第45話

『おめでとうございます』

 

 無機質な声で告げ、ディーラーは四枚のチップを結月に渡す。ボールが落ちた先は赤の十六。結月は安堵の息を吐いた。だが、まだ一度勝っただけ。安全圏にはほど遠い。

 

「良かったですね、結月さん」

「うん。莉乃もそろそろ賭けた方がいいよ。ルール分かる?」

「えっと、何となく……」

 

 不安げに答えた莉乃は賭けがスタートすると結月と同じ黒に賭けようとした。が、ディーラーに止められて動揺する。どうやら二人で参加した場合、同じ場所に賭けることはできないらしい。

 

「ローナンバーかハイナンバー、それかイーブンかオッドに賭けたら? 勝率も配当もカラーに賭けた場合と同じだし」

 

 結月のアドバイス通り、莉乃はオッドに一枚のチップを置いた。ちなみにローナンバーは一から十八、ハイナンバーは十九から三十六に賭けることを意味する。イーブンは偶数、オッドは奇数だ。

 

『ノーモアベット』

 

 淡々とゲームは進み、ディーラーがボールを投入する。莉乃は食い入るようにボールを目で追った。だがボールが落ちた先は黒の二十六。莉乃のチップは回収され、結月に二枚のチップが渡される。

 

「そんな……」

 

 沈痛な面持ちで俯く莉乃に結月は励ましの言葉をかけた。

 

「まだ一回負けただけだし、賭け額も大きくなかったから大丈夫だよ。いくらでも取り返せる」

 

 莉乃は頷くと、ハイナンバーに一枚のチップを置く。結月としてはマーチンゲール法を勧めたかったのだが、莉乃に二枚のチップを賭ける勇気はないようだった。再びウィールが回され、ボールが投げ入れられる。

 

「お願い、お願い……」

 

 悲痛な莉乃の祈り。そしてボールが落ちる音。恐る恐る目を開けた莉乃の視界には残酷な結末が広がっていた。

 

『回収いたします』

 

 ボールは赤の七に落ち、ディーラーがチップを片付ける。赤に賭けていた結月には二枚のチップが渡された。

 

「……うそ、どうして?」

 

 二連続で負けてしまった莉乃は半泣きの状態で結月に助けを求める。結月は配当が三倍になる場所へ賭けるよう莉乃を説得した。ココモ法と呼ばれる必勝法を使用させるためだ。

 

 ココモ法とは負けた直近二回の賭け金を合計した金額を賭ける手法である。勝率三分の一、配当三倍のゲームで使用することが多い。二倍配当のゲームには不向きであり、莉乃には賭け方を変更させざるを得なかった。だが二連敗後に使用を開始すると効果的な手法でもある。

 

 莉乃は震える手で二枚のチップをセカンド・ダズンに置いた。ルーレットで配当が三倍になるのはファースト・ダズン、セカンド・ダズン、サード・ダズン、ファースト・コラム、セカンド・コラム、サード・コラムの六ヶ所。莉乃はセカンド・ダズンに賭けたため、十三から二十四のどこかにボールが落ちれば勝ちとなる。

 

『ノーモアベット』

 

 今回、結月はゲームを見送り莉乃のみが賭けに参加した。呼吸も忘れて回転するウィールを見つめる莉乃の前で、ボールは黒の二十に吸い込まれる。

 

『おめでとうございます』

 

 ディーラーは六枚のチップを莉乃の前に置いた。三回目にしてようやく勝てた莉乃はひどく安心した様子で息を吐く。結月も同じように肩の力を抜いた。

 

「随分みみっちい賭け方をさせていますね、結月さん」

 

 だが、そんな二人の背後で聞き覚えのある声がした。

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