第6話
あれからすっかり紗蘭と話し込んでしまい、現在時刻は午前十時三十分。結月は一人で調理場へと向かっている。夜の探索に備えて、あるものを調達するためだ。雫の遺体のことを考えると気が重かったが、紗蘭からプレイヤーの死体は一定時間経過で自然に消滅すると聞いていたため、消えていることを願って歩を進める。ちなみに紗蘭は仮眠を取ると言って自室に戻って行った。
結月が調理場へ足を踏み入れると、思いがけない人物に遭遇する。
「……結月か」
伊織だった。
「伊織? こんなところで何してるの?」
結月の問いに、伊織は自身の手元を一瞥する。
「調理場ですることなど、一つしかないだろう」
「へえ、料理してるんだ」
「お前は見るからに不摂生極まりない食生活を送っていそうだな。一度でも自炊したことはあるのか?」
「私は伊織が自炊していることの方が驚きだよ。元・不良なんでしょ? 颯真に聞いた」
結月は伊織の質問に答えず、そうはぐらかす。事実、結月が最後に自分で食事を作ったのは二年以上前だ。伸ばしっぱなしの黒髪は腰の辺りまであるし、ろくに手入れをしていないせいで所々はねている。これでは伊織に不摂生と言われてしまっても文句は言えない。
「アイツは本当に何でも話すな……」
「うん。初日の夜、私の部屋に来て皆の話をしてたよ。と言っても、楓華と伊織と……あとは颯真自身のことだけだけどね」
「お前と千花は初参加、紗蘭とは面識がなかったようだから、まあ当然だろう」
結月と話す間も伊織は肉や野菜を焼き続けている。結月は気配を消して伊織の背後に近づき、焼き上がった肉を一欠片奪い取った。
「ん、美味しい。やっぱり人は見かけによらないや」
「おい」
「少しくらい、いいじゃん。怒らないでよ。不摂生な私に健康的な食事させて?」
「……全く。調子のいい女だ」
そう言いつつも伊織は新しい皿に少量の料理を盛りつけてくれた。それを一分足らずで食べ尽くし、結月は思い出したように調理場を漁り始める。ここに来た目的をつい忘れてしまっていた。
「結月、何をしている?」
「んー? ちょっと探し物をね。夜の探索に備えて、何か自衛できるものが欲しくて。ナイフとか包丁とか、どこにあるの?」
「それなら戸棚の中に全て揃っているぞ」
伊織の指差す戸棚を開けてみると、そこには確かに刃物類が一式揃っていた。安全な鞘付きのペティナイフと普通の包丁を拝借し、結月は伊織に軽く手を振る。
「ありがとね、伊織。また明日」
「ちょっと待て。そのまま部屋まで戻るつもりか? 刃物を持って歩いていたら怪しまれるぞ」
「大丈夫だよ。他の皆は夜のために仮眠中だし、千花は部屋から出ないだろうし」
ペティナイフはいつも外出する時に着ている中学校の制服へ収納し、包丁は右手に持つ。
「じゃあね、伊織。死なないように気を付けて」
そして結月は今度こそ調理場を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます