100.旅人、神殿へゆく


 いや待って。

 待ってください、フェレシーラさんや。


 俺の中では、冒険者ギルドってものは「国を超えて繋がる組織」ってイメージだったんですけど。

 それどころか、海も空も越えて、世界を股にかけて活躍する冒険者のサポートに日夜――

 

「いや……言われてみれば、たしかにそうだな。普通に考えたら、ゆるめの労働組合か斡旋場ってとこなんだろうし……聖伐教団ぐらいにガチガチじゃないと国家規模でやれないもんな……資金とか人材とか、湧いて出てくるわけじゃないもんな……」 

「うん、まあ、そういう話ではあるけど? ちょっと貴方、落ち込みすぎじゃない……? 一体冒険者ギルドのどこにそんなに夢見ていたのよ」 

 

 やめてくれ。

 聞かないでくれ。

 俺の抱いていたロマンは、いま割と派手に崩れ去ったんだ。


 でも、言われてみれば本当に納得だ。

 少なくともレゼノーヴァ公国の冒険者ギルドに関しては、資格とか試験とかもなさそうなのは結構衝撃的だったけど……

 そういう規律に縛られないのも、冒険者らしいっていえば、らしく思える。

 

 然したる支援もないのに「ギルド抜けます」とか言って脱退したら、何故かペナルティ発生とかヤだしな。

 最低限のルールとか、暗黙の了解やらがあるにせよ……機転と腕っぷしとを頼りに自由を謳歌ってのが、やっぱり彼らには一番似合っている気がする。

 

「ん? でも、そうなるとだぞ? それってもしや――俺も、なんか自称していいってことなのか……!?」 

「自称していいのかって……ちょっと、なに言ってるかよくわかりませんけど。名乗りたければ名乗ればいいんじゃない? 盗賊とか盗賊とか盗賊とか」

「ぐ……っ! いい加減、そのネタはやめろ……っ!」 

「ネタで言ってるつもりもないんだけど。なら他になんて名乗るのよ? まさか魔術士とでも名乗る気? 私が貸してあげた不定術法具がなければろくに術法の発動も出来ないくせに?」

「スミマセン、調子にのりました」


 ごめんなさい。

 そっちに舵切るのはもっとやめてください。

 割と本気で傷つくので……!

 

 覆しようのない事実を前に、俺は敗北を認めて頭を垂れた。

 こちらのそんな姿を前にして、フェレシーラが口許に軽く手をあて苦笑をみせてきた。


「ま、どうしても名乗りたいって言うのなら、いまはふつーに旅人でいいんじゃない? 無い袖は振れないって言うし。形だけ気取ってみたところで意味はないでしょ」 

「む……旅人か。それならたしかに、嘘はついてないな……ちょっと地味だけど」

 

 旅人。

 流浪の人。

 トラベラー。


 うん。

 こっちはこっちで自由人、って感じで悪くないな。

 でもそうなると……やっぱりマントが欲しい。   

 ここは一つ、イメージ的に。


「ピゥゥ……」


 などと考えていると、頭上の友人が囀りの声をあげてきた。

 

「あら、どうしたのホムラ。突然ブルブルし始めちゃって。もしかして、おトイレしたくなっちゃった?」 

「このポジショニングで危険な予測はやめろって。これはあれだ。お腹が空いてるんだよ」

「お腹が空いてるって……ご飯ならさっき食べたじゃない。朝どれ湖長虫レイクワームをツンツンパクパクってしてたじゃない」

「あ、いや。普通のご飯の話じゃなくて、アトマのほうだよ。ちょっと宿を出る前にうっかりしてて、今日のアトマやり、やってなかったからさ」 

「あー、そっちの話か。それはさすがに貴方にお任せだけど……でも、そんなことよくすぐにわかるわね。実はおねだりの鳴き声が違うとか?」 

「鳴き声とかは、まだ細かくはわかんないけど……なんとなくだよ。フェレシーラもわかったりしないか? 運動したがってるときとか、水を飲みたがってるときとかさ」

「うーん……私はちょっとわかんないかも。眠そうなときとかは、瞼がピクピクしてたりで伝わってくるけど」


 へー……そうなんだ。

 フェレシーラのことだから、ホムラの行動パターンも把握してるかと思ってた。

 ということは、そういう部分では俺の方が鋭いってわけか。

 

「ピ!」 

「お、ホムラもそう思うか? よーし、よし。いい子いい子だ……今日もたくさん吸って、どんどん大きくなれよー。アトマだけなら、ただで幾らでもやれるからな。ほーらチュパチュパがんばれよー、でもつっついちゃだめだぞー」 

 

 そうなのだ。

 他のことは別として、俺が指先からアトマやりをする分にはなんの労力もないし、対価が発生するわけでもないのだ。

 これでホムラの面倒を少しでも自力でみてやれるのは、経済面のみならず、気持ちの上でも結構大きい。

 まあ、さすがにホムラが自力でアトマを賄えるようになれば、物理飯のほうが大事になるとは思うけど。

 

「ふぅん……? なんとなくわかるねえ。それがバーゼルの言っていた、繋がりって奴なのかしら」 

「バーゼルがって……ああ。そういやあの自称家庭教師のおっさん、そんなこと言ってたな。じゃあ、別段俺の感覚が優れてるとかじゃないのか……」 

「それはわからないけど。もしも意思の疎通が出来るようになれば、それこそ魔獣使いみたいなことも出来るようになるかもだし、便利かもしれないわね」

「魔獣使いかぁ……俺としては、ホムラを使役したりとか、そういうつもりはないんだけど」

「例えよ、例え。気を悪くしたのならごめんなさい。そうね。貴方にとって、その子は初めての友人だものね……うん、いまのは私が悪かった。訂正します」

「いや、いいよ。悪気がないのはわかってるしさ。バーゼルのおっさんには恩も感じてるけど、ちょっと悔しくて言っただけだからさ」


 故郷の森で俺に影人の名を教えてきた、正体不明の男。

 黒衣の魔術士、バーゼルの姿を思い出しながら、俺は素直な気持ちを口にした。

 

 それにしても……冒険者の名乗りは自称か。

 そうなると色々呼び名があるのは、役割分担を明確にしたり、目指したり、自負しているもので決めたりなんだろうけど……


 もしもフェレシーラが冒険者をやっていたのなら、自称はなんになるんだろう?

 俺と違って、彼女の場合は打撃戦も神術もハイレベルにこなせるし……

 神官戦士、とかが妥当なんだろうか。


 あ、でもこいつ町の人からは『聖女』だなんて呼ばれてるもんな。

 それなら、そっちを名乗ることになるのか。

 なんか役割的に前衛だか後衛だか伝わりにくい感じもするけど……

 

 そういえば、『聖女』ってなんなんだろう。

 なんでフェレシーラのヤツだけ、そんな風に呼ばれるのか。

 これまであまり、考えてもみなかったな。

 

 でもまあ、渾名とかもわんさかある彼女のことだ。

 ギルドでも白羽根の聖女、とか呼ばれていたし。

 戦姫いくさひめってのはまだいいとして、猛禽さんだの殴殺さんだなんて……

 そんな物騒な渾名じゃ、町の人たちも呼びにくいだろうしな。


 聖女っていうのは、妥当な線なんだろう。

 神殿従士って呼び方になると、他にも当てはまる人が大勢いるだろうだし。

 

「なにはともあれ、よ。そういうことだから、あまりここからはグズグズしていられないわ。今日は神殿に行っておかないとだから」

「ん? 神殿にか? ここで影人の討伐に専念するなら、馬車とフレンの引き取りはまだ先になるけど、なにか別の用があるのか? 出かけるって言うんなら、俺はまた魔術の練習でもしておくけど」

「なに呑気なこと言ってるの。貴方も来るのよ」

「あなたもって……え? 俺も神殿に行くのか? でもあそこって、教団の人たちしか入れないんじゃ……」

「基本的には、そうね。でも話を通せば一般人も立ち入ることは出来るから。そうね……暫くはあっちで厄介になったほうが効率的でしょうし。荷物も全部持って、移動開始よ」


 そう言うと、フェレシーラは椅子代わりしていた寝台から立ち上がってきた。

 

「あっちで厄介にって……それって今日から、神殿で寝泊まりするってことか?」 

「そうよ。それについて、なにか不服でも?」 

「や。それはまったく。って言うか、宿賃もかからないだろうし、個人的な興味もあったし……俺としては願ったり叶ったりってヤツだけど……でも、なんでいきなり神殿に移るんだ?」

「そんなの、決まってるでしょう」 

 

 クエスチョンマークを頭上に浮かべ続ける俺を前に、彼女は再び腕を組み……


「貴方を鍛えるためよ。徹底的にね」 

 

 その言葉と共に、ニンマリとした笑みをみせてきた。

 

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