第16話

「なんだ。見覚えのある顔がいると思ったら、お前だったのか。紗蘭」

 

 二人が声の主に視線を向けると、そこには月明かりに照らされて茶髪の男性プレイヤーが立っていた。男は続けて拳銃を取りだし、魔物の頭部を狙って発砲する。あまりにも突然の出来事に、結月は「私の獲物……」と呟くことしかできなかった。

 

「……ご無沙汰しております、零さん。今回のゲームに参加されていたのですね」

「あぁ、お前はあれからどうだ? もう三十回はクリアしたか?」

「はい。これで三十九回目です」

 

 どうやら紗蘭はこのプレイヤーと面識があるらしい。やや居心地の悪さを感じながら結月は男の仕留めた魔物を刀で突く。可能な限り気配を消していたつもりだったのだが、男は結月に声をかけてきた。

 

「そっちのお前は見たことがないな。何回目だ?」

「……二回目だよ」

「そうか。てっきり五回はやっていると思ったが……」

 

 結月が小首を傾げると、男は先ほど結月の仕留めた魔物を一瞥する。

 

「そういうゲームとはいえ、プレイヤーごと魔物を切り殺す女は初めて見た。二回目でそれができる奴はなかなかいない」

「……別に。それが一番手っ取り早かったから、そうしただけ。あの人だってもう死んでたし、問題ないでしょ?」

 

 結月の素直な返答に、男は琥珀色の瞳をわずかに見開いた。そして紗蘭に視線を向ける。

 

「随分面白い女と組んでいるな、紗蘭」

「はい。前回のゲームで気が合ったので、今回も私からお誘いしたんです」

「なるほど。お前、名前は?」

 

 男は興味深そうに頷き、再び結月に向き直った。

 

「結月、だよ」

「本名も教えろ」

「……月島結香」

 

 なぜハンドルネームだけでは駄目なのかと不思議に思ったが口には出さない。否、出せなかった。男の瞳と口調には、場の空気を読んだ経験など一度もない結月でさえ従わせるだけの威圧感が備わっていたのだ。

 

「そうか、俺は零。本名は常磐零だ。今回で六十五回目のゲーム参加になる」

「すごいね、ベテランなんだ」

 

 世辞ではなく、それは結月の本心だった。まだ二回目の結月からしてみれば五十回以上クリアしているプレイヤーは雲の上の存在である。ゲーマーの端くれとして、尊敬せずにはいられない。

 

「お前もそのうち俺に追い付く時が来るだろう。俺は半ば引退状態だからな。今回参加したのも久しぶりに気が向いたからだ。それに、お前には才能がある。つまらない死に方はするなよ」

「うん、できる限り頑張るつもり。何も得ないまま死ぬわけにはいかないからね」

「紗蘭、お前も早く俺を追い抜いていけ」

「はい。精進致します」

 

 零は二人に軽く手を振ると、夜の闇へと姿を消した。その後ろ姿を見送って紗蘭が深く息を吐く。

 

「紗蘭、大丈夫?」

「はい。ですが、かなり久しぶりにお会いしたので緊張してしまって……」

「紗蘭が緊張するほどすごい人なの? 確かにベテランみたいだけど」

 

 紗蘭は念入りに辺りを見渡し、近くに誰もいないことを確認すると結月の耳元へ口を寄せた。

 

「ここだけの話、零さんは未開発エリアで闇金紛いの商売をしていらっしゃるんです。ゲームに招待される前は地元で有名な不良だったようですし、抗争で二人撲殺しているとか。結月さんも、あの方だけは敵に回さないことをおすすめします」

「……そうなんだ」

 

 かつてないほど真剣な口調で語る紗蘭の話を聞き、結月は思った。どうりで怖かった・・・・わけだ、と。

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