94.貪竜の尻尾にて


 派手な物音を響かせてきたカウンターへと、俺は近づく。


「ええっと……あのー。どうか、しましたかー?」 


 よくわからないが、このまま放っておくのもよくないだろう。

 そう思い、所々虫食いとなった木製のカウンター中を覗き込んでみると――


「あて、あてててて……っ」


 そこには、床に尻もちをついた中年の男性がいた。

 紺色の前掛けを身に付けた、ピンと跳ねた口髭が特徴的な恰幅のいい男だ。


 おそらくはここの店主か、従業員だろう。

 彼はこちらに気付くと、腰をさすりながらもすぐに顔をあげてきた。 


「ああ、いえ。すみません、ちょっと驚いてしまいま――うひぃっ!?」 

 

 しかし一体、どうしたことか。

 男は俺の姿を見るなり、またも素っ頓狂な悲鳴をあげて「ズザザッ!」と壁際にまで後退りしてしまった。

 明らかに怯えた様子だが……その理由が俺にはわからない。

 

「ちょっとフラム。少し下がってなさい……ホムラと一緒にね」 


 あ。

 しまった。

 そうか。うっかりしていた。

 この人が驚いているのは、そういうわけだったのか……

 

 自分の迂闊さに呆れながらも、俺はフェレシーラに前を譲る。

 

「申し訳ありません、連れが驚かせってしまって。失礼ながら、ここから治癒の神術をおかけします。どうか御無理をなさらず、そのままで」

「お、おぉ……これは申し訳ない。あたた……おっほ、こりゃ極楽、極楽……ふぃ~……」


 カウンターの中を覗き込んだフェレシーラの詠唱に続き、その向こう側からリラックスしきった男の声があがってくる。

 ぶっちゃけ中々にシュールな状況だが……

 いまの俺にこの光景を笑う資格は欠片もないので、笑ってはいけない。


「ふぉー……生き返った、生き返った。まだ若いのに、素晴らしい腕前。さすがは白羽根の聖女様、と言ったところですな。店を継いで早々にあなたのような人にお越しいただけるとは、縁起がいい」

「恐れ入ります」


 ほどなくして『治癒』に続き『体力付与』の神術効果が発揮されると、男がひょいと身を起こしてきた。

 店を継いだという言葉からして、この男性が店主なのだろう。

 

 フェレシーラのことを一目で白羽根と見抜き、聖女と呼んでいるようだが……

 そういえば、彼女の胸甲には白羽根の紋章が刻まれているんだった。

 そこに神術の使い手という情報が加われば、わかる人にはすぐにわかる、というわけか。

 

 なんにせよ、怪我が大事に至らなくてよかった。

 そのことに胸を撫で下ろしながら、俺は店主に向かい頭をさげた。

 

「すみません、いきなり驚かせてしまって……」

「ピィー……」 


 町中で怖がる人が殆どいなかったことで、油断しきっていたが……

 いまのは確実に、俺がいきなりホムラとこの人を鉢合わせてさせてしまったせいだ。

 申し訳なさそうに首を竦める友人を両手で抱えて、俺は謝罪の言葉を口にした。


「なんのなんの。出会い頭で腰を抜かしてしまいましたが、いまは聖女様のおかげでこの通り、ピンピンしていますよ。むしろ、持病のぎっくり腰が治ってくれたやもしれません。災い転じて福と成す……といったところですかな。はっはっはっ」 


 こちらが所在なく店の片隅で小さくなっていると、店主がほがらかな笑みをみせてきた。

 気さくで明るい、話好きといった印象を抱かせる満面の笑顔だ。


 その様子を見るに、ホムラのことを怖がっているわけでもないらしい。

 単純にビックリしただけ、ということなのだろうが……

 それでもこうして丸く収まってくれているのは、フェレシーラのフォローあってこそだ。

 

「ごめん、フェレシーラ。ちょっと考えなしすぎた……次からは気をつける」

「そうね。でも、私も町でホムラの人気ぶりを見ていて、気を抜いていたから……」


 顔前で手を合わせて彼女にも頭を下げると、しかしフェレシーラは自分も同罪だとばかりに首を横に振ってきた。


 そうなのだ。

 いまとなっては言い訳になるが、もふもふとした見た目や行動の愛くるしさからか、ホムラはこちらが驚く程に町の人々から受け入れられていたのだ。


 そして当のホムラ自身も、人間に対して好意的な反応を示すことが多い。

 それもあってか特に幼い子供たちからは、「僕も飼いたいアタック」を幾度となく受けている。


 その度に俺とフェレシーラは、ホムラのことを「こわーい幻獣だぞー、大きくなったら食べられちゃうぞー」とやさしく教えてやっているのだが……


 これがまた、「おおきくなったら背中にのれそう!」とか「ゲンジュウかっこいい!」とか言われてしまい、ついつい一緒になって――

 

 って、違う。

 そうじゃない。

 いまは反省会の真っ最中だったのに、なにを俺は調子に乗っているんだ。


「と、とにかく今後はちゃんと注意するから――」 

「ああ、いいんですいいんです。そう畏まらないでください。いまのは出会い頭の事故、という奴ですので……それよりも、本日はなにか御入用でしたかな?」 

 

 俺が慌てて言葉を繋ごうとしたところに、店主がスルリと入ってきた。

 見れば既に、手を揉み合わせての接客モードに移行している。

 災い転じて……に続き、転んでもただは起きぬ、というヤツだろう。

 

 さすがは商売人だ。

 こうなるとまずは買い物をしていかねば、という雰囲気になってしまう。

 チラリと横に視線を飛ばすと、フェレシーラが「仕方がない」といった風に苦笑しつつも頷いてくれた。

 

 正直、助かる。

 助かるけど、けど……そろそろ本気で、金銭面で世話になり続けるのが心苦しい……!

 なんでもう少しぐらい路銀を弾んでくれなかったのかな、ウチの師匠は!

 人の夢に突然出てきて、びーびー泣いて逃げ回ってる場合じゃないだろ!

 こう言っちゃなんだけど、金にはぜんぜん困ってなかったくせに!

 

 ……いかん、また脱線した。

 ちょっと追い込まれて無駄に一人でヒートアップし過ぎた。

 取りあえずいまは、適当に肩用の防具を見繕ってもらおう。

 あまりに露骨な押し売りをされるようなら、そこはフェレシーラが助言をくれるはずだ。

 

 気を取り直して、俺は店内を見渡す。


 縦横10mほどの空間には、三つの陳列棚が置かれてた。

 カウンターの併設された入口側の棚には、ブーツや膝当て、腰履きといった下半身用。


 真ん中の棚には胸当てや兜、ベストに帽子、手甲やグローブといった上半身用。


 そして一番奥の棚には、ポーチにバッグ、外套といったその他雑貨品、といった品が置かれている。

 

 奥にある扉の向こうは、簡易的な工房か倉庫にもでもなっているのだろう。


 外見のシンプルさからきていた「微妙そう」と感じていた印象は、一体どこへやら。

 革製の用具であれば何でもござれといった品揃えを誇る、立派な店構えがそこにあった。

 

「ええと……じゃあ、革製の肩当があればそれを一つ。ホムラを……あ、コイツを肩に止まらせておくのに、向いてそうなのが欲しかったので。それと、この短剣を鞘ごと収められるホルダーを左肩に取り付けてもらえたら、嬉しいです。出来ればホムラに当たらないように……って、ちょっと兼ね合いが難しいですか?」 

「おお、なるほどなるほど。そういうことなら、丁度よいのがありますよ。ホルダーに関しては、いま身に付けているベスト側への取りつけが無難でしょう。そちらのお代はサービスとさせていただきますので。サイズ調整と滑り止めを入れるのに、少々時間がいりますが……そこまで手を加えずとも、問題ないでしょう」


 こちらの要望には、現実的な改善案を盛り込みつつ。

 店主はそのまま中央の棚へと向かっていった。

 それを見計らい、フェレシーラがこちらに耳打ちをしてくる。


「この分だと、思ってたよりもスムーズにいきそうね。商品の出来栄えも派手さよりも機能重視。品数は多くないけど、これっていう主流の品はキッチリ押さえてあるし……カスタマイズへの対応も柔軟。結構な当たりよ、この店」

「なるほど……言われてみると、いかにも量産品ですって感じのものは殆どないな。ん……? 防具店なのに鞭の類いはあるのか。『貪竜の尻尾』に、偽りなしって感じか? うーん、深いな……」

「そこまで深く考えてないとおもうけど。鞭も補助武器としては悪くないものよ。扱いの習熟にはそれなりの時間を要するけどね。あとは……そうね。ブラックジャックとかも面白いかも。そこの筒状のヤツね。中に硬貨や砂を詰めて打撃武器に出来るから、暗器としても使えるし。案外向いてるんじゃない?」

「や……そこらはちょっと遠慮しておくかな……」


 いつの間にやら会話の内容が物騒になってきた。

 というか、隙あらば鈍器の話に持っていくのはやめてくれ。


「とりあえず、待ち時間もあるしさ。こういう店に入るのも初めてだから、もうちょい見学させてもらおうかな」


 話題逸らしを兼ねて、俺は再び店内を見回すことにした。


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