第29話
莉乃が見つけた非常階段は安全な裏ルートだったらしく、二人はわずか数分で一階まで辿り着くことができた。慎重に廊下へ続く扉を開け、懐中電灯で照らしながら結月が先を歩いて進む。行き止まりの扉はまだ開いておらず、現時点でクリアしたプレイヤーはいないのだろうと結月は思った。
「また鍵探し、ですね……」
「うん。でもここまでかなりショートカットできたから時間は十分あるよ。焦らずやろう」
結月が選んだ部屋はロッカールームのようだった。これから再び、気が遠くなるような鍵探しをしなくてはならない。結月は片っ端からロッカーを開けていく。すると二つ目のロッカーに拳銃と弾倉が入っているのを見つけた。六階でもサバイバルナイフを発見したが、拳銃はさらに強力な武器と言える。
「それって銃、ですか?」
「そうだよ。莉乃は撃ち方とか分かる?」
「……いえ。結月さんは?」
分かるよ、と結月は答えた。零は武器の扱い方も一通り結月に教えてくれたのだ。まだ精度はいまいちだが至近距離であれば外すことはない。
「でもこんなところに銃が置いてあるなんて妙だよね。これまで敵になるようなNPCは出てこなかったし」
果たしてこれが必要になる場面はあるのだろうか、と結月は考える。だがゲームに不必要なアイテムを運営が設置するとも思えない。結月が首を傾げていると隣からロッカーを開ける音が聞こえた。それとほぼ同時に莉乃が悲鳴を上げる。
「いやあぁあぁああ!」
咄嗟に結月は声のした方へ振り返った。そこでは莉乃が人形の怪物に掴みかかられ、必死の形相で手足を振り回している。腐った死体、つまりゾンビが莉乃を襲っていたのだ。
結月は拳銃を莉乃に投げるとサバイバルナイフを構えて机に飛び乗り、跳躍の勢いに任せてゾンビの首へナイフを突き立てる。ゾンビは耳障りな声で叫びながら標的を莉乃から結月へと変更した。
噛みつかれるのは不味いと判断した結月は床に叩きつけられた姿勢のまま引き抜いたナイフをゾンビの口へ突っ込み、拳銃のセーフティを外す。左手で眉間に狙いを定め、冷静に引き金を引いた。開いた風穴から吹き出す血液を顔に浴び、結月はため息をつく。
「死体の癖に、血は赤いんだね」
制服の袖で血を拭い、結月が莉乃に視線を向けた。
「莉乃、大丈夫?」
「……いや、いやぁ。来ないで、お願い……」
「もう死んだから大丈夫だよ。まぁゾンビだし一応始めから死んではいたんだけどね」
結月の軽口にも応答せず、莉乃は両手で顔を覆って泣き続ける。初参加の彼女にはいささか刺激が強すぎたらしい。仕方なく結月はゾンビが現れたロッカーの中を覗き込んだ。そして銀色に輝く鍵を発見する。
「莉乃、鍵見つけたよ。行こう」
「もういや、早くここから出たい……」
「うん、出られるよ。鍵見つけたから」
「……本当に? 私、解放されるの?」
結月は再び頷いた。顔を上げた莉乃に鍵を見せると莉乃は何とか立ち上がる。手を繋いでやり、行き止まりの扉に鍵を差し込んで回すと扉はあっさり開いた。扉の向こうには道が続いているのみで大きく『ゴール』と記されている。
「やった……! ゴールですよ、結月さん!」
「そうだね」
「結月さん? どうしたんですか?」
ゴールを目前にしても喜びの表情一つ見せない結月を気遣うように、莉乃が問いかけた。結月は来た道を振り返り、点滅する光を見つけると莉乃の背中を押す。
「莉乃、ここから先は一本道だ。罠もない。だから、一人で行ける?」
「え? それって……」
「多分、一階に美玲と響がいる。私はあの二人とゴールするから」
莉乃は理解できないと言う風に結月の腕を掴んだ。結月自身ですら自分が何を口走っているのか完全には理解できていない。だが、無性にあの二人のことが気になったのだ。
「さっき、廊下の奥で点滅する光を見つけた。きっと懐中電灯の電池が切れかけてるんだ。光源がなきゃ罠を警戒して動けなくなる。そうなればタイムリミットを迎えてゲームオーバーだ」
「でも、美玲さんも響さんもずっと結月さんにひどいことばかり……」
「だからこそ、だよ。目の敵にしていたプレイヤーに助けられる人間の表情、見てみたくて。それに、ゲームは最後までプレイする主義なんだ」
莉乃の懐中電灯と自分の懐中電灯を交換してもらい、結月はもう一度莉乃の背中を押す。莉乃は不安そうに結月の瞳を見つめていたが、やがて覚悟を決めたのか一度頷いた。
「辛いだろうけど、これからも頑張るんだよ莉乃。それでもどうしようもなくなった時は、私のところにおいで」
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