第44話
身の振り方を考え直す暇もなく、第五ゲームが始まる。結月は煌びやかなカジノ施設で目を覚ました。眼前には十枚のチップが積み上げられている。今回のゲームでは、このチップをどれだけ増やせるかをプレイヤー同士で競うらしい。
結月は右隣の席に視線を向けた。そして頭を抱える。事前に目をつけていたこともあり流されるまま連れてきてしまったが、やはりやめておくべきだった。背後から殺気を感じて嫌々振り返ると、怜央がこれ以上ないほどの笑顔で立っている。ただし、その瞳は凍てつくような冷たさだったのだが。
「忠告、しましたよね?」
「……誤解だよ、怜央。これはたまたま……」
「そんなはずないでしょう。僕は騙されませんよ」
怜央は結月の左隣の席に腰を下ろし、眠っている莉乃を睨む。
「兄さんに可愛がられて甘やかされてるからって、あんまり調子に乗らないで下さいね。いずれ後悔する時が来るんですから」
そう吐き捨て、莉乃が起きる前に席を立った。結月は寝顔を眺めてため息をつく。
「だって、しょうがないじゃんか。頼られちゃったんだからさ」
言い訳じみた独り言。目が覚めたのか、ゆっくりと起き上がる莉乃に結月は声をかけた。
「莉乃、おはよ」
「おはよう、ございます。もう始まりますか?」
「うん。そろそろだと思うよ」
カジノ内には大きなモニターが設置されている。参加人数は五十名。チップを全て失ったプレイヤーが失格になり、儲けを出した場合でも下位十名に入ってしまった者は脱落する仕組み。モニターには順位が常時映し出されて自分の順位を確認できる。
やがてモニターにゲームスタートの文字が表示され、プレイヤーは一斉に動き出した。結月も十枚のチップを握りしめ辺りを見渡す。そして莉乃と共にルーレットの卓についた。
ルーレットとは、別名カジノの女王とも呼ばれ三百年以上の歴史を持つ代表的なカジノゲームの一つである。ウィールという数字の書かれた回転盤にディーラーがボールを投げ入れてプレイヤーはボールの落ちる番号を予測し、チップをテーブル上の賭け枠に置く。配当は賭け方によって異なるものの、最低二倍から最高は三十六倍だ。
『プレイスユアベット』
NPCと思われる男性ディーラーがスタートの合図をする。莉乃はこのゲームを見送り、結月は一枚のチップを赤に賭けた。配当は二倍だが、二分の一の確率で当たりもする。
『ノーモアベット』
締め切りの合図。ウィールが回され、ディーラーがボールを投入した。二人はその行方を固唾を飲んで見守る。ボールが落ちたのは、黒の十三。赤に賭けた結月のチップは無情にも、ディーラーに回収されてしまった。
「結月さん……」
「大丈夫。まだ序盤だから」
結月は焦ることなく、二枚のチップを先ほどと同じ赤に賭ける。一見すると悪手のようにも見えるが、これはマーチンゲール法と呼ばれる必勝法だ。負けたら前回の賭け金を倍額にする手法で、一度でも勝つことができれば負けていた損失額を一気に取り戻すことができる。
『ノーモアベット』
ディーラーの合図で賭けが締め切られ、ボールが投入された。マーチンゲール法は負け続けると資金も増え続けるため心理的負担が大きい。確率的には二分の一で勝てるはずだが二連続黒が続いても不思議ではない。手元のチップを見つめ、結月は祈る。
(次は勝たないと……)
そしてボールが落ちた。
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