83.その男、リーダーにつき

 

「貴方たちのことはよくわかりました。人づてではありますが『雷閃士団』の活躍であれば、私も聞き及んでいます。結成して間もなくの古種魚人エルダーマーマン討伐。二月前にはメタルカにとっての交易の要、海上都市ラティスに姿を現した海蛇竜シーサーペントの撃退達成。それを成し得たのが、こんなに若いかたばかりのパーティーだったとは……驚かされるばかりです」 

 

 彼女は一礼と共に伏していた目蓋をあげると、その蒼い瞳で『雷閃士団』の面々からの名乗りを受け取った。

 

 うん。

 やっぱり、こういうところもしっかりしている。

 冒険者に関して、ロクに知識がない俺がでしゃばる必要はない。

 フェレシーラに任せておいて正解だ。

 

 でも、若いかたばかりって……お前が言っちゃうかな、それ。

 こいつのことだから嫌味のつもりはないんだろうけど。

 

 というか、いま名前の出ていた魔物って結構な大物のはずだよな。 

 もしかしてフェレシーラなら、単独でなんとかしてしまったりするんだろうか。

 前者は数次第だろうけど、曲がりなりにも竜の名を冠する魔物相手は、正直厳しいような気もするが……

 

「光弾」「殴殺」「戦姫いくさひめ

「猛禽」「戦槌」「滅多打ち」


 つい先程、酒場の熱狂と共に脳裏に刻み込まれていた数々の言葉の、力があり過ぎた。

 正直こいつが一対一で誰かに負ける姿ってのが、いまいち想像出来ないな……

 最近は案外、師匠とやりあっても結構いい勝負が出来たりするんじゃないかって思ったりもするし。

 

「それで……必要だったかしら? 私からの自己紹介は」 

「いや、それには及ばないよ」


 謙遜も奢りも匂わせないフェレシーラの物言いに、アレクさんが組み合わせていた掌をほどき、言葉を返してきた。


「幸い君の勇名はこの国に移ってきて、すぐに知ることが出来たからね。俺が必要としているのは、別件だ」

「そう。悪いけど話が無駄に長い男は、あまり好きではないの。良ければその必要なこととやらを、先に言ってくれると嬉しかったのだけど」 


 フェレシーラの返しに、プリエラとレヒネが一瞬、「ピリッ」とした表情を見せてきた。

 だがしかし、当のアレクさんは気にした風もない。

 エピニオは……なんか呑気にテーブルの上で頬杖をついて、生あくびしてら。

 緊張感ゼロだなこいつ。

 

 にしても……「話が長い男は好きじゃない」、か。

 フェレシーラがそう言うのなら、ちょっと注意しておかないとだ。

 アレクさんはそうでもないかもだけど、俺はかなりお喋りなほうだから。 

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて。早速いかせてもらおうかな」

 

 などと俺が場違いな考えを巡らせていると、アレクさんが応じてきた。

 その口元には、またも悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。


 話はここからが本題だと。

 静かに光を放つ薄紫色ヴァイオレットの瞳が、そう告げているように見えた。

 

「単刀直入に言う。俺たちのパーティー……『雷閃士団』に、加わってくれないか」 


 彼がその要求を口に昇らせた、瞬間。

 それに耳を傾けていた全員が、それぞれに異なる反応を示していた。

 

「ちょっと……アレク! あなた、なに言ってるの!?」 

 

 真っ先に動いたのは、レヒネだった。

 彼女は勢いよく席を立ち上がると、リーダーの行動を咎めにかかっていた。

 

「なにって、見てのとおりさ。我らが『雷閃士団』への勧誘。その為の自己紹介だったからね」

「こっちはそんなこと、一言も聞いてないから! それにこの人は公国の――」 

「落ち着いてください、レヒネ。アレクも、いきなり失礼ですよ」 

 

 白熱するレヒネは諫めにきたのは、隣にいたプリエラだった。

 正直いって、衝撃的な展開だが……フェレシーラに動く様子はない。

 俺はといえば、突然の事態にただただ固唾を呑んで、皆の動向に注視することしか出来なかった。

 

「そもそもです。フェレシーラさんの立場を抜きにしても、話が急すぎます。パーティーに加われと言ったところで、お互いのことも知りませんし、加入した際のメリットの提示もなしでは……交渉のテーブルにすらついていないかと」 

「そうだな。それは俺もそう思う」 

 

 己の口にした諫言いさめごとをリーダーにあっさりと認められて、プリエラが眉を顰める。

 そこにアレクさんが、言葉を続けてきた。

 

「俺は彼女のことを、まだ殆ど知らない。でも、どれだけ有能な人材かはわかる。例えさっきみたい賑やかしに出くわさないでもね。それにむしろ彼女が公国の人間だという点は、これからこの国でやっていく俺たちにとっては計り知れないメリットだ」 

「それは……あなたの勝手な言い分です。単に欲求の説明にしかなっていません」 

「加入の際のメリットに、言及が足りていないって話だな。でも、そんなことを言っても意味はないだろう? 冒険者が何を求めているのかを口にするのかなんて、ナンセンスだ」 

「ナンセンスって。あなたがそれを言っちゃうんですか……」 

「言うさ。メリットなんてものは、実際に組んで提供してみせないと何の意味もないからね」


 呆れ顔のプリエラにも、彼は顔色一つ変えることなく言ってきた。


「例えば俺がここで彼女に、巨万の富ってやつを稼いで見せるなんて絵空事を口にしたところで、虚しいだけだろう? かと言って、今年一杯は食うに困らせない……なんて現実的な話をしても、鼻で笑われるのがオチだ」 

「いまの状態でも、十分オチがつきそうだけどね。国を渡ってきたばかりの一介の冒険者が、白羽根の神殿従士を仲間に誘うだなんて……雷閃のアレクはとんだ常識知らずの見境なしだって噂が、あっという間に町中を駆け巡りかねないもの」 


 お手上げだとばかりにレヒネが溜息をこぼすと、フェレシーラがクスリと忍び笑いを洩らした気がした。

 なんだ……? 

 もしかしてこいつ、この状況を楽しんでいるのか?

 

「常識知らずの、見境なしか。そんなことは、言いたいやつには言わせておけばいいのさ。俺は『雷閃士団』の為になるなら、誰に非常識と言われようが逡巡するつもりはないからね。それに聞けばこの国では、腕利きの元冒険者が教団の門を叩くこともあるって話だ。なら……その逆のケースを作るのも、中々面白い話だろう?」 


 そんなフェレシーラの様子を見逃さなかったのか、アレクさんは立て続けに言葉をぶつけてきた。

 

「確かに俺の提案は荒唐無稽さ。でもね。俺は思うんだ。今日この機会を逃したら、二度とチャンスは巡ってこない。今日こうして、お互いの仲間と巡りあっていたことには……何か大きな意味があるじゃないかって、そう思えてならないんだ」 

「なにそれ。そんなのただの、あなた個人の思い込みじゃない。付き合わされるほうの身にもなってよ……はぁ……ごめんなさい、フェレシーラさん」


 最早、身内による制止は不能と判断したのか。

 レヒネは再び席につくと、言葉の向け先をフェレシーラへと切り替えてきた。


「いきなり、うちのリーダーがおかしなことを言い出して。この人、妙にロマンチストなところがあるから……気を悪くしたのなら、私から謝らせてもらうわ」 

「いえ、気にしないで結構よ。中々に面白いお誘いだったもの。それと私のことは、呼び捨てにして頂戴。いい加減、堅っ苦しいし……こちらも勝手にそうさせてもらうから」 

 

 やってきた謝罪の言葉に、フェレシーラが気分を害した様子も見せずに答える。

 彼女の横顔には、明らかな微笑みが浮かんでいた。

 

 ……ずくんと、腹の底に重石が落とされてきたような感覚がやってきた。


 なんだろう。

 慣れない大人数でのやり取りで、疲れてしまったのだろうか。

 胃が妙に重い。


 ついさっきまでは、なんてことはなかったのに。

 

「アレク・メレク。私を冒険者の道に引き込もうとしてきたのは、貴方が初めてよ。それに貴方の『雷閃士団』に対する姿勢にも、少なからず感銘を受けたわ。勿論、メンバーの方々の対応にも。流石は音に聞こえたメタルカの金狼。戦士としての才だけでなく、仲間にも恵まれているようね」 

「それだけが俺の取り柄だからね。お褒めに預かり恐悦至極ってやつだよ」


 アレクさんと、フェレシーラの声。

 それが妙に、遠くで交わされているように聞こえてくる。


「さて……フェレシーラ・シェットフレン。『雷閃士団』のリーダーたっての申し出、どうか受けてもらえないかな? いまは金銭的な見返りは約束出来ないが、退屈な想いだけはさせないと確約するよ」 

「そうね……」


 野放図だが力強さを感じさせる男性の声に、女性の声が続く。 

 沈黙が、暫しの間その場を支配した。

 

 何故だか俺は、フェレシーラの顔を見ることが出来ない。

 見れば、そこに嬉しげに笑う彼女がいる気がして―― 


「その提案……慎んで、お断りさせていただくわ」 

 

 涼やかな中高音アルトの美声に、俺は弾かれたように顔をあげていた。

 

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