97.『因縁』
「ええと……たしか入り口のカウンターを過ぎたら、すぐ酒場だったから」
町人に旅人、冒険者に商人。
十人ほどの身なりの異なる人々の合間をすり抜けて、ギルドの奥にある酒場を目指す。
陽気に祝杯をあげる冒険者に、それを盛り上げる楽士と踊り子たち。
荒くれ者でひしめく酒場は、本日も盛況な様子だった。
真っ昼間からこのテンションが日常茶飯事っても、逆に疲れそうな気もするけど……
危険と隣り合わせな仕事柄、楽しめるときに楽しんでおく、っていうのが普通なんだろうか。
やっぱり冒険者ってのは色んな意味で特異な職業なのだと、こんなところでも実感させられる。
「……っと。そうじゃない、そうじゃない。いまはアレクさんたちに出立の挨拶を――」
本来の目的に立ち返り、俺は周囲を見回す。
だがしかし、無数に置かれたテーブルを取り囲む冒険者たちの中に、『雷閃士団』のメンバーは誰一人として見当たらなかった。
「今日は顔を出していないようね」
その事実を念押しするかの如く、俺の隣に並んできたフェレシーラが呟きを洩らしてきた。
戦槌を腰に下げた彼女に、周囲の人々は特に反応してくる素振りもない。
昨日の目立ち具合からして、今日も辺りをざわつかせるかと思ってもいたが……
どうやら奥のステージで催されていた演劇が、
「押し寄せる水妖の群れを切り伏せ、ついに孤島に辿り着いた騎士と乙女の前に姿を現したるは、かの狂猛なる魔竜――貪欲なる湖水の王……」
朗々と詩人が吟じる声に合わせて、儀礼用の
その光景を遠巻きに見守るのは、白装束の少女。
「残念だけど、行きましょうか。肩当てを受け取ったら、昼のうちにフレンを迎えにいかないとだし……」
「ああ。ありがとう、フェレシーラ」
酒場の中央に聳えた巨大な柱に目を移し、俺は彼女に感謝の言葉を述べた。
夥しい数の依頼書で埋め尽くされた石の柱は、さながら季節外れの蓑虫のようだ。
それを見て、俺はふと思う。
こんなにも暇を持て余している冒険者が、数多く見受けられるというのに。
こんなにも捨て置かれている依頼が、山の様にあるのかと。
報酬の過多にせよ、依頼の危険性や理不尽さにせよ、単なる書類の放置にせよ。
誰か一人ぐらいはこの蓑虫を見てやってもいいのでは、なんて考えている内に……
「ちょっと、フラム。なに貴方、そんなもの眺めてるのよ」
不意に横からやってきた、少女の呆れ声。
「え――あ……これは、その」
俺は自分が、一枚の張り紙を手にしていたことに気付かされていた。
しかし、それでなにがどう、と返せるわけでもない。
依頼の内容は、迷い猫の捜索。
恐らくは、教会に張り出されていた無償依頼と同じような代物だ。
当然、そこに付随する報酬もたかが知れたものだ。
放置されるには、されるだけの理由がある。
単にこの蓑虫は、そうしたものが積もり積もって出来ただけなのだろう。
美味い話はそう簡単に転がっていない、というわけだ。
案外、俺と同じような気持ちでこれを見た人だって多いのかもしれない。
そんなことを考えていると、酒場の奥から喝采が巻き起こった。
熱狂の波に押されて、俺はその場振り返る。
ステージの上では、青い竜を模した衣装を身に付けた演者たちが倒れて伏していた。
その近くには、剣を掲げる騎士が一人。
邪悪なる竜に命を賭けて挑み、勝利した男の姿だ。
「かくして邪竜は騎士に討ち払われ、ミストピアの地より瘴気の雨は祓われ……騎士は勇者として王より認められ、民に迎えられ、見目麗しき姫君と共に……」
遂に訪れる、御伽話の大団円。
竪琴をつま弾く楽士たちの手が止まり、詩人の大音声が木霊する。
少し大袈裟で、ちょっと子供騙しな感のある、冒険譚の幕引きだ。
そんな出し物を、屈強な大男が、杖を握りしめたローブ姿の少女が、熱の籠った眼差しで見つめている。
ステージ上ではおひねりが飛び交い、下手糞な口笛がひっきりなしに吹き鳴らされている。
その光景に俺は目を細めながら、手にしていた依頼書をそっと元の位置へと張り直した。
「あのー……」
そこに横合いから声がやってきた。
ややのんびりとした、男性の声だ。
この場にそぐわない感のあるその声に釣られて、俺は視線を巡らせる。
するとすぐに、みすぼらしい麻の衣服に身を包んだ男の姿が視界に飛び込んできた。
見るからに自信のなさそうな表情をした、細身の男だ。
男は柱の影に隠れるようにしながら、おずおずと口を開いてきた。
「そのぅ……もしかして、そちら……なにか、仕事をお探しですか……?」
「あ、いえ。これはちょっと、気になって眺めてただけで」
どうやらこちらを――というか、フェレシーラを――冒険者だと見ての質問だったのだろう。
途切れ途切れのその言葉に、俺は慌てて首を横に振っていた。
それを見て、男がガックリと肩を落とす。
その手には一枚の羊皮紙が握りしめられており、彼が何らかの依頼をギルドに持ち込んできていたのであろうことを如実に物語っていた。
「ああ、そうですか……それはごめんなさい。ええと、そちらの女性のかたも……ち、違いましたね。ごめんなさい、ごめんなさい……」
俺の横にいたフェレシーラが、冷たい表情をしていたのだろうか。
男は怯えた様子でその場を離れると、カウンターのほうへと駆け去っていった。
「あれじゃ駄目ね」
それを見て、フェレシーラが一言で切り捨ててきた。
ちょっとキツイ言いかたではあるけど……
まあ、言いたいことはわかるかな。
彼の持ち込んだ依頼がどんな内容かはわからないし、ギルドの流儀や決まり事も俺は知らない。
だけどここは、己の命を賭けて戦う者たちが集う場所なのだ。
そんなところに仕事を持ちかけてくるのなら、もっと自信満々でハキハキと、いかにも「いい話がありますよ!」といった感じで押しまくらないと中々に厳しいだろう。
……いや、逆なのかな。
あの人も最初は、そんな風に強気で仕事を持ち込んできていたのかもしれない。
でも彼は、どこからどうみても普通の人間だ。
筋骨隆々とした荒くれ者を相手にして、何度も何度も門前払いに等しいあしらいを受けているうちに……あんな感じになってしまったのだとしても、おかしくはない。
なにせフェレシーラを見ただけで、あそこまで怯えて逃げ出してしまったのだ。
これまでに相当、怖い目にあってきたに違いない。
「そ、そこをなんとか……い、一週間以内に人を集めないと、本当にマズいので……」
「そう言われてもな。その条件が限界じゃ、ここの連中にも強くは推せんよ」
「そんな……前は皆、喜んですぐに受けてくれてたじゃないですか……!」
「前は前、いまはいまだ。どうしてもって言うんなら、もっと報酬を用意してくるんだな。この額の二倍……いや、三倍なら多少は集まるだろうさ」
「む、無理ですよそんなの……そんな金額、私のクビが飛んでしまいます……どうか、どうか……!」
見れば彼は、カウンターの前で何度も何度も頭を下げていた。
その向かい側では、ギルドのマスターと思しき初老の男性が渋い顔で腕組みをしている。
よほど危険な依頼だとか、報酬が少ないだとかなんだろうか。
そんなやり取りが、気にならないと言えば嘘になるけど……
さすがにこれ以上、ここで時間を使うわけにもいかない。
一度だけフェレシーラと視線を交わして、俺はその場を後にすることにした。
「ふーむ……そうだな。あの連中なら受けてくれるかもしれんな。まあそれでも、聞くだけ聞いてくれという体でいくしかないだろうが……」
「ほ、本当ですか! ぜひ、ぜひお願いします! 話だけでも、ぜひ! ああ、助かります! これで駄目なら、もう手数料をかけてでも教会を頼るしかなかったので……!」
カウンターを横切っていく途中、男の喜ぶ声が聞こえてきた。
どうやら彼にも希望が見えてきたらしい。
それに内心で胸を撫で下ろした、その直後、
「本当に助かります……ここの人たち、もう『影人』って名前を出すだけで、見向きもしてくれなかったんで……!」
俺とフェレシーラは同時に足を止め、互い目を見開き、顔を見合わせていた。
『君を探して 白羽根の聖女と封じの炎』
四章 完
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※特に読み専の方への呼び掛けが難しく、1エピソードごと記入は控えているので、キミサガの今後のために是非ともお願いいたします(*ᴗˬᴗ)⁾⁾ペコリ
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