第17話
初日の夜は無事に明け、結月と紗蘭は拠点にしている洞窟へ戻った。
「とりあえず、夜までは休めそうですね」
「うん。紗蘭は今の内に仮眠取っておいた方がいいよ。私はまだ眠くないからさ」
「分かりました。では、お休みなさい」
「お休み」
追加購入した毛布にくるまり目を閉じる紗蘭の隣で、結月はペットボトルの蓋を開ける。いつも水代わりに栄養ドリンクを飲んでいる結月には味気なかったが、文句は言えない。これを飲まなくては餓死判定になってしまうのだ。栄養補助食品のゼリーについては普段結月が食べているものとほぼ同じ味がしたため、美味しく頂けた。
「それにしても夜まで暇だな……」
他のプレイヤーは今ごろ仮眠中なのだろうが、不眠症の結月は眠れない。ゲームの中では娯楽の類いも手に入らず、結月は仕方なく散策に繰り出すことにした。洞窟を出てすぐのところに川が流れており、その川に沿って歩けば迷子になる可能性は低いと判断したのだ。
万年引きこもりの結月は間近で川を観察したことさえない。NPCではあるものの、川には魚も泳いでいた。触ってみようと手を伸ばすと流石に逃げられてしまったが、川の水の冷たさに結月は驚く。
(当然だけど、この世界は私の知らないことばかりだ)
それからしばらくの間、結月は川を観察していたのだが微かに漂う香辛料の香りを嗅ぎ付けて立ち上がる。誰かが料理でもしているのだろうか。できる限り足音を殺して進むと、見覚えのあるプレイヤーが焚き火で魚を焼いていた。
「……もしかして、伊織?」
「あぁ、結月か」
結月が背後から声をかけると、そのプレイヤーは緩慢な動作で振り返る。やはり、伊織だった。だが、前回のゲームで会った時よりも随分やつれている。
「大丈夫? 疲れてるみたいだけど」
「問題ない」
伊織は結月を一瞥したのみで、再び魚を焼く作業に集中しながら答えた。
「颯真のこと、残念だったね」
「……」
結月がそう切り出してみると、伊織は無言で焼けた魚に香辛料を振りかけて結月に差し出す。
「食うか?」
「うん、もらうよ。ありがとう」
伊織の隣に腰を下ろし、結月は串刺しにされた魚に口をつけた。先ほどゼリーを食べたばかりだが、ゲームの世界ではいくら食べても満腹にならないため、ものの数分で結月は焼き魚を完食する。
「……アイツは、いい奴だった」
残った串で地面に落書きを始めた結月を横目で見やり、伊織がポツリと呟く。
「女癖は最悪だったが、それでも俺にとっては一番の友人だった。まさか、俺より先に死ぬとは思わなかったがな」
「だからって自暴自棄になって無茶しちゃ駄目だよ。颯真に呆れられる」
落書きを続けながら結月は言った。あれから伊織が連続でゲームに参加しているのであろうことは一目見て気付いていたのだ。
「私、伊織の料理好きなんだよね。いつもちゃんとしたもの食べてないから、新鮮で」
どう話すべきか悩んだ結果、結月は自分の言葉をそのまま伝えることにする。上辺だけの言葉はきっと今の伊織には届かない。
「……そうか。なら、また食えて良かったな」
「うん。だからさ、死なないでよ。次に一緒のゲームすることがあったら、絶対手料理食べさせてもらいに行くから」
どこまでも自分勝手に言い放ち、結月は立ち上がった。
「じゃあね、伊織。魚美味しかったよ、ありがとう」
「……待て、結月」
伊織に手を振り、歩き出した結月を伊織は静止する。
「何?」
「零、というプレイヤーに気を付けろ。今回のゲームに参加している」
「零?」
「あぁ。茶髪に十字架のピアス、それと琥珀色の瞳をしたプレイヤーだ」
その特徴を聞いた途端、結月の脳裏に昨晩の記憶が蘇ってきた。紗蘭も警戒していたプレイヤー、零。彼はやはり、この業界では有名なようだ。
「分かった。覚えておくよ」
既に一度会っていることは伝えず、結月は伊織の拠点から立ち去った。
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