96.再び角へ


「お買い上げ、まことにありがとうございます。お気に召されたようでなによりです」


 こちらが購入を決めるや否や、待ってましたとばかりに店主が恭しく頭を垂れてきた。

 そして堅皮ハードレザーの肩当てを受けとると、彼は満面の笑みで告げてきた。


「それでは早速、仕上げにかかりますので……そうですね。少し余裕をみて、三十分ほどお時間を頂戴いたします。それと……お代のほうは、教会のほうに回されますか?」 

「いえ。ここは即金で私が」

「畏まりました。ではこちら金額のほうが工賃込みで――」

 

 そこから先は、再び店主とフェレシーラとのやり取りとなり……


 引き取りの時刻を決めたのち、俺たちは再び『貪竜の通り道』へと舞い戻っていた。


 ちなみにあの後『貪竜の尻尾』の店主の申し出で、俺が身につけていた防具の類いは合革製の新品と取り替えてもらえることになった。

 革製のベスト、ブーツやズボン等、諸々がすべてがだ。


 なんでも新商品の試しとして作ったものらしく、ちょうどサイズを決めて展示する予定だったらしいが……使い心地のほどを確かめて、良好であればフェレシーラから聖伐教団にアピールして欲しいのだとか。


 冒険者が主な商売相手だとばかり思っていたが、この『貪竜の通り道』にある店の殆どが教団を大口の取引先にしているらしい。


 なので、教団への影響力のあるフェレシーラに売り込みが出来れば試作品の一つや二つ、無償で提供したところで然したる出費にもならない、というのが店主の主張だった。

 

「さて……三十分か。昼食にするにはまだ早い時間ね」


 そんな店主の提案に首を縦に振り、フェレシーラは上機嫌で往来を進んでいた。


 彼女にしてみれば、元より一通り俺に装備を新調させるつもりだったらしい。

 だが、走竜の肩当てが少しばかり値の張る代物であったため、これ以上は俺が遠慮すると考えて思い留まっていたようだ。


 そこに、無償での装備提供の話が舞い込んできたのだ。

 渡りに船とは正にこのこと。

 当然俺も喜んで試着者役を引き受けて、今に至る……という次第だった。


「そうね。どうせなら、もう少しここらを案内しておこうかしら」

「お、それは嬉しいな。ここってぱっと見ただけじゃ、なんの店かイマイチわかんない場所も多いし……お! あの、翼の看板のヤツとか! 人、いっぱい出入りしてるな!」 

「はいはい。走らない、走らない。ホムラがびっくりしちゃうでしょ。あそこはね――」 

 

 大通りに立ち並ぶ看板を前に、俺は嬉々としてフェレシーラに質問を浴びせかけてゆく。

 

「ふむふむ。『翼』が道具で、『舌』が食料品。『胃袋』が食堂。『瞳』が情報屋で、『塒』は宿。『牙』と『鱗』、『尻尾』の他には『爪』も武具、か……」

 

 さすがに一つ一つの店を見て回る時間はなく、ざっと一通りという流れではあったが……

 それでもフェレシーラの説明のわかりやすさもあり、俺は大まかな通りの構造を理解するに至ってあた。

 

「しっかしまあ、よくもこれだけそれっぽい名前を付けたもんだな。これだと覚えるのもすぐって感じだけど……もしかして、他の町でもこの手の場所は同じような名付けかた、してるとかなのか?」 

「そうねぇ。町によっては似たようなパターンも見かけるけど……それでも、竜の名前を冠している店はこのミストピアぐらいのものよ。ここらの店にしても、最近はこじ付けっぽいのが際限なく増えてる状態だし」 

「なるほどなぁ。先にいい感じの名前を取られたら、後続の店は苦労するってことか……あれ? そう言えば……まだ、アレがないな。アレが」

「あれあれ言われても、全然わかんないんですけど。ああ、もしかして――これ《・・》のこと?」

 

 こちらの言わんとしたことを、察してだろう。

 フェレシーラが両の人差し指を「ピーン」と頭上に掲げて、こちらに見せつけてきた。


「そうそう、それそれ。竜って言えば、立派な角が生えてるのがお決まりだからな。『貪竜の角』って店が、どこかにあるんだろ? たぶんでっかい店なんだろうけど……どこだ? 一通り見て周ったのに看板もなければ、それっぽいのも見えないし。勿体ぶってないで教えてくれよ」

「勿体ぶるって、貴方ねえ……」

 

 一際派手な店を期待しての俺のおねだりに、しかし何故だかフェレシーラは、大きなため息で応えてきた。

 

「えぇ……なんだよその呆れ切った顔。俺、そんなに変なこと聞いたか?」

「聞くとか、そういう問題じゃないし。少しは自分で考えてみたら?」 

「むむ……自分で考えろって、なんだよ。こんな時に、謎解き――ってワケじゃないよな」


 発言の意図を察しかねての俺の質問にも、彼女はツーンと横を向いて答えてはくれなかった。

 おーい……なんだこの人。

 話の途中でいきなりヘソ曲げてきて。

 俺、そんなにコイツのこと怒らせるようなこと、言っ――

 

 あ。

 

「ごめん、フェレシーラ。ちょっとだけ……ホムラを頼む!」 

「はいはい……いってらっしゃーい」 

 

 不意に脳裏を掠めていった、騒々しくも眩しい光景に衝き動かされて……


 俺はフェレシーラへとホムラを預けて、大通りを駆け出していた。

 



 人波を縫うようにして進んでゆくと、見覚えのある曲がり角が視界に入ってきた。

 同時に、真っ昼間から打ち交わされるあの喧騒と熱気が届いて来る。


 貧民街スラムへと伸びる、裏路地の入口のほど近く。

 即ち『貪竜の通り道』の頭頂部を司る、『貪竜の角』の正体。


 それは昨日、俺が訪れてい冒険者ギルドの呼称に他ならなかった。

 

「うっへ……マ、マジだ……か、看板どころか、い

入口の真上に、デカデカと書かれてるし……」 

 

 石造りの建造物の前で「ぜえぜえ」と荒く息を吐きながら、俺は竜の角を模したのであろう壁面の意匠を見上げつつ、遅まきながらその事実を確認していた。

 

「あーあ。結局はこうなっちゃうんだから。折角のんびり楽しんでいたのに……台無しじゃない」

 

 通路の脇にしゃがみ込んで呼吸を整えていると、フェレシーラがホムラを抱えてやってきた。


「いやいや……また一人で走り出したことは謝るけどさ」


 こんな場所に用はない。

 そう言わんばかりの彼女へと向けて、俺はため息混じりの返答を行う。


「お前って、ほんっっっっと。冒険者のこと、嫌いなのな……」

「べっつにー。あっちが色々と勝手に噂してくるから、相応の対応を取ってるだけよ。好きでも嫌いでもないもの。あと、私が嫌いなのはギルドのほうだから」

「いやいや、結局嫌ってんじゃねーか……でもまあ、店の名前に気付いてなかったのは俺が悪かったよ」

「そうね。まさか私も、こんなに派手に喧伝されてる代物を見落としているだなんて思ってもみなかったわ。いつもは行く先行く先で、小っさな子供みたいに目を輝かせてるくせに……ねー、ホムラ。あなたもそう思うでしょー?」


 同意を求めてホムラを「たかいたかーい」する少女を前にして、俺は口を噤むことしか出来なかった。

 昨日、俺は結構な時間このギルドに滞在していたわけだが……

 

 エピニオたちに連れ込まれたときは、店の外観を確認する余裕なんてまったくなく。

 宿に戻る際も、なんとなくカッコつけて振り返らずに出て行ってたので、気付けるはずもなく。 

 

 結果として、こうしてまた子供扱いされてしまう羽目に陥ってしまっていた。

 ほんと視野が狭いっていうか、なんていうか……

 我ながら驚くほどに進歩がないな、俺。

 

「ほーんと、俺もお前ぐらいにバンバン成長出来ればいいのになぁ……」

「ピ?」 

 

 頭上へとやってきた友人の重みに頭を垂れていると、目の前でフェレシーラの踵が返されてきた。

 

「そろそろ『尻尾』に戻りましょうか。ここにいたって、また馬鹿騒ぎに巻き込まれるだけだし」

「あー……それだけどさ。もうちょっとだけ、付き合ってくれないか」

「付き合えって……まさかこのままギルドに顔を出していくつもり?」

「うん。もうここまで来たんだし、どうせならアレクさんたちがいないか見ておきたいって言うか……やっぱり、出来れば町を出る前にもう一度挨拶しておきたいかなって」

「それは、まあ……うん。たしかに必要ね」

 

 断られて当たり前、もののついでのお誘い。

 そんな軽い気持ちで持ち出した俺の提案に、しかしフェレシーラは意外にも納得を示してきた。

 

「え、いいのか? ギルドが苦手ってことなら、俺だけ行ってきてもいいんだけど。もしアレクさんたちがいても、一言二言で済ませて帰ってくるつもりだし」

「なにそれ。誘っておいて、人がオーケー出したのに普通そんなこと言う? 私の顔色なんて窺わなくていいから、いいからとっとと中に入りなさいよ。こっちだって一応は世話になったんだから、挨拶ぐらいどうってことないもの。お別れの挨拶ぐらいならね」 

「ちょ、お前なにそんなにプンプンして――って、そんなに押すなって! ホムラが落っこちるだろ!」


 まるで盾代わりにされるような形で、彼女に背を押されながらも。


 俺はそうして再び、真昼の宴で賑わう冒険者ギルドへと足を踏み入れていた。

 

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