98.依頼受注(済)


 湖畔の町、ミストピア。

 レゼノーヴァ公国最大の淡水湖である『貪竜湖』と接したその地を訪れて、早三日のこと。

 昨日も寝泊まりしていた石造りの宿の一室にて――


「まさか、こんなことになるだなんて……影人調査の申請がやたらすんなりと通った理由は、これ《・・》だったのね……」


 フェレシーラは、肩をがっくりと落としていた。

 その横の床には、すべての手荷物が放り出されている。

 そしてそれは、ホムラを肩に乗せた俺にしても同様だった。

 

 ちなみに装備はちゃっかり『貪竜の尻尾』で購入・調整を済ませた走竜の肩当てと合革防具で一新している状態だ。

 まだ少し独特の薬剤臭さはあるが、むしろそれが新品って感じで悪くない。


「つまり、今回のはあれか……俺が教会に依頼を出した時点で、影人はもう『この町の周辺で発見されてたから』、『新種扱いされたら申請通過に時間がかかっていたかも』って心配は、無用だったってわけか。なるほどなぁ……」 

「そういうことね。まったく、ぬか喜びもいいところよ……お陰でこっちの計画、ぜーんぶ練り直しだし! アレイザに着くまでに必要な物だって、もう先回りして用意させておいたっていうのに……!」

 

 ぼすん、と寝台に腰を降ろして、フェレシーラは尚も続けてきた。

 

「あそこで影人の討伐依頼なんて持ち出されたら、無視出来ないじゃない! こっちはただでさえ、教会での申請をごり押ししまくった後だってのに……あー、もう!」

「気持ちはわかるし、俺も残念だとは思うけどさ……ちょっと落ち着けって。コイツもびっくりしてるだろ。なあ、ホムラ」 

 

 珍しく八つ当たりでもし始めそうな少女を宥めつつ、俺は竜革の肩当に掴まりパチパチと瞼を瞬かせるホムラへと声をかけた。

 

「それにしても、すごいタイミングで耳に入ってきたよなぁ。まさかこの町の周辺でも、影人が出没してるだなんて……びっくりだよな」

「ピ! ピピィ!」 

 

 同意を求めて赤茶の翼を撫でつけると、小気味のよい囀りが返されてきた。

 まるでこちらの言葉を、すべて理解しているかのような反応だ。

 そんな友人の溌剌とした成長ぶりに、目を細めつつも。

 

 俺はつい昨日のことを、冒険者ギルドでの一幕を思い返していた。

 

 ギルドに持ち込まれていた影人の討伐依頼を、その存在を知った瞬間に、あれから俺たちは当初の予定していた計画の、大幅な変更を余儀なくされていた。 

 

 公都アレイザへと向かう、その旅路。

 俺の魔術的不能を解明し対処するために、フェレシーラと進むその長い道筋。

 それはあくまで、「影人の調査依頼」で擬装された代物なのだ。

 

 聖伐教団に所属する彼女の力を借りる以上、教団の意に反してことを進めるのは至難の業。

 過度に依頼内容を逸脱した行動は、神殿従士としての責務の放棄を意味することとなり……

 結果として彼女の自由を制限し、選択肢を奪う結果に繋がってしまう。


 最悪は、教団の本部から強制待機といったペナルティ――実質的な謹慎処分が課せられる可能性すらあると言うのだ。

 

 それを回避するためには、請け負った依頼をこなして行くより、他に手はない。

 影人の調査を隠れ蓑として、俺と彼女が共にいる為には、その履行が不可欠、といった次第だ。


 それを無視すれば、これまでの苦労も全て水の泡となりかねない。

 そんな現実が、いま正に俺たちの目の前に立ち塞がっていた。

 

「そうね……貴方の言うとおりよ。まずは一旦、落ち着いて考えないと。ふぅ……ありがとう、フラム」


 こちらがあまり、深刻な様子を見せていなかったせいもあったのだろうか。

 一度大きく深呼吸を行ってから、フェレシーラが再び口を開いてきた。 


「考えようによっては、あのままミストピアを出てしまうよりは、よかったのかもしれないわね。影人の存在が周知の事実と化しているのに、なにもせずに、のうのうと公都を目指していたら……それこそ開始早々の職務放棄判定で、一発アウトだったかもしれないし」

「うっへ。それはさすがに御免だな。でも……本当にあれでよかったのか?」 

「よかったのかって――ああ、依頼の重複受注のこと? それなら特に問題はないわ。複数の依頼を同時に引き受けるなんて、べつにそう珍しくもないもの」 

「いやらそれもあるけどさ。俺が気にしてるのは、管轄の問題だよ。お前って教団の神殿従士なわけだろ? それなのに、冒険者ギルド経由で仕事なんか引き受けていいのか? あとから揉め事になったりしないのか?」 

「ああ。そっちの話ね。それならなんの問題もないから、安心して」 


 あれ? 

 そうなのか。


 なんかフェレシーラの態度を見ていたら、教団とギルドっていわゆる犬猿の仲、ってヤツなのかと思い込んでたけど。

 仕事を取り合ったりとか、場合によっては依頼で衝突したりとか、ちょいちょいあったりしそうかなって思ってたんだけど。


 でもこの口振りだと、特に問題は―― 

 

「ギルドの依頼なら、貴方の名義で受けておいたから。私は単なる同行者ってことで、影人討伐ついでに調査と護衛をしとくから。だから心配は無用よ」 

「あー、なるほど。それならたしかに、なんの心配も――」 

 

 ……ん?

 あれ?


 いま、なんか……こいつ、とんでもないことを口走っていたような……?

 

「……ええと、フェレシーラさん。ちょっといまの部分……もう一度確認させてもらっても、いいですか……?」

「なによ、突然かしこまって。確認ってどの部分よ」

「いやさ。なんの依頼を、誰の名義で……ってとこなんですけど」 

「んん? だから言ってるじゃない。ギルドに来ていた影人の討伐依頼を、フラムの名義で受けておいたから、って」 


 ほう。

 

「ああ、姓はキチンと隠しておいたからそこも大丈夫よ。冒険者ギルドは公民権なしでも登録オーケーだから。聖伐教団ほど面倒な手続きもいらないの。開始日時が指定されていたのと、まだ予定の参加数を満たしていないってこともあって、仮受注扱いになっちゃったけど……まあ、不人気な依頼みたいだったし。大丈夫でしょ」 

 

 ほうほう。

 

「あ、仮受注になったのは、貴方にミストピアでの依頼の達成実績がなかったせいね。もし他に実績持ちの受注者が多数希望してきたときに後回しになる、って寸法よ。こういうのは教団にはないシステムね。適材適所で振り分けとか、似たような感じのはあるけど」 

 

 ほうほうほう。

 

「なんにせよ、ここで調査の実績を作っておけば教団への報告にも役立つから。貴方の言うとおりに考えを切り替えて、まずは影人の討伐に全力を注ぎましょう」 

 

 ほうほうほうほ――

 

「――って、ふざけんな!」 

「ピィッ!?」 


 ダンッ、と近くにあったテーブルに掌を叩きつけると、ホムラが肩から飛んでった。


 驚かせてごめん。

 でもすぐに頭に乗り直すのは、ちょっとやめて欲しい――なんてこと、考えてる場合じゃない!


「黙って聞いてりゃあ、お前なぁ! 人の名前で勝手にギルドに登録して、挙句の果てに受注まで進めてるとか……! なにをどうすれば、そんな事態になるんだよ!」

「どうすればって……え? 貴方、いまの説明聞いてなかったの? 教団所属の私が軽々しくギルドの依頼を受けるわけにはいかないから、貴方に受けてもらっただけなんだけど」

「それは……わかるけどさ! けど、俺が言ってるのはそういうことじゃなくてだな……!」

 

 キョトンとした表情を見せてきたフェレシーラに、俺は一瞬、口籠ってしまう。

 それを見て、神殿従士の少女が眉を顰めてきた。

 

「けど、けどってなによ。たしかに断りもなしにフラムの名前を使ったのは悪かったわ。でも貴方だって、あの時ギルドマスターから状況の説明は受けたでしょう?」

「う……それは、まあ……」


 フェレシーラの指摘に、俺は言葉を詰まらせるより他になかった……


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