第49話
「た、助かった、の……?」
腰が抜けたのかその場に座り込んで動かない花蓮を一瞥し、結月は頷く。
「そうみたいだね」
「し、死ぬかと思った……」
確かにあのまま続けていたらどうなっていたか。引いてもらえたのは幸運だった。
「それにしても、結月って戦えたのね……」
「あー、まぁ、父親が警察官だったから。小さい時に剣道とか護身術とか色々教えられたんだよ。どれもすぐに飽きてやめたけど」
当時はまさかこんな形で役立つとは思ってもいなかった。だが、もし続けていたなら結月の戦闘技術は比べ物にならないほど向上していただろう。
「なんで、やめちゃったの?」
「向いてないと思ったからだよ。私には才能がなかった」
さらに言えば上手くなろうとも思っていなかったのだ。父は結月に様々なことを教えてくれたが、そのどれも結月の心を動かすことはなかった。
何も楽しくない。何にも本気になれない。ゲーマーの道を選んだのもひとえに負けたことがなかったから。面白くはなくとも、才能はあった。たった一度きりの人生。己の生に執着などはなかったが、折角ならば向いていることで勝負したいと思ったのだ。
手を貸して花蓮を立ち上がらせ結月は周囲を見渡す。今回のフィールドは決して広く設定されているわけではないため、同じプレイヤーと何度も遭遇したとしても不思議ではない。
「花蓮、次はどうすればいいの?」
「え、どうって……あとは普通に参拝して終わりだけど……」
「じゃあ早く終わらせよう」
「でも、参拝するためにはお賽銭が必要よ? 私たちお金なんて持ってないし……」
狛犬の影に座り込み、二人は他プレイヤーの行動を観察する。すると何名かのプレイヤーが賽銭箱に小銭を投げ込んでいるのが見えた。どうやら神社内にある賽銭を探し出して参拝すればゲームクリアになるらしい。
「取り合えず移動しよう」
「そうね。あ、あそこに絵馬掛所があるわ」
そう言って右前方を指差す花蓮の後をついていくと無数の絵馬が吊り下げられていた。その前にはおみくじが入った縦長の木箱が置いてある。絵馬を調べる花蓮を尻目に結月は木箱に手を伸ばした。持ち上げて振ってみると中に何か入っているような音がする。
「これ、五円玉、かな?」
「うそ、もう見つけたのッ?」
木箱に入っていた五円玉を花蓮に見せると、彼女はあからさまに焦ったような顔をした。結月に先を越されると思っているのだろう。
「結月、ダメよ? 私を置いていくなんて!」
「そんなことしないよ」
腕にすがり付く花蓮をなだめ、改めて結月は絵馬を調べ始めた。絵馬には『大学受験に合格できますように』『椎名くんと付き合えますように』などのありふれた願い事が多く書かれていたが、中には『五十ゲーム生き残れますように』『無事に引退できますように』というようなプレイヤーの願い事も混じっている。
花蓮は絵馬とマジックペンを手に取った。そして結月にも差し出す。
「結月も書いたら?」
「えぇ……? 居もしない神に祈ることなんて何もないよ……」
そんな結月の隣で花蓮は迷うことなく絵馬を完成させた。
「何て書いたの?」
「教えないわよ、内緒! 結月も早く書いて!」
確かにこんなお遊びで時間をかけてはいられない。五円玉を手に入れている結月はいいが、もたもたしていると花蓮の分の賽銭がなくなってしまう。結月は深く考えることなくペンを走らせた。
「書けたよ、行こう」
「結月も内緒?」
「うん」
隅の方に紐で結びつけ結月は花蓮と共に歩き出す。その時、風が絵馬を揺らした。そして結月の書いた願いを暴く。一瞬振り返った花蓮の目にその願いはしっかりと焼き付いた。
『納得のいく死を迎えられますように』
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