105.円滑なる取り決め


 門を抜けて少し歩くと、すぐに石造りの建造物へと突き当たった。

 縦横15mほどの、平屋建ての簡素な建物だ。

 入口は木製の押戸となっており、窓の類も見当たらない。

 

 それ以外の敷地は、訓練用のスペースに割り当てられているのだろう。

 射的用具が揃った台と的を見るに、弓術場としても利用されているようだ。

 

「ここであれば、込み入った話も出来るでしょう」 

 

 ハンサに続き室内に入ると、日光も殆ど差し込んではいなかった。

 

「おっと……明かりは……これと、これか」


 いつもは他の者に準備するのが常だったのか、彼は多少覚束ない足取りで部屋の中を進んでゆくと、壁掛けの水晶灯を起動させていった。


 充填式の水晶灯。

 スイッチに刻まれたアトマ文字さえ理解出来れば、誰でも点灯できる代物だ。


 パチリとした微かな音があり、部屋の中はすぐにアトマの燃える青白い輝きで照らし出された。

 

「以前は一対一用の試合場として、毎日のように開放していたんですが。最近は魔物の動きが活発になってましてね。上からのお達しで、ペアでの野外連携戦闘に注力しろってことで暫く放置してましたが……ま、教官が本気にでもならなければ、特に問題はないでしょう」 


 ハンサの言葉に耳を傾けつつ視界を巡らせるとそこには二重の白線で囲われた、石畳の試合場が広がっていた。 

 

 内側の線の中が、試合のためのスペース。

 その外側には木製の長椅子が置かれているところを見ると、観戦者のスペースに違いない。


 内壁は外側と同じく石造り。

 しかし良くみれば、壁のそこかしこに魔法陣が刻まれている。

 恐らくは、充填型の対抗術法式。

 アトマを用いた攻撃全般への防護を目的としたものだろう。


 結構厳重に施してあるみたいだし、手甲での擬似『熱線』程度じゃ貫通出来ないかもしれないな、ここの壁……


「そういえば昔、そんなこともあったかしらね。あれってたしか、初めて貴方と顔合わせしたときだったかしら? 先生と従士長にイキのいい奴が入ったから相手してやれって言われて……あのときは後片付けで大変だったものね」

「すんません。その話よしてもらえますか? あばらの辺りがズキズキしてくるんで。俺、片付けに参加できる状態じゃなかったんで」


 懐かしそうに試合場を見渡すフェレシーラを余所に、ハンサが腹を押さえて呻く。

 教官呼びといい、愛弟子発言といい……

 やっぱり、この二人は以前からの知り合い、旧知の仲、ってヤツらしい。

 

 ……まあ、フェレシーラは聖伐教団に所属していて、最高位の神殿従士なんてものをやってるんだ。

 知り合いなんて、大勢いてもおかしくない。

 うん。

 だからこんなやり取りは、きっと普通のことだ。


 ていうか後片付けが大変って……こいつまさか、ここの防壁をめちゃくちゃにしたとかなんだろうか。

 もしくはフェレシーラが派手に損壊させたから、防護の魔法陣が組み込まれた可能性もあるか。

 なんにせよ、ハンサって人が大変な目にあったのは確かだろうな……


 そんなことを考えつつも二人から距離を取り、白線の外で立ち尽くしていると、


「ハンサ副従士長」 

 

 横合いから、大型兜グレートヘルム(なんかバケツに似てる)を被った従士が大きく進み出てきた。

 身の丈2mはゆうにあろうかという、長身の男だ。

 前面と関節部の装甲を補強した鎖帷子チェインメイルに身を包んだ大男だ。

 手には鎚矛メイス大盾ラージシールドを携えているが……その全てが子供の玩具に見えてしまうほどに、背が高い。


 鎖帷子チェインメイル左胸には、青銅の剣の紋章が刻まれている。


 渋めの声から、歳はちょっと想像がつかない。

 しかしそれほど高齢でもないだろうことは、仕草や雰囲気から伝わってくる。


 最低限の機動力を確保した上で盾を操り攻撃を跳ねのけつつ、持ち前のパワーとリーチで獲物を正面から叩き潰す。

 そんなスタイルを連想させる、屈強な神殿従士だ。

 バケツに似てるけど。

 

「宜しければ私どもにも、フェレシーラ様への挨拶の機会をいただきたく存じます」 

「そうッスよ、副従士長!」


 長身の従士に続き、今度は茶髪の小柄な青年が口を開いてきた。

 いや……青年というよりは、まだ少年と言ったほうが適切かもしれない。

 ボサボサの髪といい、くりっとした薄茶色の瞳といい、まだ幼さが抜け切れていない容姿をしている。

 

 年齢はおそらく十四、五歳ぐらいだろう。

 身長も160㎝届くか届かないか、といった感じで……俺よりも低く見える。 

 低く見える。


「バケツパイセンの言うとおりッス! 自分もバチッと一発、名乗りをキメた――あだっス!?」


 そうして少年の背格好に注視していると、そこに長身の男が拳骨を落としてきた。

 勿論、十分に加減した一撃だろう。

 でも、金属製の籠手が頭上から落とされてきたわけだし、相当痛いに決まっている。

 一応少年のほうも防具は付けているけど、頭頂部が空いた額当てなので効果は薄そうだ。

 

 ちなみに他の防具はというと、内腕部や内腿を堅皮ハードレザーで覆った軽金属鎧ライトプレートときており、他二人と比べて軽装俊敏な印象が強い。

 左胸には、まだ真新しい銅の剣の紋章。

 

 腰に差した片刃剣シミターと小振りの刺突剣エストックは、状況に応じた使い分けが前提なのだろうか。 

 もしかしたら、二刀流っていうヤツの使い手なのかもしれない。


 なんにせよ、力よりも技、防御よりも攻め、といった感のある組み合わせだ。

 盾や重装備を用いる者が大多数だった従士の中では、異色の存在に見える。

 

 守りからの攻めと、攻めによる護身。

 フェレシーラの注文どおりに、「違うタイプ」という条件を満たす二人の従士がそこにいた。

 

 でも他の人も、やっぱりバケツみたいって思うんだな。

 あの兜を見ると。 

 

「そうだな……余計なお喋りはなしでいこうか」 

「はっ!」 

「はッス!」 

 

 ハンサの許可を得て、その二人が直立不動の姿勢を取ってきた。

 

「三級神殿従士、イアンニ・カラクルス。命令により参上しました。赫々たる戦歴を誇る白羽根神殿従士殿との同席を許していただき、光栄に存じます」 

「四級神殿従士、ロードミグ・レオスパイン! 自分のことは、ミグって呼んでください! それと、右に同じくッス! ……カクカクってどういう意味ッスか?」 


 ごめん、それは俺も聞きたい。

 多分ド派手なとか、凄く目立つって意味だろうけど……うん、さっきから手足をカクカクさせてるけど、それだけは違うだろって断言出来るぞ?


 そんなどうでもいいことを考えていたら、フェレシーラが二人に向かって頭を下げていた。

 

「初めまして、イアンニ、ミグ。私はフェレシーラ・シェットフレン。今日はハンサと貴方がたにお願いがあって来ました。まずは話を聞いて下さいませ――」 


 そこからは彼女の口より、掻い摘んでの説明が行われた。

 

「なるほど。そこの少年……フラムくんから影人調査の依頼を請けたのちに、冒険者ギルドでの討伐依頼を引き受けた、と。それで訓練の場に、神殿を選んで下さったというわけでしたか」 

 

 討伐依頼を確実にこなすために、素人同然である俺を鍛えておきたい。

 そこまでの経緯と理由を明かされて、ハンサが得心の頷きを見せてきた。

 

「それで、模擬戦の形式はどのように?」 

「まずはこちらのお浚いを兼ねて、有効打のみカウントの二本先取。場外は二回連続でペナルティで一本進呈。そちらは練習用の鉄剣、好みで盾も。こちらは短剣を。素手の使用は自由で。審判ジャッジは私が執り行います」 


 ハンサの問いかけに、フェレシーラが試合方式を述べてゆく。

 端的な言い回しになっているのは、教官として指導する際の癖なのだろうか。

 どことなく、また教会を訪れていたときの雰囲気に近くなっている気がする。

 

「む……最初から鉄剣ですか? 一応、木製の物も数を揃えていますが」 

「問題ありません。今回は基礎能力の確認と、実戦に近い形での欠点の洗い出しに焦点を置いていきますので。それと……最後には副従士長にも挑ませてもらいます」

「それは……僭越ながらお言葉ですが、フェレシーラ様」

「え、ヤバくないッスかそれ。知らないわけじゃないと思いますけど……副従士長相手じゃ、木剣でも十分に危ないッスよ……!」


 フェレシーラが告げた最後の言葉には、イアンニとミグが反応を示してきた。 

 ハンサの実力を知る彼らからすれば、それは自殺行為にも等しい宣言なのだろう。

 

 しかし俺としては相手が強ければ強いほど、望むところと言った気持ちがある。

 無論、現時点で勝てる可能性は限りなく低いことは理解している。

 理解した上で、俺はフェレシーラの期待に応えたかった。

 

 ……それにしてもこの二人、滅茶苦茶スムーズに話が進むな。

 ハンサがフェレシーラに対して、イエスマンで通しているのならともかく、必要な部分で指摘を入れつつ、テキパキと会話が進行している。


 教官と教え子ってことで、阿吽の呼吸って感じなのかな……

 

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