第53話

 かくして結月の第六ゲームは終わりを告げた。現実世界に帰還した結月は二週間ほど自室に引きこもっている。勘が鈍る前に次のゲームを選定しなくてはならない。それは分かっているのだが、今の結月にそんな気力は残っていなかった。

 

『ごめん』

 

 何をするでもなくメールを開き、その一文を眺める。これは一週間前に花蓮から届いたものだ。彼女はあのゲームが終わった後、自室で首を吊って自殺した。花蓮の案内役から聞いた話によると、花蓮が首を吊ったのは結月にこのメールを送った直後だという。

 

 花蓮はゲームで少女を撃ち殺し、その事をかなり気に病んでいたらしい。何でも『アイツが来る』とうわ言のように呟いていたのだとか。案内役は結月に花蓮の【体質】についても語って聞かせた。

 

 常人には見えない存在が視える能力。結月は幽霊の類いを一切信じていないのだが、花蓮には本当に視えていたのかもしれないとも思う。それとも、もっと現実的に考えるならば彼女は少女を手に掛けたことで自責の念に苛まれ、脳が錯覚を見せていたのか。どちらにせよ花蓮は死んだ。

 

 死んだのだ。もう、この世にはいない。確かめる術は存在しない。

 

「良い子だったのになぁ……」

 

 ベッドの上に転がり、携帯端末を閉じる。連絡先に新しく追加されたばかりだった【花蓮】の名はすぐに削除されてしまった。彼女の部屋にも今は別のプレイヤーが入居して生活している。人の入れ替わりが激しいこの街ではこれが日常だ。

 

「結月さん、大丈夫ですか?」

 

 その時、買い出しに行ってくれていた紗蘭が戻ってきた。結月はゆっくりと上体を起こし紗蘭からビニール袋を受け取る。中を見てみると結月が頼んだものの他にもいくつか食材が入っていた。

 

「任せちゃってごめんね」

「それはいいですが……」

 

 紗蘭の言いたいことは理解できる。そろそろ立ち直れ、とそういうことだろう。

 

「なんか実感湧かなくてさ。もういないなんて信じられない」

「そう、ですよね。私も初めて友人を亡くした時はそんな感じでした」

 

 それでも、生きていかなくてはならない。今を生きる者たちが歩みを止めることは許されないのだ。

 

「次のゲーム、どうなさるんですか?」

「どう、しようかな。何も考えてないよ」

「では、私とやりませんか。今の結月さん、危なっかしくて見ていられません」

 

 紗蘭は苦笑しながら結月に携帯端末を差し出す。表示されたゲーム内容は【迷路からの脱出ゲーム】。結月は端末を受け取り、ぼんやりと画面を眺めた。

 

 これを逃せば自分は二度とゲームの世界に戻れないかもしれない。このまま貯金を切り崩して生活しても、いずれはなくなる。どこかのタイミングでゲームに参加せざるを得ないが、その時にはプレイヤーとしての勘もとうに失われているはずだ。復帰は望めない。

 

「……分かった。やるよ」

「じゃあ参加登録済ませておきますね。明日は唯斗さんか零さんが来てくれると思いますから、ちゃんと起きないとダメですよ」

「ほんとに、色々ごめん」

 

 気を遣わせてしまっているのか、ここ一週間は毎日日替わりで誰かが部屋を訪ねてくれている。特に唯斗はほぼ一日部屋に居座り、とりとめのない話をして帰っていく。しばらく顔を出せずにいるが、店長からも唯斗や零を経由して差し入れが届いていた。

 

「私、もう一人じゃないんだな……」

 

 辛いことを一人で抱え込まずに済むことがこんなにも心を軽くしてくれるなんて思いもしなかった。東京にいた頃は発熱しようが階段から落ちて骨折しようが、全て自分で解決しなくてはならなかったのだ。誰も助けてはくれない。

 

 だから強くなれた面もある。だが、今は。

 

「一人じゃないからこそ、止まれない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る