95.装備、新調
なめし革から伝わってくる、薬剤由来の刺激臭を逃がす為だろうか。
通りの逆側の壁には大窓が取り付けてあり、開けっ放しにされている。
入口側に窓がないのでそこは不審に思っていたが……
案外と、通りに飲食店も多いことを考えての配慮なのかもしれない。
近くに始終キツイ臭いが漂ってくる店があったら、苦情とかきそうだもんなぁ。
まあここらは用品店が多いしお互い様ではあるんだろうけど。
しかし……ということは、店自体が木製であることにも意味があるんだろうか。
刺激臭を中和できる香りの木材を使ってるとか。
もしくは、そういった香料を定期的に塗布するのに適しているとか――
「お待たせしました。私からはこちらの品をオススメさせていただきます。どうぞ手に取って、お確かめください」
などと考えているうちに、店主が新品の肩当てを手に戻ってきた。
象牙色の毛皮をあつらえた、大きめの肩当てだ。
俺はそれを手に取り、確かめてみる。
ごわごわとした感触とボリュームのある白い毛皮だ。
おそらくは、羊かなにかの皮を素材に用いたものだろう。
だが、それにしてはかなりの厚みと重みがある。
「
肩当てを手に首を捻っていると、店主が声をかけてきた。
岩食み
荒れ地や岩地に適応する内に、草木のみならず岩や砂の類からもアトマを摂取できるように進化した生物で、その皮毛は名前が示すとおりに硬く厚い。
重さがそこそこある点と、サイズ的に若干着られている感が出そうな点は気にはなったが、これならホムラの爪も問題ない。
それになにより……値段が安いってのは、いいことだ。
「そうですね。じゃあ、これを――」
「ちょっと待って」
店主に採寸を願い出ようとしたところで、後ろにいたフェレシーラが声をあげてきた。
「オススメの商品に文句を言うようでわるいけど。私は他のがいいと思う」
「他のがいいって……俺はこれで、ぜんぜんいいけど」
「私が良くない、って言ってるの。これから夏真っ盛りって季節に、そんなモコモコの着て並ばれていたら堪らないもの」
そう言うと、彼女は俺と店主の間に割って入ってきた。
……なるほど。
たしかに、暑苦しいって思われるのはちょっとヤだな。
暑さには弱いほうでもないし、むしろ強いほうだと自分では思っていたけど。
フェレシーラにそう言われると、なんだか他を探してみてもいい気がしてくる。
でも、そうなってくると……
「他にいいのって言っても、難しくないか? 見た感じ、ここの棚にあるのはどれも厚手のが多いし」
「ここにないなら、べつの棚から選べばいいだけの話でしょう? 例えばあの、奥にある物々しい大棚の中から。よければ見せてもらえないかしら?」
「おお――これはこれは。勿論ですとも。いま鍵を開けますので、お待ちください」
悩む俺を前に、フェレシーラが店主とのやり取りへと移行する。
その視線の先は、店の奥にあった扉の横手側に向けられている。
そこには、錠前のついた黒い棚があった。
外側からはなにも見えない、金属製の大棚だ。
明らかに盗難防止を目的とした造りからして、中に納められた商品も相応の代物なのだろう。
「ちょっと待ってくれ、フェレシーラ。なにもそんな、高価そうな物が置かれてるところまで見ないでも……」
「いいから、貴方は少しそこで待っていて」
ホクホク顔で鍵を回す店主の横顔に気後れして声をかけるも、フェレシーラは取り合う様子を見せてはこなかった。
「うん……やっぱり、こっちには似合いそうなのがあるわね。思った以上に、いい仕事してるじゃない」
「これは勿体ない言葉。白羽根の聖女様のお眼鏡に叶ったとあれば、これ以上の誉れはありません。是非ごゆっくり、検分のほどを」
「そうね。ここはお言葉に甘えてじっくり――と、言いたいところだけど」
腕組みをして棚を眺めていた少女の腕が、サッと伸ばされる。
同時に、店主の表情が驚きに満ちたものとなった。
「これがいいわね。この中でも、ピカイチって感じ。これにしておきましょう」
「……これはこれは、本当にお目が高い。しかしながらこちらの品は、稀少な走竜の甲皮を手間暇かけて仕上げたものでして。大変申し上げにくいのですが、お値段のほうも相応に……」
「構わないわ。彼に見せてあげて」
フェレシーラが頷くと、店主がこちらへと戻ってきた。
その手には、黒っぽい
「どうぞ、お確かめを」
「……はい」
完全に尻込みしながらも、俺はそれを受け取り眺めてみた。
肩口の飛び出ていない、体のラインに沿って上腕の中程までをカバーするタイプの品だ。
固定方式は、胸の前でベルトを交差させる構造。
調整用の留め具は正面にあるため、付け外しも容易になっている。
ずっしりとした重みと艶を感じるのは、強度を増す為の硬化剤として油や樹脂による処理が施されているからだ。
これならば、いま身に付けている革のベストと合わせて立派な
さすがに防御面では、部位の関係もありフェレシーラの使っている胸甲に軍配があがるだろう。
でもあれって、留め具が胸の横側にあるのが何気に面倒なんだよな。
実際にもう何度となく――というか、毎日といっていいぐらい俺に着脱を手伝わせているし。
聞いた話では、一人で無理矢理外そうとしてベルトや繋ぎの鎖を駄目にしたこともあるらしい。
ちなみにその時は「ガサツなヤツ」と口を滑らせて、暫くお冠にさせてしまいました。
ちょっと言い過ぎたので、そこは反省。
その間もしっかり付け外しは手伝わされたけどな!
そういや最近では、どうかすると他の衣服の扱いまでさせてくるんだよな。
師匠もズボラなところがあったから、その手のフォローは慣れているけど。
正直、フェレシーラには頭が上がらないところがあるからな。
このままズルズルいくと、小間使いみたいになりそうでちょっと怖いぞ。
というか
いわゆるところの、遅れてやってきた成長期というヤツの影響なんだろうけど……
それは俺も同じというか、こっちは身長だってまだまだ伸びる予定だ。
そういう意味では、革製故にサイズの融通が利きそうな点もこれまた嬉しい。
「うん。いいじゃない、そっちのほうが断然似合ってるわ」
試着として肩当てを身に付けてみると、フェレシーラが笑顔で話しかけてきた。
「いや……たしかにこっちのほうが品はいいのは、俺でもわかるけど。走竜っていったら、騎乗用にも珍重されてる稀少な品種の魔物、曲がりなりにも竜の一種だろ? 値段も高い張るって言ってたし、さすがにこれは……」
「いいの。私がそっちがいいって言ってるの」
「むぅ……」
駄目だ。
この感じだと他の品を選ぶ余地はないだろう。
どちらにせよ、懐を痛めるのは彼女なのだ。
ならここはもう、純粋に防具としての性能で判断するべきだ。
それで怪我やトラブルを回避できるとすれば、結果的にはフェレシーラにも迷惑をかけずに済む。
そう自分に言い聞かせて、俺は再び肩当ての価値を見定めることにした。
走竜とは、鋭い牙と爪を備えるが、角と翼を持たない小型の竜の一種だ。
竜の
脚力に特化した彼ら走竜は、あらゆる足場での二足歩行に優れており、速度のみならず跳躍力にも定評がある。
そんな走竜が最大の武器とするのは、持ち前の機動力を活かした体当たりだ。
例え屈強なオーガーが相手であっても、正面から吹き飛ばすとすら言われる彼らの外皮は、硬くぶ厚い。
正しく甲羅の様な硬さから、甲皮と呼ばれているわけだ。
その走竜の甲皮を用いたことによる、剛柔兼ね備えた防御力。
革製品故の取り回しの容易さと、霊銀盤の追加も可能な拡張性を含めたメンテナンス性の高さ。
そしてそもそもの目的である、ホムラの止まり木としての役割。
それら全ての要素を、合わせて鑑みるに。
目の前に用意された走竜の肩当ては、総じて非常に優秀な防具だと断言できた。
これであれば、例えホムラが思い切りしがみ付いてきたとしても、なんら問題はない。
軽く試してみたところ、拳打を続けて繰り出す分にも、順手逆手の両構えで短剣を扱う際にも、殆ど動きを阻害することもなかった。
むしろ守りが厚くなったことで、必要以上に委縮して動きが鈍くなる展開も避けられるだろう。
無駄にゴテゴテしていないタイトな見た目も、フェレシーラの推薦もあってか、わりかしカッコよく見えてきた。
これに矢筒でも背負えば、それだけでいっぱしの狩人に見えそうだ。
肝心の弓を練習したことがないけど、その内に機会はあるかもしれない。
奥の棚に展示されている、黒塗りのマントとも非常にマッチしそうだが……
これから夏真っ盛りとなる季節なため、今回は断念するしかなさそうだった。
野宿での見張り番をやるときは向いてるかもだけど、いまは快速フレン号があるしな。
……冬場までにはちゃんと働き口を見つけて、また良さげなのを探してみよう。
うん。マジでそうしよう。
これも自立の為の、目標の一つにしておこう。
この肩当にしたって、かなりお高いんでしょうし……!
「よし……! ありがとう、フェレシーラ!」
一度しっかりと自分の手で試着を済ませて、全体的な兼ね合いを確かめた後に気合の声をあげると、
「これ、気に入りました……! 是非、これでお願いします!」
俺は店主に蒼鉄の短剣とベストを預けて、注文を完了した。
そうして頭を上げて、ふと隣を見てみると――
そこには何故だかこちらよりも「大満足!」といった感の笑みを浮かべるフェレシーラの姿があった。
俺と出会ってから出費続きだっていうのに、コイツも大概お人好しだよな。
案外コロッと詐欺なんかに引っかかったりしそうだし、俺が気をつけておいてやらないとな……!
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