第9話

 雫の時と同様に、颯真の遺体には白いシーツが被せられている。紗蘭に連れられて結月が室内へ足を踏み入れると、手を合わせていた伊織と目が合った。

 

「伊織さん、颯真さんとはここに来る前から交流があったようですよ。お辛いでしょうね」

 

 一人静かに部屋を去る伊織の後ろ姿を一瞥し、紗蘭が小声で呟く。結月は部屋に誰もいないことを確認して遺体にかけられているシーツを捲り上げた。そして雫よりも外傷が少ないことを確認する。手慣れてきているな、と思った。やり方も、殺人という行為自体にも犯人役は慣れ始めている。

 

「今回の第一発見者は?」

「え?」

「第一発見者だよ。誰が見つけたの?」

 

 ならば結月も、この状況に順応しなくてはならない。現実から目を背けていたら、殺されるだけだ。

 

「楓華さんだそうです。それがどうかしましたか?」

「いや、何でもない。千花は? 今日見てないけど」

「お声がけはしたんですが、部屋から出てきてもらえませんでした。雫さんの時もかなりショックだったようですし、仕方ないかと」

 

 シーツを綺麗にかけ直して、結月が頷く。

 

「私は部屋に戻るけど、紗蘭はどうする?」

「……少し、一人になりたいです」

「そう、分かった」

 

 紗蘭を残して自室へ向かい、結月はベッドに倒れ込む。

 

「さて、どうしたものかな」

 

 未だにゲームのクリア条件は良く分からない。犯人役は一体何人殺せばゲームクリアになるのか。全員殺さなければならないのか、あらかじめ数が決められているのかによってでもプレイヤー側の生存率は大きく変動する。


 過半数のプレイヤーが生き残れるように調節されているゲームが大半だと紗蘭は言っていたが、今回もそうとは限らないのだ。ただ、平均生存率を考慮すると犯人役のノルマは三人か、多くても四人だろうと結月は考える。

 

 そして、次に狙われるのは。

 

「きっと、私だ」

 

 もちろん、犯人役が誰をターゲットにするかは結月にも分からない。分かるのは自分が決して安全圏にはいないということ。だから結月は先手を打ち、対策する。

 

「紗蘭、ちょっといい?」

「結月さん? どうかなさいましたか?」

「うん。協力してほしいことがあるんだ」

 

 現在時刻、午後九時。結月は紗蘭の部屋を訪ねた。

 

「……分かりました。やりましょう」

 

 猶予がどれだけあるか不明だったため、手短に作戦を説明する。ありがたいことに紗蘭は二つ返事で結月の作戦に乗ってくれた。そして、二人は襲撃を待つ。それから二時間後、静かに部屋の扉が開かれた。


(やっぱり来たな)

 

 予想通り、今夜のターゲットには結月が選ばれたらしい。ベッドに潜って狸寝入りを決め込んでいる結月は、焦らず犯人役の接近を待つ。耳を澄まして足音へ意識を集中させ、隠し持っている包丁をしっかり握り直した。犯人役はゆっくりベッドに近づき、やがて止まる。

 

 その瞬間を狙い、結月がシーツを蹴り上げた。大きく広がったシーツは結月の思惑通り、犯人役の視界を奪う。

 

「……っ!」

 

 突然の事態に対応できずもがく犯人役目掛けて、結月は包丁を振り下ろした。シーツ越しとはいえ結月が手にした凶器は容易く身体に突き刺さる。血液がシーツに赤い染みを作り、同時に結月は包丁を引き抜いて距離を取った。

 

「……君だったんだね、千花。二人を殺したのは」

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