第51話
刃がぶつかり合う金属音が辺りに響く。痛む左足を庇い、右足に重心を置きながら結月は振り下ろされたナイフを刀で受けた。
「……っ」
鍔迫り合いに持ち込まれ、下がろうとした結月の足を少女が踏む。下がり損ねて体勢を崩した結月は迫り来るナイフをかわしきれなかった。浅く頬が切り裂かれ、痛みに顔を歪めた隙に腹部を蹴り飛ばされる。
「か、は……」
胃の内容物を全てぶちまけたくなるような吐き気。一瞬呼吸が止まり、上手く酸素を取り込めないまま参道を転がった。砂利に足をとられながら結月は徐に立ち上がる。
強敵だと、素直に思った。結月が今まで出会ったプレイヤーの中で恐らく零の次くらいには強い。呼吸を整えつつ、眼前の少女を見据える。
結月ほどではないが長い黒髪と紅玉の瞳。両耳にピアス。背はかなり高くスタイルがいい。生きて帰れたら、この少女のことを零に聞いてみよう。きっと優秀なプレイヤーに違いない。こんな危機的状況にも関わらず結月は微笑すら浮かべていた。それを見て少女も嗤う。
「とうとう気が狂ったか?」
「ふふ……そうかも、しれないね。でも、私は確かに生きている。生きているんだって、実感させてくれるんだよ。この瞬間だけが……!」
刀を上段に構え、結月は走り出した。一歩踏み込むごとに傷口から滴る血液が神域を穢す。だが構うものか。どうせこの世に神など存在していない。神がいるとするならば結月のような
今の今まで誰も結月に死をもたらせはしなかった。目の前の少女が自分の死神だと言うのならそれもまたいい。両者の視線が交錯し、ほぼ同時に耳障りな金属音が結月の耳に届く。
痛みも恐怖も、何もない。感じない。ただ少女の振るうナイフの軌道と次の動きを予測して捌き続ける。
終わりは、唐突に訪れた。結月の刀が少女の脇腹を刺し貫き、少女のナイフが結月の腹部に根本まで深く食い込む。これは不味い。積み重ねてきた経験が脳内で警鐘を鳴らす。刺さっているナイフを抜いてしまえば失血死は免れられない。
結月は咄嗟の判断で少女の腕を掴んだ。次の瞬間、結月は視界に拳銃を構えた花蓮の姿を捉える。彼女は今にも泣き出しそうな表情で鉄の塊を握り締めていた。
「ゆ、結月……」
そして引き金に指をかける。だが撃てない。彼女には無理だ。そんな結月の思考とは裏腹に花蓮は引き金を引いた。乾いた銃声が響く。嗚咽を噛み殺しながら、弾切れになるまで撃ち続けた。
涙に濡れた花蓮の瞳。眼前で膝から崩れ落ちる少女の身体。全ての光景がスローモーションのように映る。刺された腹部の痛みで我に返った結月は少女の服のポケットを漁り、十円玉を見つけ出した。数メートル離れた場所で顔を覆って泣いている花蓮の元へ、結月はゆっくりと向かう。辛うじてナイフは刺さったままだ。
「花蓮、ありがとう」
「……ふ、んぅ……ひっく……」
結月は花蓮を抱き寄せるとしばらくの間泣かせた。極度の緊張状態から解放されて震える冷えた手が、弱々しく結月の身体を抱き返してきた。
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