仲間入りした『佐々木アル』


いつも一部屋だけ空いていた501も、ついに、5人揃った瞬間だった。


「ほら、コバル。この子が新入りの、佐々木アル。多分、コバルのタイプでしょ?」


(タイプ?)


と、不思議そうにしていたが、その言葉の意味はすぐ知ることになった。


「ほ、ホントだ!すごいタイプですよ!可愛すぎます!!」


コバルは、アルの手を思いっ切り握る。


まるで、入学式後にアルがクロにしたように。


「え?え!?」


「あはは、コバルはアルみたいな女の子が大好きだからね」


アルは、なるほど私がクロさんのこと好きなようなものか、と思ったが、アルとは少し違うようだ。


「あ、あの、アルさん!」


「は、はい!」


マグネとクロとネオは、顔を見合わせ、「またか」という顔をする。


「アルさんのこと……おねえちゃんって呼んでもいいですか?」


コバルは、萌え袖にした手を自分のほっぺに当てて、少し上目遣いでアルを見る。


ちゃんと可愛い女の子ではないとできないポーズだ。


そのとても可愛らしいコバルの姿に、アルの心は少し緩いで、


「は、はい!よろしくお願いします!」


まるで告白を許諾するような言葉が、とっさに出てきた。


「はぁ……」


それを見ていたクロは、手のひらを顔に近づけ、ため息交じりの息を吐く。


「では、おねえちゃん。コバルと一緒にお風呂に行きましょ♡」


「え!お風呂!?」


「また騒がしくなりそうだね……」


マグネは、コバルに引きずられるアルを見ながら、そんなことを呟く。


マグネの言う通り、この少女たちの生活はこの日を境に、大きく変わってくることになる。


「ちょっとコバルちゃん!?どこ触ってるの!?」


お風呂場からはそんな叫び声にも近い声が聞こえてきた。







「魔法が使えない?」


M棟501号室では、アルの入学祝いパーティーが開催されていた。


特別大きくはないテーブルの、横に座る4人と、誕生日席というのか、1人だけ縦向きに座るアルが、マグネの手料理を食べながら話し始める。


「そうです。私、魔法が使えないのです」


「え、じゃあ技能試験はどうやって……」


最初に口を挟んだのはネオだった。


「話すと長くなるんですけど……」


アルは自分の鞄に手を入れ、黒い何かを取り出す。


「銃!?」


ネオはとても驚いたように声を上げるが、


「M&P……ですか?」


コバルは冷静に分析する。


コバルの言う通り、アルが持っている銃はM&Pだが、その中でもこれはM&P Shieldだ。


シールドの愛称でも呼ばれているこの自動拳銃は、アメリカのスミス&ウェッソン社が製造するポリマーフレーム銃。


M&Pは「Military and Police(軍と警察)」の略で、法執行機関向けに設計されているが、警察や自衛隊などと同じ括りにされることの多い魔法使いであるアルには、所持が許されているのだろう。


「そうです。これは護身用というか、いつも持ち歩いているものですが、他にも色々持ってます」


「でも何で銃なんですか?」


「……なるほど。それでEMPを溜めた弾を使うのね」


首をかしげてアルに疑問を投げかけるコバルを横目にクロは、何か思い当たる節があるかのように話す。


「まあ、編入組のネオと、まだ中等部のコバルには馴染みが薄いかもだけど、魔法……というか、EMPを使えない特に男の人は、結構このタイプの銃を使うんだよ」


でも、ココの子が持ってるのは私も始めて見たよ、と付け足して話すマグネ。


クロとマグネが言っているEMPとは、「Element Magic Powe」の略。RPGゲームなど出てくる、MPとも似ているが少し違うものだ。


そもそも、EMPは人類に限らず、すべての生物が生まれたときから保有していて、体内で絶えず作成している。


そして、魔法使いたちは、このEMPを体外に放出することで、魔法を使っているのだ。


ただ、男性や、その存在すらも認知していない動物には、EMPを体外に放出する機能が体に備わっていない。


これが、人間の女性しか魔法を使うことができない大きな理由だ。


「私、生まれつきEMPを出せないんです。体の中にはあるらしいんですけどね……」


「なるほど〜」


一同納得したような表情を浮かべたが、ネオだけがその表情を変えた。



「コンコンコンッ」


まるでリズムを奏でるように、ドアを叩く音がクロの小部屋に響く。


「入っていいわよ」


半ば反射的に反応するクロは、やっぱりと思いながら、ドアを開けて部屋に入ってくるネオの方を見る。


「夜遅くにゴメンね」


確かに、時計の針は、10時頃を指していたが、クロはさほど気にしてはないようだ。


「いつものことでしょ?それにネオなら、この時間は、私が本を読んでる時間だってわかってるだろうし」


「それもそっか」


「開き直られても困るわ」


「と、そんなことはどうでも良くて」


「どうでも良くてはないわよ」


「アルちゃんの話なんだけど……」


「アル」と聞いて、クロはドキッとする。


でも、ネオのことだから、「そういう話」ではないだろうと思うと、すぐに平常運転に切り替わった。


「これ見て」


ネオがクロに見せたタブレットには、「技能試験成績上位者提供動画」と書いてあった。


「ああ。あの子、次席だったわね。魔法が使えないはずなのにすごいわ」


「そう!そこなんだよクロ!」


急接近してきたネオに対してクロは、一瞬だけ頬を赤らめた。


「近すぎたか」と、ネオはちょっと離れる。


「クロの技能試験の順位は何だった?」


「確か3位だったはずよ」


「3位でも十分すごいけど、普通不利なはずな、魔法が使えないアルちゃんは次席。今となっては、同学年では並ぶものなし、と言われているあのクロ様よりも、高い順位なのだよ」


「クロ様って……でも、私が受けたのは中学入試よ?高校入試とはまた理由が違うのじゃない?」


「それもそうだけど……まあ、一回この動画を観てみくれれば、私の言ってることがわかるはず……」


ネオがタブレットの中心にある三角の形をしたボタンを押して、ようやく動画が始まる。


最初こそ淡々と動画を観ていたクロだったが、少しずつ顔色が変わってくる。


「……こ、これって……」


一括りに技能試験と言っても、試験には、色々な種目が用意されている。


今2人が観ているのは、模擬試験。


エリアの中にいる無数のデコイと戦うことになるのだが……


果たして、動画に映し出されたアルは、デコイと戦う、ではなく、まるで流れ作業のようにデコイを倒していた。


クロとネオが今日一日見てきたアルとは、まるで別人だ。


画面内のアルは、愛銃であるシールドことM&P Shieldと、自分の身体を振り回しながら、デコイを一体、また一体と、必要以上に銃弾を打ち込み倒していく。


そして、飛び上がった、と思った瞬間、デコイに降り注ぐ銃弾の雨。どこから出してきたのか、アルはサブマシンガンを持っている。そして未だにもう片方の手には愛銃を持っている。少女でもうまく使えるように、反動、リコイルが抑えられているのか……しかし威力を見る限り、銃自体は実銃なのか……


「ま、まあ?頼もしいよね」


「ええ、とても」


ネオは、目を輝かせるクロを見て、多分言いたかったこと伝わってないだろうな……と思った。






影野クロ。


魔法使いの名家、影野家に生まれた彼女は、同年代の普通の女の子とは全く異なった日々を過ごしてきた。


20XX年、迷信通りの大雨の中、6月6日に生まれたクロは、華奢な体つきで生まれてきた割に、異常なほどの魔力(EMP)を持って生まれてきた。


その魔法使い名家の何ふさわしい魔力にプラスし、子供ができにくかった両親からの初子だったこともあり、良いように言えば可愛がられて、悪く言えばスパルタのような、魔法の鍛錬の毎日を送ることになる。


その生活を中等部に入るまで続けていたのだが、まだ幼かったクロには2つの心の支えがあった。


1つ目は、本だ。小学校にもいかず、ほとんど屋敷の中で暮らしていたクロには、外の世界が輝いて見えて仕方がなかった。 


そんなとき、クロはいつも決まって本、特に小説を読んでいた。


両親が副業か何かで、民営の小さな図書館を経営していたことから、読める本は腐るほどあった。


そして、幼少期に読んで、今でも大好きな小説が、今のクロを作っていると言っても過言ではないが、それはまた別のお話だ。


2つ目は、妹の存在だ。


影野マリ、今はなきクロの妹の名前。クロとは対象的に明るく、いつも元気で、魔力も平均ほどだったマリは、クロよりも普通の女の子の暮らしを送っていた。


ただ、お互い屋敷にいることが多かった分、遊ぶときはいつも一緒。


その影響か、クロが中等部に入学すると、マリは一年遅れをとってから同じく中等部に入学した。


それがまず間違いだったと、クロは今でも思っている。


クロが中等部3年、マリが中等部2年のとき、東京で魔物の大群が突然現れ、大きな被害をもたらした。


人類の必死の抵抗虚しく、なかなか減らない魔物たち。


そこで政府は、まるで国家総動員のような緊急事態宣言を発令し、持っている戦力をすべて東京に送り込むこととなった。


その政府の身勝手な行動のせいで、なんと中等部の少女たちまで戦場に送り込まれることになってしまったのだ。


この一件が、クロが日本政府のことをあまり良く思わなくなった大きな一つの理由でもある。


同じ部隊に配属されたクロとマリの2人は、共に戦っていた。たとえ2人が高等部、いや大人にも比肩する、確かな実力を持っていたとしても、中等部の少女たちは、後方火力支援にまわることになっていた。


なので、死どころか、傷一つ中等部の人間にはつかない……


はずだった。


一番大きな魔物からの無差別攻撃。


夜空に無数の光の線。それはまるで地上に架かる虹のように。


しかし、その綺麗さに見とれている暇は、これっぽっちもなかった。


次の瞬間には着弾。


それもあらぬことか、クロの真横に。クロと、同部隊一同は一瞬宙に浮く感覚を感じる。


果たして、巻き上がった砂埃をかき分けて進んだ先にあったものは。


……もう何もなかった。


いや、違う。正しくは、2つのモノがまだかろうじて残っていた。


一つは、マリが愛用し、いつも身につけていた、パワーストーンの埋め込まれた指輪。


もう一つは、すでに消えかけて、固体と気体の間にいるような状態のマリの姿。


「ごめんお姉ちゃん……またね」


まさしく、この世の終わりのような顔で自分を見つめるクロに、マリはほほえみながら、そう最期の言葉を告げ、すうっと粒子になり消えていってしまった。


通常、服も骨も残らないで死ぬことなんて、いくら高度な魔法だとしても、ありえない。


だから、部隊のメンバーたちは「まだ生きてるはずだ」とクロを慰めたが、もう遅い。


クロは仲間たちを背に、大粒の涙をアスファルトの上に落とす。


現在のクロだったら、怒りと悲しみのあまり、文字通り魔物に向かって飛んでいくだろうか。


否、その時のクロは、まだ14歳だった。


その場で泣き崩れ、戦線で終戦を迎えたあともなかなか立ち上がれなかった。


三日三晩、それ以上か寝込んでいたクロは一つのことを心に誓う。


その誓いは、おそらく不可能だろうと、クロもわかっていた。


その誓いを、他人に言ったらもしかしたら苦笑されるかもしれないとも、クロは思った。


でも、それらを差し置いても、叶えなくてはならない事ができたのだ。


それこそが、「魔法を極めて、あの子を取り戻そう」……という、クロの切実な誓いだった。







枕が濡れている。


そう思ったクロは、ゆっくりと起き上がり、目元に人差し指を当ててみる。


案の定水滴がついていた。


「……はぁ」


もう一回ベッドに横たわったクロは、天井に左手を掲げる。


掲げた左手の薬指には、指輪が付いている。


「結婚?」と冗談交じりのことを言われることも、クロには何度かあるが、指輪についているアメジストを見て、違うのかとみんな不満そうな顔を浮かべる。


クロは、アメジストの効能なんて知らない。というか、パワーストーン自体あまり信じていない。


でも、この指輪を見ていると、ちょっとだけ心が安らぐような気がする。と、クロはいつも思っている。


「……起きよ」


誰に言うでもなくただ呟いてみたクロは、ベットから起き上がり、ドアを開け、リビングに向かう。



「あ、クロさん!おはようございます!」


クロにとって聞き慣れない声。のはずなに、なんだか懐かしい気持ちになる。


そしてクロの目には、朝食を一足先に食べているアルと、マリの幻影が重なる。


また、泣きそうになるクロは、涙が目から落ちる前に、軽く自分の手で擦る。


「眠いんですか?」


「そうかも……」


言葉を濁したクロは、そっぽを向く。


「お、クロ起きた?クロにしては遅いお目覚めだね」


いつも通りの機嫌で、マグネもキッチンから顔を出す。


クロは特に何も言わずに、椅子に座る。


「今日はアルと朝食を作ったんだ。今支度するよ」


コクリと一つだけクロは頷く。


マグネは、ちょっと考えてから、なぜかキッチンに向かわないでクロの方に向かう。


そして、クロの向こう越しに座るアルには、ギリギリ聞こえないかというぐらいの小声で、


「アルの愛情たっぷりの手料理が、早速初日から食べれてよかったね」


と。


「だからそういうのじゃ……!」


「はいはい。お2人で楽しんで〜」


なぜか顔を赤らめるクロを見て、アルはハテナとなる。


「……そうだ、クロさん!」


「……なに?」


入学式のときみたいに、急に迫ってくるアルの気迫に、またやられそうになったが、なんとかクロは持ちこたえた。


「私たちって……新1年って、本格的に学校生活が始めるのは、まだ先じゃないですか」


アルの言う通り、一学期が正式に始まるまでは、あと2週間ほどある。


「まあ、そうね」


そっけない返事に聞こえるが、クロにも色々葛藤があるようにも見える。


クロの返事の隙に、アルはまだ熱そうなトーストを頬張る。


しかし、ただの焼いただけのトーストではない。トーストの上には様々な食材が乗っけてある。


一番下にはチーズ(ゴーダチーズだろうか)、その上にはハムに、トマトに……トマトではない赤いのは赤玉ねぎだろう。そして最上部には目玉焼きが堂々と乗っていてる。


パラパラっとかけてある塩コショウが、これまた食欲をそそる一品だ。


……多少の食べづらさは否めないように見え、アルも「おっとっと」と言いながら食べているが、その後に見せる笑顔から、食べづらさの点は妥協ということにしよう、とクロは思った。


そして、アルの満面の笑みを見て、クロはもう一つのことを思った。


(……可愛い……)


クロは、コップに反射する自分の口が緩んでいることに気づき、慌てて軽く口を自分の手で抑える。


「おまたせ〜……ってどういう状況?」


マグネは、そう言いながら、クロの前に豪華なヨーロッパ風の朝食を配膳する。


前記したトーストと、オニオンスープ。そしてサラダにヨーグルトと、とても女子中高生だけの寮室の朝ご飯とは思えない代物だ。


「……っと、話の続きでしたね。それで私、学校が始まる前に、下見?みたいなことをしたいんです」


「……それで私に案内してほしい……ってとこかしら」


「そうです!憧れの校舎を、憧れのクロさんに案内してもらいたいんです!ど、どうでしょう……?」


「……ええ、いいわよ」


今度のクロは、緩んだ口元を手で隠さないで、アルにも見せた。


「やった」


なんだか今度は、アルの目を見れなくなってしまったクロは、キッチンの方に目を向ける。


そこには、「ファイト!」と言わんばかりに、親指を立てるマグネの姿があった。


だから、クロはやっぱりアルの方を向くことにした。


「……そんなクロさんに、一つお願いがあります」


どんなクロさんだ、とクロは思ったが、とりあえず内容だけは聞いてみることにした。


「その……えっと……」


急にアルの声が小さくなってきて、心なしかもじもじしだしている。


「……私に……『あ〜ん』してください……!」


「……え?」


2人は、ほんの一瞬だけ時が止まるような感覚になった。


「だっ、だから……!」


「わ、わかったから!」


これ以上騒ぐと、またマグネにからかわれるような気がしたクロは、この場を抜けるために……


……とういうのは半分建前で、残りの半分の理由というのは、クロにも十二分に興味があったというものだ。


「そ……その……何を……あなたにあげればいいの……?」


「なんでもいいですよ……」


2人の今の光景は、右も左もわからない、まるで新米カップルのようだ。


「その代わり……それ、使ってほしいです……」


アルが指さした先には、クロの使っていたフォークがあった。


アルの言葉の意味することは、2人ともちゃんとわかっていた。


間接キスだ。


一瞬悩んだクロだったが、すぐに無言で頷く。


クロは、フォークにミニトマトを刺して、そのフォークをアルの方に向ける。


ゆっくりとアルに近づけていくクロと、ゆっくり口を開けていくアル。


今度は時間の流れが遅くなったようだ。


「……ぱくっ」


今日のミニトマトが特別美味しいわけではないはずなのだが、アルはとても幸せそうな顔をクロに見せる。


クロもクロで、アルの笑顔に見とれていた。


まさしく、2人にとって幸せな時間が流れていた


が、次の瞬間、


「あーーっ!!?」


早朝にはとても似合わない大声を耳にし、2人はビクッとなる。そして、声のする方へゆっくりと顔を向ける。


そこには、珍しく早めに起きることができたらしい、コバルの姿があった。


「クロさんズルいです〜〜!」


「私もおねえちゃんに『あ〜ん』したいし、してもらいたいです〜!」と続けるコバルは、アルに思いっきり抱きつく。


「こ、コバルちゃんにも、さしてあげるし、してあげるから……」


アルがコバルをなだめる中、今度は別の部屋のドアが開く。


「あ、朝っぱらからなんだ!?」


コバルの悲鳴に近い声に、ネオは叩き起こされていたようだ。


この状況を作った一人であるはずのクロは、まるで他人事のように振る舞い、コーヒーを啜る。


そんなクロにマグネは、一つだけ質問してみる。


「えーっと、502と503と504に謝りに行ってくるんだけど……クロついてくる?」


「遠慮しておく」


「だよね〜」


今日は春らしい、心地よい陽気になるそうだ。







アルが入学してから約一週間後。


あの日から、アルとクロの関係は特に大きくは変わっていない。


だが、今日少し距離が近づくだろうと、アルもクロも思っている。


なぜなら今日は、この前2人が話していた、校舎案内の日であるとともに、初めてほとんんど1日中、2人っきりで過ごすことになる日だからだ。


「〜♪」


「……」


上機嫌のアルと、緊張してるような、戸惑っているようなクロの2人は、電車にゆらゆらと揺れる。


アルが新たに通うこととなる。『国立湘南魔法科大学付属』は、言わば学園都市というものを持っている。2人の今乗る電車の終点の街が、丸々一つの学園都市になっているのだ。


そして2人の住む、学生寮M棟は、その学園都市の2つ隣の駅の街にある。


歩くにしては少し遠く、電車(地下鉄)を乗るにしても2駅と、なんとも言えない立地にあるが、賃金が安いので文句は言えない。


『次は終点〜……』


アナウンスが比較的空いていて、静かな車内に響く。


「クロさん、もう着きますよ♪」


アルは、スッと立ち上がり、クロに手を差し伸べる。


しかし、クロはどうすれば良いのかわからなくなって、固まってしまう。


「?」と首を傾げるアルと、自分も手を伸ばそうか悩むクロ。


いくら人が少ない車内と言っても視線はある。


そう思うと、2人は無性に恥ずかしくなってきた。


そんなことをしてる間に電車は駅に着く。


「あ〜、もう着いちゃったじゃないですか〜」


「だ、だって……」


「ほら行きますよ、クロさんっ」


「あっ、ちょっ」


アルは、サッとまだ座っていたクロの手を取り、電車の出入り口に向かい、そのままの勢いで駅から出て行く。


(そういえば……初対面で告白してくるような子だったわね)


「ふふっ」


クロの口は途端に緩み、笑みがこぼれる。そして、クロは思う。


こういうのもいいかも、と。


一方的にアルがクロの手を握っていたのだが、いつの間にか、アルの手もしっかりと握られていた。


そんな状況で、ただクロの手を握りたかっただけだったアルは、なかなか本心を言い出せず、無言のままクロを引き連れ、駅の構内から出る。


「うわぁ……」


すると、今度はいきなり立ち止まったアルの方から、笑みがこぼれる。


「私はもう見慣れたけど、新入生にとってはやっぱり新鮮なのね」


湘南魔法科学園都市の全貌はこうだ。


駅を出てまっすぐ進むと大きなメインの大学があり、北の端には高等部があり、南の端には中等部がある。


それ以外にも、練習場や大きな運動場。学生寮の数もとても多く、ショッピングモールや、スーパー、コンビニすらもある。


さらに、街の端の方には河川が流れていて、公園も自然豊かと来た。


もちろん「魔法科学園都市」と言うのにもふさわしい現代魔法活用都市になっていて、車は宙を飛び、ビルの看板の広告すらも魔法を多用している。


このように、一生この学園都市から出なくても、生きていけるようなものになっている。


「やっぱりすごいですよ!私が田舎出身だということも、あるんだと思いますが……」


そうかもしれないわ、とクロが軽くあしらうと、アルは「も〜」と、クロの向かって声を上げる。


「じゃあ、どこから行きましょうか」


「そうですね……」


アルは軽く悩んでから、


「高等部の生徒会を見に行きたいです!」



「でもどうして生徒会に?」


2人は、高等部の校舎の中に入り、生徒会室に向かう。


「ネオさんの話を聞いたら気になったんです」


「……それだけ?」


アルは立ち止まって、もじもじしだす。


「そ、その……だから……」


クロも立ち止まって、アルの方を向く。


「……クロさんが……いるから……です……」


クロはいつも考えていた。


小説などによく出てくる「胸がキュンキュンする」のような表現は、どうしたら「人」に感じることができるのだろうか、と。


でも今になって、クロは小説の表現がとても適切だったと思った。


「アルさんらしいわね」


ふふっ、とまたクロは笑う。


その笑いは、照れ隠しのためでもあった。


「クロさんズルいです〜!」


アルは自分が放った言葉に、終始悶々する。


2人がイチャイチャしている間に、いつの間にか生徒会室に着いていた。


トントントンッ


「失礼します」


クロは、ドアを軽くノックしてから開ける。


「あら、クロちゃん……と、その子は……」


生徒会室には、会長である小町リンだけが椅子に座っていた。


「あ、私は……」


アルが自己紹介をしようとした瞬間、


シュッ


今さっきまで椅子に座っていたはずのリンは、いつの間にかアルの目の前まで来ていた。


「佐々木アルちゃん……よね?」


「す……」


アルは、リンの質問には答えず、


「す、すごいです!」


「うふふ」


目を輝かせていながら、リンを見るアル。


リンはアルよりも背は小さいので、少し上目遣いでアルを見る。


「《ソニック・スピード》……中上位一般魔法で、会長の得意魔法のひとつですね」


「ほら、私ってちっちゃいじゃない?だから、移動系魔法がよく体に合うのよー」


「にしても移動速度が速すぎます……」


クロとリンの、2人の会話にポカンとするアル。


「クロさんちょっと良いですか?」


「?」


アルは、クロを180度旋回させて、コソコソ話をするような姿勢になる。


「この人って、ホントに入学式のときの会長さんっですか……?」


「そうよ?」


「でもなんか雰囲気が全然違いますよ?」


「オンオフがあるほうなの。会長は」


「2人とも」


突然リンに声をかけられたアルとクロは、ビクッとする。


「私の名前は『会長』じゃなくてよ?」


「「す、すみません」」


どうやらリンは2人の会話をしっかり聞いていたようだ。


「じゃ、じゃあ」


と、アルが一歩前へ出る。


「会長さんのことなんて呼べば良いんですか?」


「う〜ん」


リンは少し考えたあと、


「なんでも良いわよ」


急な無茶振りに頭を悩ませるアル。


「え〜と、じゃ、じゃあ!……『リンちゃん』で良いですか……?」


「えっ?」


声を上げたのはクロの方だった。


「ふふっ」


「良いんですかリンさん」


クロはリンの方を見る。


「良いわよ。『リンちゃん』……可愛らしいじゃない」


リンは2人に向かって穏やかに微笑む。


「じゃあ、今日からよろしくね。アルちゃん」


「えっ!?」


今度はアルから声が上がる。


「だって今日は、生徒会に入るためにここに来たのでしょう?」


アルはとても驚いているようだが、クロはそこまでのようだ。


なぜなら、クロにはわかっていたからだ。


リンはときどき、高等部のこと、高等部の学生のことを、まるですべて知っているかのような振る舞いをする時があることを。


クロも少し気味悪く思うが、高等部一の魔法使いで、大学生でも過半数は手も足も出ないと言われている小町リンには、何かがあるのだろうと言うことにしている。


「……はい!よろしくお願いします!」


アルはまあいいかと思い、リンの言葉を承諾する。


「ほらね?私の言った通り、クロちゃんにもアテがあったじゃない」


「ま、まあ結果的に」


「?」


「それはさておき。早速2人にしてもらいたいことがあるのだけど……」



2人は、あまり浮かない様子で帰路につく。


リンからの頼みはこうだ。


高等部校舎の敷地内にはあるものの、本校舎からは少し離れた位置に、昔々に建てられた旧校舎と言うものがある。


その頃は、魔法学校というものがあまり受け付けれれていない時期だったので、入学者数も少なく、結果的に校舎自体はすごく小さい。


しかし、ある時期を堺に級に入学者が増えていって、急遽、高校にしてはとても大きな本館を建てたのだ。


ただ、そんな歴史ある旧校舎は、今となっては全く使われていない。


そこでリンは、生徒会が使ってしまおうと考えたところで、ちょうどクロとアルの2人が来たということだ。


リンの意見を聞いて、それなりの時間を有し、考えた2人は、


「明日なら……まあ……」


と、クロがいやいや承諾したことで和解?となった。


「早速、大仕事任されちゃいましたね」


「そうね」


高等部だけでなく、学園都市全体を一通り周った2人は、駅のホームで電車を待つ。


「でもでも、リンちゃんって近くで見ると、お人形さんみたいで、すっごく可愛いんですね♪」


クロは、胸の痛みを覚えた。


ネオとアルが話しているときもそうだった、と思い出すクロ。(ちなみにコバルには感じなかった)


(やっぱり私って……アルさんのこと……)


分が悪くなったクロは、制服のポケットに両手を突っ込む。


「……?」


クロは、どちらかと言うと、ポケットには、ものを入れないタイプだ。


しかし、今のクロの制服のポケットには、何かが入っていた。


(紙切れ……?)


全く身に覚えのないクロは、何かと思いながら、折りたたまれていたそれを開く。


そこにには、「クロちゃんの彼女、なかなか可愛じゃない」と、リンの字で書いてあった。


スマホとかのある時代に、あの人は粋なことをするな、とちょっとだけ感心したクロは、線路に向かって投げ捨ててやろうかと思ったが、ポイ捨ては良くないと思い、そっとポケットの中に紙切れを戻した。






「コンコンッ」


今日はいつもよりも不格好なドアを叩く音が、クロの小部屋に響く。


「入っていいわよ」


半ば反射的に反応するクロは、予想外の人物と目を合わせる、


「夜分遅くにすみません」


「別に構わないわ。いつものことだし」


「?」


「ともかく、要件はなに?」


「えっと、ちょっと、クロさんとお話したいな〜……なんて」


「お話なら今日散々したはずよ。……何か外では言えない話……?」


「まあ、そんなかんじです……」


アルは、次の一言を躊躇う。


「……クロさんと……シュベスタ姉妹になりたくて……」


クロは一瞬黙る。


「……言ってなかったかしら……私に姉妹を作る予定はないわ……」


「ネオさんから聞きました……その……いもうと実妹さんのことも……」


「……ネオは口が軽いから困るわ……で、その話を聞いてなお、私と姉妹になりたいの……?」


「……はい」


クロは悩んだ。適切な言葉を見つけるために。


絞り出した結果、


「……正直な話……無理ね……」


「……え?」


アルも、無理なことぐらい知っていた。


でも、ここまで冷淡無情に言われるとは思ってなかった。


「……今は」


「??」


余計にアルはわからなくなった。


クロは、アルにちゃんと伝わってないことに気づき、更に訂正する。



「こ、言葉足らずだったかしら……その……私は、姉妹になるのは、今は無理って言いたかったの……」


今だけは顔を赤くしながらも、まっすぐアルの目を見るクロは、ぎゅっとアルの手を握る。


あの日のアルとまではいかないが、クロにしてはしっかりと握ったほうだ。


するとアルの肌も、クロの赤みがかった肌の色が伝染したかのように、全体的に赤っぽくなる。


「だって……私、あなたのことを知らなすぎるもの……」


「……!」


その言葉にアルはハッとさせられる。


「そうです。そうですよね……!」


「お互いを知るためにも、今夜はもう少し話す……?」


「はい!」



それから、2人は飽きずに一時間ほど談笑した。


好きなことや、思い出話など、とても他愛のない話が大半を占めた。


「……そろそろ寝ましょうか……」


アルがあくびをしているのに、気付いたクロは、そんなことを呟く。


「……は、い……」


アルの返事は、まったくもって覇気はなく、今にも眠ってしまいそうな声をしている。


「これだけ戻してくるから」


と言って、コップを洗い場に置いてきたクロの目には、自分のベッドで、スヤスヤと眠るアルの姿があった。


(寝顔も可愛い……)


そんなことを考えていたクロは、あるアルの話を思い出す。



「私、EMP体外に出すことはできないんですけど、激しい戦闘とかをすると、体が魔法を使ってると勘違いして、せっかく体内で作ったEMPを、無意味に消滅させちゃうんですよ」


ふ〜んと、クロはその話を聞いたときに思いながら、コップの中にある飲み物に口をつける。


「でもでも、EMPをたくさん作る訓練はしてないので、結構すぐにEMPをほとんど消滅させちゃうんです」


「なんだか、力を制限させられている主人公みたいね」


「そんなカッコイイものじゃないですよ〜。だって、EMPがしっかり体内にないと、まともに歩けなくなったり、しちゃうじゃないですか」


アルの言う通り、女性はEMPを文字通り力の源として体を、動かしているのだが、逆に言えば、EMPを蓄えないと運動能力が著しく低下することになる。


ただ、詳しいことは、現代ではまだまだ解明されていない。


「え?……じゃあ、EMPが全くなくなったらどうするの?」


「熟睡したり、薬を飲んだりすれば治りますが、即時性は薄いです」


「すぐに立ち直したいときは?」


「……クロさん、中等部で習いませんでした?『口腔移動式魔力蘇生法』あれを使えば一発です♪」


クロは記憶をたどり思い返す。


そして、アルの言うその方法の特徴を思い出した。


『口腔移動式魔力蘇生法』……読んで字の如く、人工呼吸のようなものだ。


「だから……私がもし倒れたら、クロさんが試してみてくださいね」


「……つまり、それって……キス……ってこと……?」


「クロさんって意外とピュアなんですね♪……ここで練習しても、私は構いませんよ」


「……あんまり私の心を弄ばないで……」


「えへへ。でも、私が倒れたらキスをする。これは私とクロさんの約束ですよ!」


「わ、わかったわ……」



(キス……)


クロにも気になるものだ。


でも、流石に寝ているアルにするのはどうだろう。倫理的に。とクロは思う。


クロの中の天使と悪魔が戦った末……


「……ちゅ」


アルのおでこに一瞬だけキスをすることで、天使と悪魔は和解した。


「にしても……どうしようかしら……」


クロが寝る分の陣地を、占領して健やかに寝るアルを見ながら、クロは考える。


アルを起こしてアルの部屋で寝かせるのも、自分がアルの部屋で寝るのも、どちらも癪だったクロは、寮室のベッドは、決して小さくはないので、自分もアルの横で寝ることにした。


「……おやすみなさい。アルさん」


クロはアルの髪を、そっと撫でてから、だんだんと眠りについていった。


ちなみにクロは、魔法で宙に浮かして、アルを寝たまま連れて行くという方法を、次の日に思いついた。






「全然、終わらない〜!」


アルがクロに愚痴をこぼす……いや、吐き捨てる。


「まあ……そうね」


2人は、リンに頼まれた旧校舎の掃除をしている。昨日から。


「だって、リンちゃんは、こんなに時間がかかるなんて言ってませんでしたよ!」


旧校舎は小さい……とは言ったものの、普通に田舎の小学校レベルの大きさはある。


まあまあ大きい建物の大掃除なんて、少女2人が一生懸命働いても、一日二日では終わるはずもない。


「……あの人はああ見えて、私たちに雑用を押し付けてくるタイプなのよ」


もしかしたら、本人に聞かれているかもしれないと思い、クロもこれ以上は言わないようにすることとした。


「うう〜これじゃ明日も一日中掃除ですよ〜」


旧校舎の中は、彼女らの予想以上に散らばっていた。


机や椅子は散乱し、ゴミもそこら中に落ちている。


おそらくもともとは、不良などがたむろっていた場所なのだろうと、クロは考察した。


しかし、その考察は外れていた。


「……そろそろ帰りましょ。文字通り日が暮れるわ」


「そうですね。明日はネオさんでも連れてきましょう」


「そうね……ん?」


クロは昇降口から校舎を出ようと、大きなドアを開けようとした。


が、クロが力を入れて引いても、びくともしなかった。


「……どうしたんですか?クロさん」


クロは少し考えてから、


「……アルさん、裏口ってどこにあったかわかる?」


「??……う、裏口ならあっちにありますけど……?」


この頃から、


アルも状況を薄々理解し始めた。


「それと……アルさん、今、銃は持ってる?」


「護身用のシールド拳銃なら……」


2人は裏口まで歩いていく。


「……やっぱり」


クロは、ガチャガチャとドアノブを回そうとしながら、そう低く呟く。


「……出入り口なら、まだいくつか……」


「いえ……試す必要はないわ……」


クロは静かに腕を上げ、人差し指ドアに向け、指先に光を貯める。


「……っ」


クロの腕が、反動で動いた瞬間、「ボンッ!」という音とともに、2人は一瞬の光と一瞬の熱を感じた。


爆発系魔法だろうか。クロはドアに向かってそれを撃ち込んだのだ。


「え?え?」


と、驚きを隠せないアルとは対象的に、表面上だけは落ち着いているクロは、煙の先を見て、


「……まあそうよね」


と、呟く。


本来破壊されるはずのドアは、傷一つ増えていない、無傷だ。


「ど、どういうことですか……?」


「結界……それも、なかなか強度のものね……」


クロが魔法を撃ち込んだ部分には、六角形の青いバリアのようなものが浮かび上がってくる。


「じゃあ……魔物……ですか……?」


初めての状況に心底戸惑うアルを横目に、クロは考える。


「いや……魔物には、結界を張るほどの知性はないはずだわ……それに、学園都市内には魔物は入ってこれないはず……」


「ということは……」


「……人間……魔法使いかも……」


「な、なんで魔法使いが!?」


「私にもわからないわ。……でも、一つ言えることは……」


ゴゴゴゴッ……


地響きのような音が聞こえてきた次の瞬間、2人の立つ場所の天井が一気に崩れる。


「っ!」


「クロさんっ!」


そして、二階からは5体ほどの魔物が降ってきて、2人に襲いかかる。


「……《リフレクション》」


魔物たちは、炎系の魔法を撃ってきたが、クロにはあまり脅威ではないようで、魔物たちの魔法を、すべて反射し、撃ち返す。


それに当たった魔物たちは、声も出さないで、すうっと消えていく。


「私はどうすれば……!」


見てるだけじゃダメだと思ったアルは、クロにそう聞いてみる。


「アルさんは何もしなくていいわ。私が全部……」


クロは一瞬だけ、アルの方を見てしまった。


魔法を使う者同士の戦いでは、その一瞬が命取りとなる。


「クロさんっ!!」


「うぐっ……!」


クロに銀色の液体が纏わりつく。


クロの使うタイプの特殊魔法系統は、特殊攻撃にとても強い。特殊魔法は、基本的に《リフレクション》で反射できるからだ。


しかし、反射することのできない物理攻撃には、弱く出ることが多い。


今回は後者の魔法がきてしまったので、クロは対抗することができなかった。


(この色……この感じ……)


クロは、自分に纏わりついた液体を見て、あることを思い出す。


幼少期に、誤って古い作りの体温計を落とし、壊してしまったときのこと。


そしてクロは気づいてしまった。


今自分にかかっている液体は、その体温計から出てきた液体に、とても酷似しているということを……


「……!アルさん!なるべく空気を吸わないで!」


「!!」


「おそらくこれは水銀……人体にとっては‥‥」


「猛毒……!」


アルも、気づきたくもなかったことに気づいてしまう。


「く、クロさん……」


アルは涙目になりながら、クロを見る。


「大丈夫……私もこのぐらいの毒に対抗するぐらいの治癒魔法は使えるわ……でも、問題はそこじゃない……」


クロは知っていた。


この手の魔法の使い手は、こんなものでは終わらないことを。


「んっぐ……そう来るのね……っ」


急に水銀が固体になり、クロの動きを一部止める。


通常、水銀の融点はマイナス38℃で、固体に状態変化することなんて、日常生活ではそうそうない。


でも、これは魔法で作り出した、普通じゃない水銀なのだ。普通の考えではダメなのだろう。


クロは考えた。ひたすら考えた。


打開策を。


「……クロさん……私、倒してきます……親玉を……!」


「そんなのダメ……!」


アルに行かせることも、クロも確かに考えてはいた。


でも……


「……それしか方法はないです……行かしてください」


廊下の奥の方からは、また魔物が近づいてきている。


アルはクロの返答を待たずに、腰から[[rb:シールド > 愛銃]]を抜き取り、[[rb:安全バー > セーフティー]]を解除する。


「……私は……もう……誰も失いたくないの……」


半分くらい涙声のクロは、アルにようやく本心を告げる。


「大丈夫です。私、結構強いですから」


アルは、ニカッとクロに笑ってみせた。


アルは銃をしっかりと握り、冷たい金属の感触を手に伝えながら、一度引き金に指をかける。


呼吸がゆっくりと深くなり、心臓の鼓動が一瞬静まるのを、アルはきめ細かに感じた。


それから、アルはプレスチェックを行ったあと、軽く銃を叩いてから、勢いよく魔物たちに向かって走っていった。






何分ぐらい経っただろうか。


校舎の中では、ひたすらに銃声が鳴り響いていた。


(アルさん……)


クロも頑張って自分に治癒魔法を与え続けているが、そろそろ体力、気力、魔力の限界が近づいていた。


ただ、相手の魔法も少しずつ弱くなってきているので、そこに関しては、不幸中の幸いだ。


また、流石にリンもこの事態に気づいているだろうと踏んでいるクロは、自分の身に関しては、それほど気にしていなかった。


……それにしても妙だ。とクロは思う。


なぜなら、アレほどいた魔物は、クロに対してはあのとき以降襲ってこないのだ。


まるで、アルがターゲットのような魔物たちの振る舞いに、クロはまた不安になる。



その頃アルは、とにかく魔物たちに銃弾を浴びせるのに必死だった。


アルは、弾の数をしっかり気にしていたが……アルの手元にあるのは、あと1マガジンだけ。


果たして、この残り7発で、この場をしのげるのだろうか。


しかしながら、こちらにも不幸中の幸いが訪れた。


今まで見たことのなかった、新しい階段を見つけたのだ。


「……屋上」


ベタな展開だなと思い、アルは苦笑する。


でも、ここで暇をしている場合ではないと、クロのことを考え、アルは勢いよく屋上への扉を開けた。


空には満月が登っていて、夜なのに、月明かりによって明るくなっている。


風は、涼しいを超えて寒いほどだ。校舎の外では桜が散っていて、夜桜もいいなとアルは思った。


「案外早かったのね」


アルが声のする方に目を向けると、そこには、貯水タンクの上に横たわる少女の姿があった。


「……何が目的?」


少女は、黒い髪と黒い服をなびかせながら、まるで、闇に紛れるように、アルのもとへ飛び降りる。


「そんな怖い顔しないで。ただ、私たちが使っていたアジトを、あなたたちが使いたいって言うから、見に来ただけ」


「それだけ?」


「う〜ん。今言ったのは1つ目の理由。2つ目の理由は、あなたをテストしたかったの」


「テスト……?」


アルは、割とドスの利いた声で聞き返す。


「だから、別にあなたたちを殺すつもりは、もとから全くないから安心して。……それに、もう用は済んだし、私はそろそろ……」


「バンッ」


銃声が鳴り響く。


「危ないじゃない!せっかく、人が帰ろうって言ってるのに」


謎の少女は、お得意の水銀で銃弾を受け止めたようだ。


しかし、アルはまた無言で銃口を上げる。


「バンッ……バンッ」


銃声のたび、少女も防いでいたが、流石に癪に触れたようで、


「……いいわ。あなたがその気なら……っ!」


謎の少女が水銀に手をかざすと、液体から固体変わり、尖った刃物のようなモノが出来上がる。


「ふっ」


少女は、それをアルに向かって3本ほど投げたが、アルはそれを華麗にすべてかわす。


「いい動きね……でもっ」


少女が手を上に上げると、その動作と同じようにナイフも上に上がっていく。


なるほど厄介だと思ったアルは、自分に再びかえってきたナイフを、すべて銃弾で撃ち抜く。


「あなた本当にすごいわね」


「どーも」


(でも、残りの弾は……)


アルはプレスチェックをして、弾薬がしっかり装填されているかを確認する。


「数撃ちゃ当たる戦法も良くないわね。それなら、一発で決めてあげるわ」


少女の次の作戦は、アルにとっては好都合だった。


アルが呼吸を整えるのと同じに、少女も刃先を整える。


2人の呼吸が重なった瞬間。


ほぼ同時に、銃弾とナイフが宙を舞う。


果たして、勝負の行方は……


「う゛っぐ……っ」


声を上げたのは、アルの方だった。


アルは、少女が胴を狙ってくると思ったのだろうか。


しかし、アルの銃弾とは違い、彼女のナイフは自由自在に操作できる。


だから、よけようとした瞬間に、アルは脚をやられたのだろう。


「ふっ。まあ当然、よ、ね、……?」


自信たっぷりな様子の少女は、腰に手を当てたときに、自分の手に赤い液体がついたことに気がついた。


そう。少女もまた、アルの銃弾に当たっていたのだ。


……もしかしたら、アルには、最初から避けるつもりなんてなかったのかもしれない。


「はは、まあいいわ。今日のところは引き分けって事にしてあげるわ」


「……逃げるの?」


「何よ人聞きの悪い。しょうがないじゃない。結界も今さっき破られたし、私もあの人とは戦いたくないの。それに、あなたもEMP限界でしょ」


(私のEMPの話まで知ってる……ホントに何者……)


「‥‥あの人って?」


少女の言った通り、限界が来たアルは、地面に横たわる。


「黄色髪の、見た目すっごいロリのやつ」


捨て台詞のように少女は、そう吐き捨て、魔法を使って飛んでいってしまった。


「捨て台詞にしてはカッコわる……」


そんなことを呟きながら、アルはゆっくりと目を閉じていった。



「……ル……ん!」


「ア……さん!」


「アルさん!」


アルは、ようやく自分の名前が呼ばれていることに気づいて、ゆっくりと目を開ける。


「あっ……アルさん……良かった……本当に……」


クロはアルに思いっ切り抱きつく。


「クロさん泣かないでくださいよ〜。私言ったじゃないですか。大丈夫だって」


「で、でも……」


クロの涙につられて、アルも一粒地面に落とす。


「……それよりもクロさん、何か忘れてませんか?」


「……え?」


「ほらほら、この前話したじゃないですか〜」


「この前……?」


「私が倒れたら……?」


「あっ……」


クロは、アルを抱く手を一瞬離して、アルの顔の方に手を持っていく。


そして、ゆっくりとクロの顔は、アルの口元へ近づいていく。


口元ギリギリのところで、クロが動きを止めたので、今度はアルがぎゅっとクロを抱き寄せて、


「ちゅ」


ようやく唇が重なる。


お互い、口腔移動式魔力蘇生法なんて遠に忘れて、ひたすらに、キスを楽しんだ。


いい加減息が苦しくなった2人は、なんだか寂しそうにしながら唇を離していく。


お互いを見つめ合ったあと、クロが思い出したかのように、口を開ける。


「……私と姉妹シュベスタになりたいって、アルさん言ってたわよね。……その……今更だけど、あれ承諾するってことでいいかしら……?」


アルの目に一気に覇気が宿る。


魔力蘇生法のおかげなのか、はたまたそうではないのか。


「もちろんですよ!……でも、クロさんはいいんですか……?」


アルは、恐る恐る聞いてみる。


「いいのよ。……姉妹、シュベスタって、つまり、お互いがお互いを高め合ったり、守りあったりするためになるのでしょ?……私には、この上なく守りたいと思った人ができたの」


「ふふっ」と、アルが笑う。


「クロさんらしいですね」


「悪いかしら?」


「いいえ」


2人の笑い声が響く。


「……もう一回、キスしてもいいですか……?」


「……もちろん」


今度はアルも起き上がって、向かい合いながらキスをする。


夜桜が舞散る中で。


そしてクロは、出しておいた魔力治癒薬を、ポケットの奥の方にしまったのだった。


Fin.

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魔法と百合と約束のキス〜無色の魔法使い〜 ゼロ @2r0_zro

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