84.将を射んとする者は


「あれま、フラれちゃったか。気合いを入れて勧誘した身としては、お断りされた理由が気になるんだけど。君が聖伐教団の人間だから、かな?」 

「他に理由があるのなら、私が教えて欲しいくらいだと思うけど?」

「そうか、納得したよ。返事をくれてありがとう。時間を取らせたね」


 気付けばアレクさんとフェレシーラが、にこやかに視線を交えつつ話を終えていた。

 

「貴方、いい目をしていると思うから。仲間を大切にね」 

「ご忠告痛み入るよ。今回この結果だからね。しっかりと耳を傾けないと後が怖そうだ」 

 

 あまりに素早い幕引きに、フェレシーラが助言を付け足す。

 アレクさんはそれに頭をさげて、苦笑いをしていた。


 ……ええと。

 ちょっと、話の内容と展開についていけなかったけど。

 取りあえず、フェレシーラはアレクさんが率いる『雷閃士団』への誘いを断った、ってことだよな。

 

 なんだろう。

 緊張の糸が、一気に途切れたせいだろうか。

 あれだけ胃を締め付けていた感覚が、嘘のように消え去っている。

 

 まあ、考えてみればフェレシーラの対応は、当然と言えば当然か。

 彼女は俺の依頼を受けて、影人の調査に専念しなければいけないのだ。

 それなのに突然、出会ったばかりの男に同行することを選ぶだなんて……

 彼女の性格を踏まえれば、そんな軽率な真似をするはずがないだろうに。

 

 それに神殿従士としての責務だけでなく、家のこととか、他にも色々とあるだろう。

 根なし草である冒険者になるっていうのは、そうしたものと決別するも同然なのだ。

 例えその生き様に多大な魅力を感じたとしても……そう簡単に決められるはずはない。

 

 本当に、俺は何を心配していたんだか。

 

「それで……君の返事はどうなのかな? フラムくん」

「――へ?」


 突然やってきたその声に、俺の口から間の抜けた音が飛び出ていく。

 同時に、フェレシーラの肩がピクリと震えたように見えた。

 

「えと……返事って、その。なんに対して、のでしょうか……?」

「勿論、君へのお誘いさ。君は俺たちの『雷閃士団』に来てくれないのかい?」 


 相も変わらずストレートな、アレクさんからの勧誘の言葉。

 それに対して俺は、ぽかんと口を開くことしか出来なかった。


 だが、周りにいた皆の反応は素早かった。

 

「ちょっと――ちょっとちょっと、ちょっと! アレク! あなた、気でも狂ったの!?」

「ええっと……ごめんなさい、アレク。いまのは私の聞き違いでしょうか? あなたが率先して男性を……それも冒険者ですらない子を勧誘するだなんて……」 

「あれま。これまた酷い言われようだな、こりゃ。ちゃんと考えた上での行動なんだけどなぁ」

 

 レヒネが、プリエラが、矢継ぎ早にリーダーを問い詰める。

 二人の女性に正気を疑われて、アレクさんが頬をぽりぽりと指で掻く。

 先程フェレシーラへの勧誘が切り出されたときよりも、随分と激しめの展開だ。

 

「はーい、お二人さん。ヒートアップしているとこにわるいけどー。ちぉょっといいかなー」 

 

 そこに横から、ゆるーい感じの声が割り込んできた。


 エピニオだ。

 いままでずっと静観を決め込んでいた彼女が、毛皮に包まれた手を挙げてこちらに視線を向けていた。

 

「アタシはアレクの提案に、全面的にさんせー。フェレシーラって子のことは、よくわかってないから口挟まないでおいたけど。見返りを考えたらどっちもいい考えだし。断られたところで、べつに損するわけでもないって思ったから」

「ちょっとエピニオ……あなたまでなに言い出してるのよ。いまの話、聞いてなかったの?」

「アタシなりにちゃんと聞いてたよー。だからいまのはその上での、キタンなき意見ってヤツ。『雷閃士団』の一員としてのね」


 レヒネの問いかけにも、エピニオは躊躇うことなく答えてきた。

 そしてそのまま視線をこちらに移すと、親指と人差し指を立てて、俺に狙いを定めてきた。

 

「だって伸びるっしょ、この子。いまは全然まだまだだけど、鍛えれば相当使えるようになるっしょ。アタシは見ててそう思ったし、レヒネもプリエラも別口で褒めてたよね?」 

「それは……そう、だけど。それにしたってこんな突然に話を持ちかけても、さっきの二の舞って言うか……プリエラだって、そう思うでしょ?」


 エピニオに抗弁しつつも、自分の発言にどこか言い訳がましさを覚えたのだろう。

 レヒネが言葉の歯切れ悪くさせながらも、プリエラに同意を求めた。 


「まあ、資質の点に関しては軽々しく否定はできませんね。ですが……やはり、全体的に性急すぎると思います。本当にパーティーへの参加を望むのであれば、首を縦に振らせるだけの条件を整えるのが筋というものですから」

「なーるほど、筋かぁ。プリエラらしいね。でもそういうことなら……ちょうど気になってたし、二人に聞くけどさ」


 プリエラの指摘を受けて、エピニオが話と指の向きを変えた。

 その先にいたのは、彼女たちのリーダーである男。

 彼は再びテーブルの上に両肘をつき、楽しげな面持ちで事の成り行きを見守っていた。

 

「二人とも、コイツにパーティーに誘われたとき……色んなこと、ぜんぶ納得した上で仲間になった? それまでの生活とか、稼ぎとか、先行きとか。細かに説明されてから決めたクチだった?」

「う……! そ、それは……その」

「うーん。言われてみれば、確かにですね……」

「でっしょー? あ、ちなみにアタシは『ウチのメンバーになってくれ』とだけ言われて、タイマン張ってから決めたから。やー……あんときは燃えたね。痺れたね」


 そう言ってエピニオは仲間二人の言を封じると、うっとりと夢見心地の表情を見せてきた。


「だからさ。こういうのは、勢いとか、熱意とか……そういうのも大事だとアタシは思うんだよね。だって冒険者稼業なんてものは、どうしたって不安定で、むしろそこがウリみたいなもんだし。これと決めたら、駄目で元々、一発勝負ってのは……何も荒事やってるときだけの話でもないでしょ」


 珍しく落ち着いた口振りで、エピニオが意見を述べ終えた。

 その内容に、何かしら感じるところがあったのだろう。

 レヒネとプリエラが、渋々といった感を見せながらも目を伏せてきた。

 

 アレクさんは、相変わらず楽しげに流れを見守っている。

 フェレシーラは……さっきの反応は俺の気のせいだったのか、あまり関心がなさそうな様子で椅子に腰かけていた。

 

 そこにエピニオが、チラリと視線を飛ばしてくる。

 ほんの一瞬の、からかうような眼差しだったが……

 

 いまの……なんだ?

 エピニオのヤツ、俺じゃなくて、フェレシーラのほうを見てたような……

 

「それにアタシさー……もしもの話ね」


 その視線の意図を察する間もなく、エピニオが再び口を開いてきた。


「ちょっとフラムくんがウチに加入したとこを、想像してみたんだけどぉ」 


 頬杖をついた口元には、人の悪い笑みが浮かんでいる。


 いかにも『楽しい楽しい悪だくみを思いつきました』と。

 そう言わんばかりのその表情に、レヒネとプリエラが顔を見合わせた。

 

「ウチの大将みたいに頼れる男についていくのもいいけどさ。フラムくんぐらいの男の子を、それぞれ専門の分野で指導して育ててあげるのってのも……それはそれで面白そうかなー、って。後輩に経験を積ませてみるってのは、先輩がわの経験にも繋がるし」

「それは……確かに、いままでにはないパターンか」

「……なるほど。一理ありますね」 


 一体なにを考えてるのかまったく読めないエピニオの発言に、何故だかお仲間の女性二人は賛同の意見を口に上らせてきた。 


「うちのリーダー、切れ者といえば切れ者だけど……なんていうか、可愛げないとこあるものね。ああ言えばこう言うというか、人を煙に巻くのが得意というか。節操もないし」

「ですね。その点、フラムさんは一本気で素直にお話を聞いてくれますし。アレクと違って、まったくと言っていいほど擦れていませんし」

「おおっと……これはなんだか、藪蛇な事態になってきたかな? ま、経験云々に関しては俺も同意見というか、それも狙いの一つなんだけどね。はっはっは」

 

 そこに自分の名前が出てきたせいか、アレクさんまでもが話の輪に加わりだす。

 完全にエピニオの発言に引き摺られての、盛り上がり様だ。

 

 そういやエピニオのヤツ、さっきの自己紹介を信じるとすれば……

 このパーティの中では一番年下、一番の新参になるってことだよな?


 だとすると彼女が『雷閃士団』の中では、現状周りは先輩だらけってことで。

 コイツ自分より下が欲しくて、皆を巻き込もうとしてないか……!?


 いやいや、そんな理由で冒険者パーティー入りを決められてしまうとかありえないだろっ。

 これはいい加減、早めに止めておいたほうがいいだろう。

 

「あのーー」


 ――バン!!


 それは俺が皆に制止の声をかけようとした、その瞬間こと。

 

「ごめんなさい。そろそろ時間が押しているから、話を進めて欲しいのだけど」 

 

 フェレシーラが、両手をテーブルの上へと叩きつけた体勢で『雷閃士団』の面々に冷ややかな視線を送っていた。 



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