99.再びの旅路のために
あの時、ギルドにて町の周辺に潜む影人の存在を俺とフェレシーラが知った後のこと。
影人の調査実績造りを兼ねて、依頼を受注するか。
それとも「影人の存在に気がつかなかったフリをして」そのまま町を出立するか。
その二択で迷っていた俺たちに、ギルドマスターはこう告げてきた。
「ミストピアではもう何度となく影人が出没しており、その度に駆除されている」
「初めのうちは危険度も高くなく、新種故の物珍しさも手伝って人気の依頼となっていた」
「しかしそのうちに、危険度にも波が出てきたことで、次第に不人気な依頼となってきった」
さしたる旨味もなく、リスキーなだけの依頼など誰も相手にはしない。
だからお前たちも、興味本位であればやめておけ。
ギルドマスターからすれば、それはそうした忠告の意味合いもあったのだろう。
聞けば彼は、十年以上ミストピアのギルドを取り仕切ってきたという。
故に開示された情報の数々が、冒険者を無用の危険に晒したくないと想いの顕れであることは、素人である俺にもはっきりと感じ取れた。
しかし俺たちにとって、その情報は別の価値をもっていた。
「影人が出現し始めたのがつい最近だったのなら……強引に公都を目指しても、言い訳も立ったのでしょうけどね」
寝台の淵で器用に腕組み足組みして、フェレシーラが言ってきた。
「さすがに一月近く前からギルドでの対処が続いていたとなると『調査はしてたけど、ぜんぜん気付きませんでした』なんて言い分、無理があるもの」
彼女が俺の住んでいた『隠者の森』を訪れてきたのは、今から一週間ほど前。
そのときは、このミストピアに立ち寄ってあたとの話だったが……
この神殿従士の少女は、飽くまでも『謎の人型の魔物』の討伐を目的として森に出向いてたのだ。
その時点ではまだ影人の討伐依頼は、ギルドでも人気のあった仕事。
教会へ申請するより安価で討伐されており、独占状態で処理されていた、とのことだった。
それ故、聖伐教団側には影人に関するまともな情報が回ってきていない状態だったらしい。
無論、見回りの神殿従士が徘徊する影人を駆除するケースも、あるにはあったようだ。
しかし相手はあの影人。
斃して暫くしてみれば、跡形もなく死体が消え失せており、なんの形跡も残らないとあれば。
それを「影人だ」と指摘する者もなく「正体不明の、しかし、大した脅威にもならない魔物」として然したる調査も行われていなかったのが現実だ。
そんな情報を、俺とフェレシーラは教会から仕入れて宿に戻ってきていたのだ。
だがそれも、いまとなっては過去の話。
影人の詳細な情報はともかくとして、その存在自体はミストピアの人々にも広く知れ渡っている。
おそらく俺たちも、昨日なんのトラブルもなく町での聞き込みを行っていれば。
きっと簡単に、影人の情報を入手していたことだろう。
そんな状況で町を離れていれば……今後、色々と面倒なことになっていたに違いない。
「教団本部の人たちは今頃きっと『伝達』の魔術で私の定期報告をみて、盛大に勘違いをしている真っ最中だと思うわ。フェレシーラ・シェットフレンは『隠者の森』で影人に出くわして……その正体が気になって、影人が出現しているミストピアでの調査依頼を引き受けたに違いない、ってね」
「だからここで影人を無視出来ないって話だろ? それは俺にも、わかるんだよ。でも……でもな! だからって、勝手にギルドに登録なんてされたらなぁ……!」
フェレシーラから順を追った説明を受けて、それでも尚。
俺は納得出来ずに、彼女の視線を真っ向から見返していた。
「アレクさんの誘いを断った俺の立場は、どうなるんだよ!? 俺、あんだけ大見得切って、冒険者にはなれませんって! 『雷閃士団』の人たちに言っちゃったんだぞ!?」
今度は感情に任せて、テーブルこそ叩きはしなかったにせよ、
「ああ、くそ……思い出したら、マジで恥ずかしくなってきた……! なにが『謹んでお断りさせていただきます』だよっ!」
正味の部分で言いたかったことを吐き出し終えて、俺は一人悶絶していた。
いや本当に勘弁して欲しい。
冒険者パーティーへの勧誘を断った次の日に、ギルドに登録して仕事を受けるとか……俺の面の皮を削り落とす気か、こいつは。
「ああ、そういえばそんなこともあったわね。なるほど、それで怒っていたのね。理解理解。納得納得。それはたしかに、仕方ないか」
「や……べつに、怒るとまではいってないけどさ。単に恥ずかしいっていうか、立つ瀬がない感じで居心地がわるいっていうかだな……」
「ふぅん。それくらい、あの人たちは気にしないと思うけど? 私に頼んだ依頼を遂行するためにギルドを活用したって言えば、それで通る話だし。それとも貴方……『雷閃士団』のメンバーが、その程度のことで腹を立てたり、馬鹿にしてくる人たちだと思っているの?」
「……それは」
フェレシーラの問いかけに、俺は返す言葉を持たなかった。
彼女の言うように、アレクさんは俺の行動を馬鹿にしたりはしないだろう。
彼がそんな人であれば、あんな夢を見ることもなかったはずだ。
「そうだな。お前のいうとおりだ。アレクさんなら、きっと笑って聞き流してくれると思う。ごめん、フェレシーラ」
自分の浅はかさに小さく溜息をつき、俺は謝罪の言葉を口に昇らせた。
「登録の手続きしてくれたのに……責めるだなんてお門違いだった。毎度のことだけど……ありがとう、助かったよ」
先程フェレシーラが見せた、苛立ちにしても。
ギルドへの登録と、依頼の受注にしても。
それはすべて、公都を目指すという俺と交わした約束から来たものなのだ。
そのことに感謝こそすれ……非難するなど、もっての外だ。
「ん。わかればよろしい……顔をあげて、フラム。今回は私も勝手をしたもの。だからこれでお相子にして、これからの話をしましょう?」
腕組みの姿勢からそれをほどき、彼女はそう提案してきた。
俺はそれに、頷きで返すことしか出来ない。
ちっぽけなプライドに拘って、本当に自分が恥ずかしくなるとはこのことだろう。
いま俺に出来るのは、一刻も早くギルドの依頼を達成して、旅を再開することだ。
それが彼女の心遣いに応える唯一つの方法であり、目的なのだ。
あらためて、俺は思考を切り替える。
「わかった。これからは影人の討伐を第一に考えて動くよ。あ、でもそういえば……俺ってどういう形で、ギルドに登録されてるんだ? なんかアレクさんたちも名乗ってたけど、魔剣士とか魔術士とか……あんな感じで、職業設定とかされてたりするのか?」
「なに言ってるの。職業なんて冒険者、で終わりよ。戦士だとか盗賊とかは、あんなの自称に決まってるじゃない。役割分担を明確にするため、っていうのもあるんでしょうけど。大抵は皆、好き勝手に名乗っているだけだもの」
……え。
なんだそれ。
職業は冒険者で、他のは自称?
……いや。
いやいやいやいや。
「いや……さすがにそれは、いい加減すぎないか? なんかこう、名乗るためには資格とか試験とかランク制度とか……あ、そうだ! アレクさんは昔、冒険者になるために道場に通ってたと聞いたし! 魔剣士になるのも、パーティーを作るのにも、色々試練を超えないといけないんじゃないか!?」
「知らないわよ、そんなの」
「知らないって……いや、そこは大事なとこだろ! 世の中の仕組みってヤツだろ!?」
「だから、知らないものは知らないんだってば。博覧強記の学士さまじゃあるまいし。聖伐教団のことならとにかく、冒険者ギルドの仕組みなんて聞きかじったことしかわかんないもの。それに彼が修行を積んだのは、メタルカ共和国でしょう? なら、余計にわかるはずないじゃない。ギルドの決まり事だって、国が違えば変わってくるものだし。ラ・ギオなんて、冒険者ギルド自体なかったはずよ」
「ギルドがないって……えぇ……」
フェレシーラからもたらされた怒涛の衝撃発言に、俺は声を失うしかなかった。
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