第20話
翌朝、結月は携帯端末から流れる自動音声の声で目を覚ました。どうやら昨晩零が運んでくれたらしく、目覚めた場所は柔らかいマットレスの上。身体を痛めずに済んだ結月はなんとか毛布を引き剥がし、端末に手を伸ばす。
画面を確認すると同時に、ミッション開始のブザーが鳴り響いた。今回は特にエリアの指定はない。
「ん、ヤバ。始まっちゃった」
わずかに焦りながら身支度を整え、携帯端末をスカートのポケットへ突っ込む。寝床を用意してもらったお礼に毛布を片付けていると、洞窟の入り口から零が顔を覗かせた。
「なんだ、起きていたのか」
「あ、零さん。おはよう」
「あぁ、起きているなら移動するぞ。来い」
言って、結月が護身用に購入した刀を投げ渡される。枕元にないと思ったら零が預かっていたらしい。
「待って、零さん。移動するってどこに?」
「紗蘭のところだ。朝になったら送ってやると言っただろう」
「それはそうだけど、もう討伐ミッション始まっちゃったよ?」
結月としては念のためしばらく洞窟に引きこもりたい。折角エリア指定のないミッションなのだから、無理をして危険な森の中を進む必要はない気がする。そんな結月の意見は当然ながら却下され、零に無理矢理外へと引きずり出された。
「これで私が死んだら零さんのせいだからね……」
「安心しろ。紗蘭と合流するまでは守ってやる」
その言葉通り、零は初心者の結月でも歩きやすいルートを選択しているようだった。時折他のプレイヤーと遭遇したが、零が睨み付けると全員蜘蛛の子を散らすような勢いで逃げ去っていく。一体何をしたらここまで恐れられるのかと結月は不思議に思った。
「ねぇ、零さんって何者?」
「さあな」
好奇心を抑えきれず結月がした質問も適当にはぐらかされてしまう。だが最近覚えた知らぬが仏という言葉を思いだし、結月は詮索しないことにした。やがて見覚えのある川に辿り着くと、唐突に零が足を止める。
「零さん? どうした……」
の、と言い終わるより先に結月の身体は突き飛ばされていた。突然の出来事で対応できず、結月は無様に地面を転がる。口の中に入った砂を吐き出し結月が顔を上げるとほぼ同時に零は虎に似た魔物を刀で刺し殺した。そこでようやく結月は自分の刀が奪われていることに気がつく。
「結月、無事か?」
「うん、私は大丈夫。ありがとう」
浴びた返り血を川の水で洗い流し、零はため息をついた。
「全く、ネコ科動物は気配が読みづらくて面倒だな」
「でも、すごいね。私なんて全然気づかなかったよ」
「二回目のゲーム参加ならそれが当然だ」
零から刀を返してもらい、二人は気を取り直して歩き出す。とはいえ、結月が紗蘭と拠点にしていた洞窟はもう目と鼻の先だった。実際に目にすると、帰ってこられたのだという安堵感が結月の胸に押し寄せる。
「紗蘭、ただいま。心配かけてごめん」
結月は洞窟の入り口で座り込んでいる紗蘭に声をかけた。
「……結月さん、おかえりなさい。ご無事でなによりです」
一日会っていなかっただけだというのに紗蘭は少しやつれているような気がした。それだけ心配してくれていたのだろう。
「零さんも、色々ありがとう。生きて帰れたらお礼させてね」
「あぁ、なら期待しておこう。それと、これは前も言ったがつまらない死に方はするなよ。結月」
「うん。肝に銘じておく」
初日の夜にはよく分からなかったその言葉の意味。ただ単に早死にするなという意味で捉えていた言葉の真意が、今の結月には分かるような気がした。
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