第10話

「……」

 

 シーツを剥ぎ取り、刺された左腕を庇いながら小柄な少女が結月を睨む。

 

「私が犯人だって、気付いてたんですか?」

「うん。正確には颯真の死体を見た時に気付いた、だけどね」

「バレるとは思ってなかったんですけど。私、何かミスしましたか?」

「まさか。千花はミスなんてしてないよ。演技力も見事なものだった」

 

 そう。千花はミスをしていない。にもかかわらず、結月が犯人役の正体に気がついたのは雫の遺体と颯真の遺体で刺し傷の数が違っていたからだ。雫の遺体は全身を滅多刺しにされていたが、颯真の遺体は上半身に数ヵ所の刺し傷があるのみだった。

 

「それでどうやって私に辿り着いたって言うんですか!」

「簡単な話だよ。今生き残っているプレイヤーは全員ベテランだ。あんな非効率的な殺し方をしなくても、他にいくらでもやりようはある」

「……それだけで?」

「最初は誰かがわざと初心者っぽい殺し方をしたんじゃないかと思ったんだけど、颯真の死体を見て確信した。慣れてきたんだってね。あとは消去法だよ」

 

 結月は包丁の刃先を千花へ向ける。

 

「一緒に生き残ろうって言ったよね。でもこうなった以上それは叶わない」

 

 そして覚悟を決めた。

 

「私は私のために、千花を殺す」

 

 血の滴る左腕を右手で抱きしめるようにしながら千花は嗚咽混じりに叫んだ。

 

「何で、どうしてですか! 結月さん、言ってましたよね? 自分の生に意味があるとは思えないって! だったら、死んでくれてもいいじゃないですか! 私は帰らなくちゃいけないんです! 弟と妹が待ってるんです!」

「それは千花が自分で一度手放したものだよ。そう簡単には戻ってこない」

 

 一番大切なものは失って初めて気が付く。今の千花が、そうであるように。

 

「それと、確かに私は自分の命に執着してはいない。でも自殺志願者ってわけじゃないんだ。ただで殺されてはあげられないね」

「……もう、いいです。あの二人と同じように、結月さんも死んでください」

 

 その言葉を皮切りに、千花が動いた。サバイバルナイフのようなものを両手で構え、結月目掛けて突っ込んでくる。結月はベッドに飛び乗って逃げるが、方向転換した千花のナイフをかわしきれない。

 

 回避が遅れた左足首を刺されたものの、運良く骨に当たったらしく傷は深くなかった。だが痛みで動きが鈍った隙を突かれ、ベッドの上に引きずり倒されてしまう。硬直したままの結月に迫る刃の煌めき。生まれて初めて死を間近に意識した結月は、自分でも気付かぬ内に口を開いていた。

 

「死んで、たまるか」

 

 死ぬのが怖いわけではない。死にたくない、とも少し違う。

 

 例えばこれが自分ではどうしようもない事故であったなら、結月は潔く己の死を受け入れられただろう。大病を患って余命宣告を受けたとしても、仕方がないことだと割り切れたに違いない。

 

 だが、赤の他人の理不尽な悪意で自らの終わりを決められることだけは、我慢ならなかった。

 

「死んでたまるか!」

 

 再び同じ台詞を叫び、結月は千花の腹を蹴り上げる。

 

「あぐっ!」

 

 一瞬だけ千花が怯んだ隙にベッドから抜け出し、結月は体勢を立て直すことに成功した。そしてよろめきながらも結月へ向き直った千花を、第二の刃が襲う。ベッドの下から伸ばされた腕に握られたペティナイフが、千花のふくらはぎに突き刺さり真下へと引き裂いた。

 

「ああああぁぁぁあああ!」

 

 室内に響き渡る千花の絶叫。結月は足払いをかけて千花を転ばせ、その上に馬乗りになる。

 

「なんで、私が、こんな目に……」

「ごめん、千花。さようなら」

 

 必死に首を振る千花の心臓に狙いを定め、結月は包丁を突き刺した。

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