第30話
いつからこうなってしまったのだろう。一体どこで間違えてしまったのだろう。廊下の曲がり角に身を潜めながら美玲は自問自答を繰り返す。隣では響が苛立たしげに空き缶を蹴り上げていた。
「おやめください、響さん。奴らに気づかれてしまいます」
「知りませんよ、そんなこと!」
二人は今、二体のゾンビから逃げている最中だった。結月と莉乃と別れ、一階まで到達したは良いものの足を踏み入れた部屋でゾンビに襲われてしまったのだ。ここまで武器らしい武器も手に入らず、反撃する術を持たない二人は命からがら逃げ出して今に至る。
明かりがあるうちにゴールしなければならないと頭で分かってはいるのだが、既に二人のプレイヤーが死亡する瞬間を目撃してしまっている美玲は足が動かなかった。
「どうするんです? 早く何とかしないと時間切れでゲームオーバーですよ」
「分かっています。ですが、丸腰の状態であんな化け物と戦うなんて……」
「何、弱気になってるんですか。やるしかないでしょう! 腹括って下さいよ!」
響は美玲の胸ぐらを掴んで叫ぶ。そしてポツリと呟いた。
「こんなことになるなら、あたしも結月と行けば良かった」
「な……! どうして! 彼女はたった二回しかクリアしていない初心者ですよッ?」
「それでもアンタよりは役に立つだろ! 少なくともアイツは二人が死んでも微塵も取り乱さなかった! 最初からずっと冷静だった! 香澄が死んで放心してたアンタと違ってな!」
今までの鬱憤を全て吐き出し、響はその場に座り込む。好き放題に暴言を吐かれた美玲は無言で立ち上がり廊下に向かって歩き出した。もう何もかもがどうでもいい。なるようになれ、という気持ちで廊下に出た美玲だったが再びその歩みを止めざるを得なくなる。
目の前の扉から五体のゾンビが雪崩を打ったように飛び出してきたのだ。とは言ってもゾンビの足はひどく遅く、逃げる気になれば美玲は簡単に逃げきれたに違いない。そうできなかったのは、美玲の頭と身体が恐怖心に支配されてしまっていたからだ。
「いや、まだ死にたくない。死にたく、ないの……」
眼前に迫るゾンビの腕。あれに捕らえられてしまえばきっと助からない。それを理解してなお立ち竦む美玲を、突然眩い光が照らした。一拍遅れて黒髪の少女が跳躍し、空中で回し蹴りを放つ。美玲に最も近い位置にいたゾンビはあっさり組み敷かれ、銃声が轟くと同時に絶命した。
「え……?」
呆然と呟く美玲を振り返り黒髪の少女、結月は笑う。
「やっぱり二人とも生きてたんだ。無駄足にならなくて良かったよ」
「ど、どうして……?」
響も状況を理解できず、ただただ結月を見つめた。結月は残りのゾンビをあしらいながら答える。
「まだ時間残ってたからさ。十分弱くらいだけど」
「そうじゃない! アンタにはあたしらを助ける理由なんてないだろ!」
結月は二体目のゾンビを撃ち殺すと不思議そうに口を開いた。
「別に助けに来たわけじゃないよ? ゲームは最後までプレイする主義ってだけ。死んでるならそれでも良かったし」
「……だよな。アンタは、そういう奴だよな……」
「うん、とりあえず二人で逃げたら? ここを左に曲がってまっすぐ進めばゴールだから。心配しなくても鍵は私と莉乃で見つけて開けてあるよ」
響は一度頷くと放心状態の美玲の手を引いて走り出す。その後ろ姿を見送り、最後の一体を仕留めた結月も二人のあとを追って駆け出した。タイムリミットまでどれくらい猶予があるかは分からないのだ。
だが廊下を全力疾走する結月の足首を、突然何者かが掴む。見ると扉の隙間からゾンビが腕を伸ばし、結月の動きを止めていた。結月は制服のポケットからサバイバルナイフを取りだしてゾンビの腕を切り落とす。
「悪いね。ちょっと急いでるんだ」
腐った死体だからか、腕は生身のものより簡単に切断することができた。気を取り直して廊下を駆け抜け、ゴールの扉を視界に捉える。制限時間まで十秒を切り、結月は走るスピードを上げた。五秒を切った瞬間からカウントダウンが始まる。
(五、四、三……)
そして結月はタイムリミットまで残り二秒を残し、ギリギリでゴールに飛び込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます