第48話

 第六ゲーム、結月の意識は鳥居の前で覚醒する。半泣きの表情で結月を呼ぶ花蓮に応えるように、結月はゆっくりと上体を起こした。

 

「結月、起きるの遅い!」

「ごめん……」

 

 開口一番に怒鳴られた結月はさっさと立ち上がり鳥居をくぐろうとする。だが不可視の結界が結月の侵入を阻んだ。

 

「入れないよ?」

 

 結月は首を傾げて花蓮を見やる。花蓮は呆れ返った様子で鳥居の前に立ち、一礼した。

 

「こうするのよ!」

「……へぇ」

 

 結月はその意図をあまり理解しないまま取り合えず花蓮の真似をする。ちなみに神社の鳥居には一般社会と神域を区切る結界のような意味があると言われており、一礼してからくぐるのが丁寧なくぐり方だ。

 

「結月って初詣とか行かないの?」

「んー、小さい時に何回か行った気もするけどよく覚えてないなぁ」

 

 何はともあれ神域に足を踏み入れた結月と花蓮は次に手水舎へ向かう。ここでも結月は花蓮の見よう見まねをするしかない。

 

「まずは左手を洗って、次に右手。左手に水をためて……その水で口をすすぐの」

「え、これ口つけて大丈夫なの……?」

 

 結月としては毒の混入が不安だったのだが、花蓮に無理矢理頭を押さえつけられた。見た目によらず強引な手法である。

 

「で、最後に左手を洗って柄の部分を水で流して終わり」

「ようやく終わった……」

「この程度一般常識でしょ」

「そんなの知らな……ん?」

 

 慣れない作法に辟易し膝から崩れ落ちた結月は視界の端に反りのある刀剣を捉えた。言わずと知れた日本刀である。

 

「何でこんなところに……?」

 

 神域に似つかわしくない物騒な代物を結月が拾い上げた瞬間、背後に第三者の気配を感じた。自らの感覚を信じ、振り返ると同時に刀を抜き放つ。第二ゲームで少し扱っていたため、あの時ほど不格好な抜刀にはならずに済んだ。

 

「チッ、勘のいい奴……!」

 

 刃と刃がぶつかり合う金属音が響き渡り、結月は膝立ちの状態でナイフを受ける。

 

「随分いきなり仕掛けてきたね。対戦型ゲームでもないっていうのに」

「何言ってんだ、テメェ。こんなもんが置いてあるってことはプレイヤー同士で殺し合えって言われてるようなもんだろ」

 

 それもそうだ。全員でクリアできるゲームなどほとんどない以上、潰し合い殺し合いは必須条件。であれば殺意を持って向かってきてくれた方がむしろやりやすい。怯えている花蓮を下がらせ、結月は体勢を立て直した。

 

 相手はナイフ。一見すると結月が圧倒的有利な状況だが、刀は小回りがきかず一度間合いの内側に入り込まれてしまえばどうなるかは分からない。焦らず、侮らず冷静に付かず離れずの距離を維持し続ける。

 

 刃を合わせて、慎重な相手だと思った。決して無理には攻めてこない。しかし一瞬でも隙を見せれば素早く踏み込んでくる。

 

「素人じゃねぇな。やりにくいったらありゃしねぇ」

「それは私の台詞だよ。上手いね」

 

 鍔迫り合いながら相手の少女が口を開く。

 

「こりゃただじゃ勝たせてくれそうにねぇな」

「ここで引いてくれるなら、私も深追いはしない。どうかな? お互い死ぬまで斬り合うより賢い選択だと思うけど」

 

 万年引きこもりで体力のない結月は長期戦に向いていない。相手が劣勢を悟った今、引き分けに持ち込みたいのが結月の本音。だがそんなことは露知らず、少女は背後に大きく跳んで下がるとナイフを下ろした。結月も約束通り刀を下げる。

 

「チッ、できれば仕留めときたかったがしょうがねぇな。アンタとの決着はまたの機会に持ち越しだ」

 

 そして少女は参道を歩き去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る