第52話

 ハンドルネーム、花蓮。

 

 彼女は物心ついた頃より人には見えない存在が『視えて』いた。花蓮の母も祖母もそうだったから、恐らく彼女の血筋によるものなのだろう。母は十五歳の誕生日を迎えれば自然と何も見えなくなると言った。だから、花蓮は待った。

 

 人一倍臆病な花蓮には刺激が強すぎるというのもあったし、それ以上に周囲と違う自分自身に嫌気が差していたのである。学校は社会の縮図だ。そして生徒はまだ若く経験が浅いゆえに時に大人の何倍も残酷な行動を取る。

 

 暴言暴力は当たり前。日増しに増えていく教科書の落書き。机の中に虫の死骸を入れられていた際は我慢できずに早退した。

 

 だが、どれだけ毎日を堪え忍ぼうと十五歳の誕生日を迎えても『ソレ』は花蓮の前に現れる。次第に家に閉じ籠るようになった花蓮を心配した祖母は花蓮の身を護るブレスレットをプレゼントした。祖母の加護を得た花蓮は部屋を出て高校に通う覚悟を決める。


 元々記憶力が良かった花蓮は独学で近所の進学校に合格できた。その進学校には花蓮の中学校から進学した生徒もいない。ここでもう一度やり直そう。そんな花蓮の決意は入学して一ヶ月も経たないうちに淡く脆く崩れ去る。

 

 祖母から貰ったブレスレットを校則違反で教師に取り上げられてしまったのだ。あれがなければ花蓮の生活は中学生時代に逆戻りしてしまう。それからの一週間は視えているものに見えないふりで何とか対応した。

 

 しかしある日の帰り道、高校で知り合った友人と別れ帰路についた花蓮は自身の背後に何者かの気配を感じた。この時の自分の行動を、花蓮は後悔してもしきれない。

 

『だ、誰……?』

 

 そんなことは確かめなくても分かっていたはずなのに。振り返っては、いけなかったのに。花蓮の瞳が捉えた異形の姿。十五歳になるまでの間、様々なモノを視てきた花蓮にはソレが危険な存在であることが理解できた。

 

 だから、逃げた。ただひたすらに。自宅まで全力疾走し、祖母に泣きついて、そこからの記憶が花蓮にはない。

 

 そして花蓮は高校を辞めた。自宅に引きこもり自堕落な生活を送った。やがて。

 

『ホラーゲームの専門家たるあなたをご招待に参りました。我々が怪異からあなたをお守りいたします』

 

 花蓮が招待を受けた経緯は一般のプレイヤーとはやや異なる。まず、命の危険が伴うデスゲームであることは説明されなかった。初回のゲームで先輩プレイヤーから説明を受けた時は小一時間ほど泣き続けたことを覚えている。

 

『ほとんど誘拐だね』

『可哀想に。スカウト組だなんて』

 

 どうやら花蓮は特殊な体質を買われて運営に目をつけられたらしい。常人とは一線を画す能力を持った者たちがこの業界にスカウトされることは往々にして良くあることだ。例えば常磐零、怜央の兄弟。


 あの二人は類い稀な戦闘能力とカリスマ性を見出だされてスカウトされている。無法地帯だった未開発エリアをわずか一ヶ月で取り仕切り、一定の『ルール』を作ったのも彼らだ。

 

 何はともあれ、家に帰れないことを知った花蓮は自分の身を守るために身に付けた知識が活かせるゲームに連続参加して生き残り続けた。だが自分の手で誰かを殺した経験は一度もない。

 

 だから、分からなかった。指をかけた引き金の重みも、立ち上る硝煙の匂いも何も知らなかったのだ。知らないままで、いられたのだ。

 

 今、この瞬間までは。

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