第8話
二日ぶりの眠りは結月の想像以上に深かったらしい。扉を激しくノックする音でようやく目を覚ました結月は、あくびを噛み殺して立ち上がる。朦朧とする頭のまま扉を開けるとそこには紗蘭が立っていた。心なしか、やや不機嫌そうな面持ちで。
「おはようございます、結月さん」
「おはよう、紗蘭。何で怒ってるの?」
「何回呼んでも叫んでも結月さんが一向に起きてくれないからですよ! 今何時だと思ってるんですかッ?」
こんな剣幕で捲し立てる紗蘭を見るのは初めてだな、と結月は呑気に考える。ちなみに現在時刻は午後十二時三十分。半日以上眠った計算だが、結月としてはさして珍しいことでもない。
「ごめんね、紗蘭。私は一度寝付くと十二時間は起きられないから。伝えておけば良かったね」
「……まぁいいです。今日は私の他にもう一人お客さんが来ているんですけど、一緒に昼食でもいかがですか?」
「……お客さん?」
結月が小首を傾げると紗蘭の後ろから小柄な少女が顔を覗かせた。千花だ。
「あ、あの、ハンバーグ、作ってみたんですけど……」
そう言って千花はハンバーグとコンソメスープが三人分乗ったお盆を結月に差し出す。正直、寝起きの結月は食欲が皆無だったのだが、誘いを断ると紗蘭がさらに不機嫌になりそうだったため頷いた。
「ありがとう、千花。私の部屋汚くてごめんね」
急いで冷凍食品のゴミを片付け、空のペットボトルをゴミ箱へ投げ入れる。ベッドから半分ずり落ちた布団を畳む作業は紗蘭が請け負ってくれていた。
「どうやったら二日でここまで部屋を荒らせるんですか?」
千花が手作りしたというハンバーグを口に運びながら、紗蘭は呆れたように結月へ問う。
「だって、ゲームの中ならどれだけ汚しても誰も文句言わないと思ったから」
一方の結月は開き直ってコンソメスープを飲み干した。そして無言のまま食事を続ける千花に視線を向ける。
「それにしても、千花って料理上手なんだね。普段から自炊してるの?」
「え、あ、はい。私の家、母子家庭で、弟と妹が二人ずついるんですけど、いつも私が料理してたんです」
「へえ、そうなんだ」
それは初耳である。思えば結月が千花とゆっくり話をするのも今日が初めてかもしれない。
「あの、結月さん」
「ん? 何?」
「結月さんは、このゲームに参加したこと、後悔してますか?」
脈絡のない千花の質問に、結月は少し考え込んだ。だが、すぐに口を開く。
「私は、自分の生に意味があるとは思えなかった。昔から何にも本気になれなくて、そんな自分が大嫌いだった。だから、死の淵に立たされれば何かを見つけられるんじゃないかと思って、ゲームに参加したんだ。後悔はしてないよ。私はまだここで何も得ていないから。中途半端じゃ帰れないし、帰りたくない」
「……そう、ですか。結月さんはすごいですね」
「そんなことないよ。千花だって、私と同じ初参加なのに今日まで頑張ってるんだから。一緒に生き残ろうね」
「……はい」
誰もこれ以上の犠牲を望んではいない。ゲームがあと何日残っているのかは分からないが、冷蔵庫の中には二十一食分の冷凍食品が入っていた。一日三食食べると計算して七日間。今日が三日目のため、あと四日。その期間を生き延びれば、恐らく結月はゲームをクリアできる。
(もう、誰も死なないといいな)
そんな結月の願いを嘲笑うかのように、今夜、二人目の犠牲者が出た。
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