85.交わり、そして離れ
突如席から立ち上がったフェレシーラの両掌が、テーブルを激しく打ち据える。
その衝撃と音の激しさに俺の隣で蹲っていたグリフォンの雛がうっすらと瞼を開きかけて、続けて場を支配した静寂に、静かな寝息をたて始める。
もうお腹一杯でおねむモードだったのにごめんな、ホムラ。
「だ、そうだよ。少年」
既視感のある光景に魅入っていると、アレクさんが声をかけてきた。
フェレシーラの視線を真っ向から引き受けているというのに動じる様子もない。
……そうだ。
ここでいつまでも、皆が話すところを眺め続けているわけにもいかない。
不思議なほどに後ろ髪を引かれる想いに駆られつつも、俺は返答を行うことにした。
「ごめんなさい、アレクさん。『雷閃師団』の皆さん」
一言一句、はっきりと。
可能な限り、相手に対する敬意と己の意思を込めて。
「俺はこれから、彼女と……フェレシーラと一緒にやるべきことがありました。なので、皆さんのパーティ『雷閃士団』への加入は……冒険者への道は、慎んでお断りさせていただきます」
フェレシーラの返事に倣いながらも、俺は出すべき答えを口にしていた。
その言葉を、『雷閃士団』の面々が真剣な面持ちで受け止める。
それを目にしたことからくる申し訳なさよりも、むしろ感謝の念に背を押されて、
「アレクさんからのお誘いも、いまエピニオたちに聞かせてもらったお話も……すごく魅力的で、とても嬉しかったです」
俺は湧き上がってきた気持ちをそのままに、後を続けた。
「正直言って、冒険者の皆さんに対する憧れはあったので……他に目的がなければ、二つ返事で喜んでお受けさせてもらっていたと思います」
「そうか――」
ついつい、未練がましさでたっぷりとなってしまったこちらへと向けて、アレクさんが溜息をつく素振りを見せてきた。
「よしきた! そういうことなら、俺にいい考えがある。そっちの用件は可能な限りウチの皆で手伝うから、それが片付いたらすぐに二人とも――」
「アレク」
素振りは素振り。
そんな感じで口を開いたアレクさんを、プリエラが低い声で押し留めた。
「しつこい男は嫌われますよ」
「そ、そうかな? 俺の経験則だと、熱意に絆されて……って子が多いんだけど」
「――」
「ハイ。すみません。いまのは冗談です。しつこかったです。前言撤回させていただきます。俺が悪かったです。サーセン」
赤い瞳に剣呑な輝きを灯してきたプリエラに気圧されて、アレクさんが平身低頭となって謝罪し始める。
「というわけで、いまのは冗談と思って聞き流してもらえるかな? 済まないね、少年」
「あ、い、いえ……そんな、全然」
何故だかこちらに身を乗り出して耳打ちをしてきたアレクさんに、俺はつられて声を顰めつつも、後を続けた。
「そこまで言ってもらえて嬉しいぐらいですから……その、プリエラさんも、あまり怒らないであげてください……っ。どうか……どうか穏便に……!」
あれ?
なんで俺が、こんなお願いしてるんだ?
でもいまのプリエラ――さん、めちゃくちゃ目が冷たくて、別人のように怖いぞ……!
よく見れば、レヒネとエピニオも我関せずって顔して明後日の方向を向いてるし。
唯一この場では、フェレシーラだけが得意満面の――って。
なんでこいつはこいつで、勝ち誇った顔してるんだよ。
ついさっきまで、テーブルぶっ叩いて話を急かしていたくせに。
まさかこっちが、「俺は冒険者になる!」とか言い出すと思ってたわけでもないだろうに……
いやまあ、まったく心が揺れなかったわけでもないけどさ。
ほんのちょっとだけ、冒険者稼業ってヤツには興味もあったし。
「はぁ……まったく、あなたときたら。国を越えた途端にこれなんですから。フラムくんだけでなく、フェレシーラさんにもしっかりと感謝してください」
「いやいや、ごもっともなお言葉で。本当に済まないね。二人とも、時間だけを取らせただけになってしまって……この埋め合わせは、またの機会があれば必ずさせてもらうよ」
「あ、いえ、そんな――」
「あら。いいのよ、アレク。この程度のこと気にしなくても」
片手を真っ直ぐに立てて謝ってきたアレクさんと俺の間に、フェレシーラが割って入ってきた。
「そもそも先にお世話になっていたのは、
……こちらが言葉を選んでいる間に、フェレシーラが一気に話が締めてしまった。
まあ、誘いを断っておいて無駄に引っ張る意味もないもんな。
こればかりは仕方がない。
否が応にも訪れてくる、別れの気配……それに一抹の寂しさをおぼえて、俺は溜め息をこぼしかける。
するとそこに、男の手が差しだされてきた。
がっしりとした大きな手。アレクさんの右手だ。
テーブルの中央に無言で差し出された手へと、俺もまた、右手を向い合せる。
「……今日は本当に、ありがとうございました」
その言葉と共に指に力を籠めると、ゴツゴツとしたタコだらけの指が握り返してきた。
そこにフェレシーラが一礼を重ねる。
「それでは、私たちはこれで」
クゥクゥと寝息をたてるホムラをナップサックでやさしく包み込み、俺は一足先に出口へと向かっていたフェレシーラの後に続いた。
「うーん……我ながら一挙両得、会心の妙案だと思ったんだけどなぁ」
「高嶺の花だったと思って諦めなさいな。それに頼れるメンバーを増やしたいのなら、まずはやっぱりこの国でも実績を重ねなきゃ駄目でしょ」
「そうですね。メタルカの轍を踏むわけにはいきませんし……しばらくは地道に依頼をこなしながら、信頼できるかたを探していきましょう」
「アタシは妙なヤツ引き入れるぐらいならこのままでもいいと思うけどねー。それよりも皆であの子に色々と教え込みたかったなぁ。かなーり、相性良さげだったのにぃ……」
硬い石床を踏みつけて、戻るべき場所を目指すその度に。
四人の声が、少しずつ遠ざかってゆく。
彷徨える異邦人たちが酌み交わす、近き苦難と遠き夢路への乾杯の音色が、繰り返し繰り返し、リフレインしてゆくその最中。
霧の向こうに消えゆく残響に、俺はいつまでもいつまでも、耳を傾け続けていた……
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