第19話

「……ん」

 

 柔らかい感触。何かにくるまれているのか身体全体が温かい。ついに私は死んだのだろうか、と結月は朦朧とする頭で考える。目を開けてみても辺りは暗闇に覆われており、何も見えなかった。


 状況を把握するべく寝返りを打つと、結月の足に激痛が走る。小指を何か固いものに強打してしまったのだ。

 

「……痛い」

 

 思わず背中を丸め結月が呻く。流石に眠気は飛んだため起き上がってみると、結月はマットレスの上に寝かされていたようだった。ご丁寧に毛布までかけられている。とにもかくにも、まだ死んではいないらしい。

 

「なんで生きてるんだろ……」

 

 ミッション開始前に寝落ちした時は確実に死んだと思ったのだが。


 脱がされていたローファーと靴下を回収して、毛布を引きずりながら壁に手をつき慎重に進む。洞窟の中かな、と結月は推測した。やがて暗闇に目が慣れ始め、外に出た結月は愕然とする。そこでは意外な、意外すぎる人物が焚き火の前で煙草を吸っていたのだ。

 

「あぁ、起きたのか。結月」

 

 落ち着いた暗めの茶髪に十字架のピアス。焚き火の炎に反射して輝く琥珀色の瞳。見間違えるはずもない。

 

「……え、零?」

「命の恩人を呼び捨てとはいい度胸だな」

「あ、ごめん。零さん」

 

 つい目の前の相手がこの界隈では有名であることを失念していた。鋭い眼光に気圧され慌てて訂正する。

 

「ちなみに、今ってどういう状況?」

「簡単に説明すると、エリア外で意識のないお前を発見して保護。そのあと、熊に似た魔物を五体狩ってここに帰還。それから約十二時間経過して今に至る」

「……ご迷惑おかけしました」

「全くだ」

 

 知りたかったことを全て簡潔にまとめて伝えられ、結月は思わず頭を下げた。

 

「本当にごめん。でもよく私みたいなお荷物抱えた状態で戦えたね」

「俺があの程度の敵に苦戦するわけないだろう」

「お流石です」

 

 顔色一つ変えずに答える零は、確かに掠り傷すら負っていない。

 

「それと、紗蘭にお前の不眠症のことも聞いた」

「え、会ったの?」

「いや、これだ」

 

 そう言って零が携帯端末を取り出す。

 

「連絡先を登録していて同じゲームに参加しているプレイヤーならこれでやり取りができる。今回はこれを使った」

「へえ、そうなんだ。じゃあ紗蘭は私が生きてること知ってるんだね。よかった、心配させちゃってたみたいだから」

「朝になったらアイツのところまで送ってやる。今は休め」

 

 引きずってきた毛布を頭から被せられ、結月は零の隣で火を眺めた。無言の時間も不思議と気まずくはない。

 

「ねぇ、聞いてもいい?」

 

 零が煙草を吸い終わったタイミングで結月は口を開いた。

 

「どうして助けてくれたの?」

「ただの気まぐれだ」

「……そっか。ありがと」

 

 どこか懐かしい煙草の匂いを感じながら結月が目を閉じる。すると再び睡魔に襲われ始めた。

 

(なんでだろ。一回寝たからしばらくは眠れないはずなのに、眠い)

 

 その答えを結月はまだ知らず、眠気に身を任せて零の肩に寄りかかる。

 

(でも、朝になったら紗蘭のところに連れていってくれるって、零さん言ってたし。寝ちゃっても、いいか)

 

 まだ半分ほど残っている煙草の火を消し、零はため息をついた。右隣には猫のようにすり寄ってくる少女の姿。

 

「……全く、俺を枕にできる女などお前くらいのものだぞ。結月」

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