104.霧隠れの従士たち


「フェレシーラ様って――あ!おい! お前ら、入口! 入口のほう、見てみろ!」

「え? フェレシーラさま? マジで? 嘘だろ? あ、マジだ」

「おい、皆! 一旦、やめやめ! 先ほど副従士長が仰られていたお方だ! 集まれ集まれ! 会うの初めての奴いるだろ! こんな機会めったにないぞ! ゴブリンが結晶素材落とすよりも珍しいぞ! 激レアだぞ!」 

 

 ざわざわ、どやどやと賑やかな様相を呈しながら、次々と……

 金属製のレールを備えた門扉ゲートの向こう側から、従士と神官たちが来るわ来るわの大騒ぎ。


 数えて数十名にも及ぶ教団の人々が、俺とフェレシーラの前へと押し寄せてきていた。

 

 いまのいままで全力で訓練に及んでいたというのに、とんでもない勢いだ。

 中には、高台の上や水路の中から猛然とダッシュしてきた連中もいる。

 当然、彼らの武器は練習用として刃や突起が潰されているが……重さや携行性に殆ど差はないだろう。

 鎧を身につけた上でそんな代物を手に駆け寄ってくるのだから、本当に大したものだ。

 

 でも……いまの最後の例えはなんだよ。

 ゴブリンの希少素材より珍しいって。

 あんな言い回し、冒険者ギルドでもお目にかかれなかったぞ。

 フェレシーラのヤツ、珍獣かなにかかよ。


「――全員!」


 そんなことを考えていると、人の垣根の中心からまたも男の声が轟いてきた。

 先程も耳にした、太く力強い声。

 開閉式兜アーメットヘルムをかぶり、板金鎧プレートアーマーに身を包んだ男の声だ。

 

 その右胸には、月と重なった剣の紋章。

 左胸には、銀色の剣の紋章が刻まれている。

 

 従士長カーニンのものと酷似したデザインだ。

 察するに、この神殿で彼はカーニンに次ぐ立場にあるのだろう。

 

 その彼が、手にしていた大振りの剣を「ザンッ」と地に突き立ててきた。


「総員――」


 その場に響き渡る、力強い男の声。

 刃の切っ先がスルリと半円を描く。


「敬礼!」 


 鍔を胸元に、剣が天を示す。

 

 武器を掲げての敬礼。

 それに倣い、その場にいた全員が背筋をピンと伸ばして、各々の武器を捧げてきた。

 白羽根の神殿従士、フェレシーラ・シェットフレンに対する敬意の顕れだ。


「皆、お疲れ様。ここに顔を出すのは一年ぶりかしら? 初めての人はよろしくね」


 一斉に成されたそれを見届けて、俺の隣にいた少女がニコリとした笑みを皆へと向けた。

 

「そこの貴方はハンサ副従士長ね。遅くなったけど、二級従士への昇格おめでとう。そろそろ従士長からの、一級試験への推薦も視野に入ってきてるのでしょう?」 

「はっ! 仰るとおり、自分はハンサ・ランクーガー副従士長であります! この度は正式に公都での試験を経て、二級神殿従士への――」 

「いいから、いいから。楽にして。皆も肩肘張ってないで、普段どおりにしてちょうだい」 

「では……お言葉に甘えて、仰せの通りに」

 

 気さくな調子のフェレシーラの言葉に、男が応じる。

 そして手慣れた動きで喉元の金具を外すと、兜の前面を解放してきた。 

 

「久しぶりですね、教官。一年会わない間に、背も伸びたようで」

「あら。普通そこは美しくなられたようで、じゃないの?」 

「それは元からですので、割愛ですよ。ああっと……総員、武器納め!」 

 

 そのやり取りの途中、バイザーをヒョイと持ち上げての号令が発された。

 それに従い、待ってましたとばかりにその場にいた全員が姿勢を崩す。

 

 鞘付きの武器はそれに納めて、空いた手を後ろに組み。

 長物を手にしていた者は、杖のようにして柄を地に突き立て。

 槌鉾メイスなどを携えた者は、両握りで後ろ手に回し。

 

 それから皆して、フェレシーラと俺、そして肩に乗るホムラをマジマジと見つめてきた。

 

「うおー……あの人が公国唯一の白羽根従士か。可愛いって話は聞いてたけど。思ってた以上に、わっかいなー。いま、幾つなんだっけ?」 

「十七歳よ。つまりあんたより三つ下。九歳で従士見習いとして入殿。教団規定のせいで十二歳でのご誕生を待っての最年少従士認定。その後半年ごとの試験を最短で合格を繰り返して、ユーセラス教皇聖下より直々に白羽根として拝命されたのが二年前。十五歳のときね。これ、今後の従士教本にも載せられるって噂だから」 

「へっ、さすがは白羽根おっかけ従士と言われるだけあるわな。噂の聖女様の話になるとすぐこれだ……ていうか、横のチビは誰だ? 見た感じ、季節外れの新人ってわけでもなさそうだけど。あいつの肩に乗ってんの、あれ、グリフォンの子供だろ」 

「あ、みてみて! あの子、いまこっちみたみた! しっぽ、かーわいー! やーん! グリフォンってどんな鳴き声なのかな? ピーピー? がおがお? それとも、みーみー?」 


 ……あー。

 この人たちも、なんていうか……

 冒険者ギルドの人たち並か、それ以上にグイグイくるな……!

 

 ガヤガヤお喋りしてる間にも、こっちとの距離がドンドン詰まって来てるぞ。

 さすがにリーダーっぽい板金鎧プレートアーマーの人よりは前に来ないけど。


 ていうか、いまこの人……フェレシーラのこと、教官って言ってたよな?

 

 左右に開かれた兜から覗く、黒髪と黒目。

 身長180㎝ほどの屈強な男を前に、俺は反射的に軽く身構えてしまっていた。

 

 背の高さ自体は、アレクさんよりやや低いか。

 しかし全体的には骨太な印象であり、重厚な鎧姿も相俟ってむしろ彼よりも大柄に思える。


 歳は二十歳より少し上だろうか。

 大雑把に刈り上げられた髪と彫りの浅い茫洋とした面立ちが、その体躯に反した若干のアンバランスさを醸し出している。

 

 得物は柄が長く取られた大振りの剣。

 バスタードソードとも片手半剣とも呼ばれる、中庸の剣だ。

 片手で振るえば素早く敵を切り裂き、両手で叩きつければ標的を豪断する。


 そう言ってみると、かなり聞こえはいいが…… 

 実際に扱うとなると、重心の取り方からして普通の剣とは大きく異なるため、扱いには相応の習熟を必要とする類の武器だ。

 生半可な腕で振るったところで、帯に短し襷に長し、といった結果に終わる代物だろう。

 

 ……という話を、俺が以前この武器に憧れて手を出そうとしたときに、師匠から『フラムくんには向かないとおもうなー』という台詞と共に聞かされて、しばらく凹んだ記憶がある。

 なので俺の中では、「バスタードソードを使える人」=「腕が立ちそう」という図式が成り立ってしまっていた。

 

 そうした至極個人的な見解もあって、ハンサ・ランクーガーという男が与えてくるインパクトは、並み居る神殿従士の中でも頭一つ抜けたものがあった。

 

「さて。いつまでもここで団子になっていても仕方ない。後の話は、あっちでやりましょうか」


 彼はそう言うと、その背後に構えていた小さな砦を親指で指し示してきた。

 どんな用件があるにせよ、このままでは人目が多すぎるとの判断だろう。

 あと単純に、部下と思しき周りの人たちをサボらせないためにってもあるか。

 

「あーっ! 副従士長! 自分だけズルイですよ! 俺たちだってフェレシーラ様に――」

「喧しい、愛弟子特権だ」


 その提案に不満を洩らしてきた年若い鎧姿の従士を、ハンサは一言で黙らせた。

 

「そらそら! 他の奴らも、散った散った! 休憩の時間までもう少しだぞ!」 

 

 そこに続いた言葉に、周囲にいた者たちも無念の表情となり散開し始める。

 ゆるい雰囲気のわりに、上下関係はしっかりとしているようだ。

 緩急つけていかないと、これだけの人数はまとめ上げられないってことなんだろうけど……


 そう歳を食っている感じもしないのに、大した統率力だと言わざるを得ない。

 

「ごめんなさいね。時間が作れたら、また見学に来させてもらうから」

 

 とぼとぼと持ち場に戻ってゆく従士の背中へと、声がかけられた。

 その声に、鎧姿の従士が振り向く。

 振り向くも、彼はしばらくの間、それが自分に対して向けられたものだとは理解出来ていないようだった。


 声の主は言わずもがな、フェレシーラだ。

 にこやかに微笑む彼女を前にして、それでようやく彼は事態を把握出来たらしい。

 

「へ――あ、は、はいっ! じ、じぶんでありますか!?」

「ええ。今日は突然で話も出来なかったけど……お勤め、皆と一緒に頑張ってね」 

「は、はははは――はい! ガンバリマス! オレ、ガンバリマス! オツトメ、ミンナトガンバリマス!」


 憧れの白羽根からの労いの言葉に、舞い上がってしまった……といったところだろうか。

 彼は四肢をカチコチにしながら、その場を180℃転換して進み始めていた。

 そこに同僚の従士や神官――中には魔術士らしき装いの者もいる――が、先程彼が口にしていたように「ずるいずるい!」と叫びつつ、「ふへへへ」と締まりなく浮かれる笑顔に向けて一気に押し寄せる。

 

 その様子を、ハンサは苦笑を浮かべながらも、小さな跳ね橋の上より見守っていた。

 

「まったく……従士長がいないとすぐこれだ。すみませんね、騒々しい奴らばかりで」 

「いいのよ。突然押しかけたのはこっちだもの。それよりも……二人ほど、貴方の見立てでお願い出来ないかしら。それぞれ違うタイプで、一対一にも強い人を」 

「なるほど。そういうことでしたら……」 

 

 すぐに追いついてきたフェレシーラの要求から、来訪の意図を察したのだろう。

 

「ミグ! イアンニ! お前たちはこっちだ! それと術士組は二人ずつ、十分交代で負傷救護待機! 手が足りなければ、教会に行って俺の名前で人回してもらえ!」 

 

 ハンサが周囲に鋭く指示を飛ばす。


 今度の命令には、誰も不平は洩らしてこない。

 神官が必要という内容で、茶化してよい話ではないことを全員が理解したのだろう。

 

「さすが。先生と従士長の人を見る目はたしかだったようね」 


 従士たちの見せた一連の動きに、フェレシーラが満足げな様子で格子の上がった門をくぐってゆく。 

 教会を訪れていたときと比べても随分とリラックスした雰囲気だ。

 どうやら、いつもの彼女に戻ってくれたらしい。

 

 その光景に胸を撫で下ろしつつ、俺は小さな砦の中へと足を踏み入れていった。

 

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