79.発生源はこいつです
「すみません、そちらも食事中だったのに気が回らなくて……臭かったですよね、こいつ。ご迷惑をおかけしました」
「……あ?」
「……ピ?」
こちらの謝罪から間を置かずに、巨漢の戦士とナップサックから首を生やしたホムラの視線がかち合った。
暫しの間、大男がパチパチと目を瞬かせる。
案外つぶらなでかわいい瞳してるな、この人。
「え……なに? 臭いって……え?」
などと考えていると、大男がホムラを指さして再び口を開いてきた。
「え、まさかこのくっそデケェ鳥が臭かった、って話か……?」
「はい。獣臭いって、言ってたので。発生源は――こいつです。間違いなく」
「ピピ!?」
俺が断定の言葉を口にすると同時に、ナップサックの中でホムラが大きく羽ばたいて、直後、「どわっ!」という笑い声が周囲から押し寄せてきた。
……え?
なにコレ。
なんで皆、いきなり笑いだしてるんだ?
テーブルの周りで人の垣根を作っていた冒険者たちが、揃いも揃って大笑いしている。
無責任にバックミュージックを奏でていた、楽師たちも同様だ。
彼らは皆、楽器を抱えたまま自慢の喉を鳴らして、唱和ならぬ笑輪を披露してきている。
この場で唯一憮然とした表情を浮かべていた、ギルドカウンター受付のおっさんまでもが爆笑中だ。
それだけでも、十分に理解不能だっていうのに……
「ぶはははははははははは! はっ、ぶはっ……はぁ、は――ぶうぅっほっ!? ぶ、ぶはははははははは!! あー、はっはっはっはっはっ!」
一番理解出来ないのは、これだった。
俺の目の前に立っていた、スキンヘッドの大男。
この場で一番のぶっちぎりの爆笑を見せているは、この人だった。
目尻に涙まで滲ませての、大爆笑である。
よく見れば、レヒネまでもがテーブルに突っ伏して笑いを堪えている。
その横では、プリエラが両手で顔を覆っている。
頭のてっぺんから伸びる兎耳はプルプルと震えており、覗いたほっぺも真っ赤だ。
エピニオに至っては、言葉どおりに笑い転げている。
床でグルグルぐねぐね回るなよ。
人前で簡単に急所を晒すだなんて、本当に盗賊かコイツ。
なんにせよ、状況がさっぱり掴めないが……ここは素直に聞くしかないだろう。
「ええと……俺、なんか変なこと言ったか?」
「いやー、参った参った小僧! 俺の負けだ! こんなに笑ったのはひさし――ぶほぉっ!? あー、やっべぇ……そうかそうか、お前んとこのチビだったか! そいつぁ失礼なこと言っちまったな! おめえの勝ちだ! 優勝だ!」
こちらの言葉が耳に入っているのか、いないのか。
大男が思い出し笑いと共に、背中をバンバンと叩いてきた。
ハッキリ言って超痛い。
一発ごとに体が浮きそうなレベルで、真剣に痛い。
いつの間にか優勝してたっていうのに、このままだと敗北は必至だ。
「いや、負けとか勝ちとか、本当に意味が――あっ」
「ピーッ!」
あまりの衝撃に身を捩った瞬間、ナップサックの中からホムラが飛び出してきた。
ヤバい……!
満腹になって大人しくしてたから、油断してた――って。
「ピィ! ピピィ!」
「え、なっ……ほ、ホムラ! おまえなに、人の服掴んで……!」
バサリと羽根をはためかせて、俺の友人が宙に舞ったかと思いきや……そこから一瞬でホムラはこちらの背後に回り込むと、俺の肩を革のベストごとぶっとい二本の前足で「がっし!」と掴んできた。
「ちょ、マジでやめろって! 臭いって言ったことなら、あやま――るわっ!?」
初めて見せるそのスピードとパワーに成す術もなく藻掻いていると、「ふわり」とした感覚が全身を包んできた。
昨日の夜、俺が手甲の力で再現した『浮遊』の魔術と酷似した……
しかしそれとは比べ物にならないほどの強烈な力に、俺の体が宙へと浮かされる。
「おお! なんだアレ! すげえの出てきたぞ! ロック鳥の雛かなんかか!?」
「いーや、ちげーよ。あの猫みてぇな後脚を見ろよ……ありゃあグリフォンの子供だぜ。ま、俺もお目にかかるのは初めてだがな」
「ほー。グリフォンっていや、かなり狂暴な類の魔物だろ。チビとはいえ、そんなもんが今までよく大人しくしてたな。模様も珍しいし、ナリの割には力もすげぇし……もしかしなくても変種か?」
そうこうする内に、周りの冒険者たちが口々に騒ぎ始めていた。
好き勝手に盛り上がっているくせして、ホムラの正体をアッサリと見抜いてくる辺りは流石というしかない。
俺はと言えば、石床から10㎝ほどの位置で宙づりにされた状態だ。
無論、ホムラに手を伸ばしてやればこの見世物に幕を降ろすのは簡単だろうが……
困ったことに、いまの俺はこの状況を中々に楽しんでしまっている。
雰囲気的に喧嘩一直線と思われたところだったのに、何故だか笑いの渦が巻き起こり、予想外のホムラの成長ぶりに、皆が湧いているのだ。
これで興味が惹かれないとあれば、嘘だろう。
「いやいや……大したビックリ箱だな、お前さんたち。どうやらさっきのは、俺の勘違いだったみてぇだ。気を悪くさせたなら一杯と言わず奢らせてもらおうか。楽しませてくれた礼も兼ねてよ」
「あら、それはどういたしまして。でも……そのセリフ、今度こそ撤回は受け付けないわよ?」
「任しとけってんだ。丁度割りのいい仕事が終わって、おすそ分け先を探してたところだからな。それと……遅れちまがったがミストピアの冒険者を代表して歓迎させてもらうぜ。よろしくな、お嬢さんがた」
「こちらこそ、鼻と気前のいい大男さん。私はレヒネ。見てのとおり魔術士よ」
「おっと……こいつぁご丁寧にどうも。俺の名は――」
しまいには何故だか目の前で、冒険者同士の自己紹介ラッシュが始まっている。
「いてて……あー、びっくりした。あんまり驚かせるなよ、ホムラ。臭いって言ったのは、謝るからさ……」
「ピ! ピピィ! ピー!」
程なくして、怒りの空中遊泳から解放してくれたホムラに謝罪を重ねながら。
「それにしても……案外と冒険者の人たちってのは、フレンドリーなんだな。なんかもうちょい、殺伐としてるイメージがあったんだけど」
「殺伐としちゃうときは、嫌でもやってくるからねー。さっきみたいにちょっかい掛け合って挨拶と小手調べを兼ねちゃうとか、結構ありありなのだよフラムくん」
俺は再び、エピニオたちと顔を向い合せて元のテーブルへと舞い戻っていた。
「なるほど……一緒に組んでる仲間以外は単なる仕事を取り合うライバル、ってわけでもないんだな」
「そういう一面も無きにしも非ずですけど。商売柄、いざというときは助け合いが大切ですから。メンバーに欠員が出てしまった際や、大口の依頼では協力し合うことも多々ありますね」
「おぉー、そういうパターンもあるのか。と言うことは……もしドラゴンとかの討伐依頼が出たりしたら、ギルド総出で挑んだりとかもあり得るのか……!」
「一人で盛り上がっているところに悪いけど。そんな大物、そうそうお鉢は回ってこないから。それよりもエピニオ。あなたそろそろ、彼を教会まで送ってあげなさい。奢りだからっていつまでも飲み食いしてたら、こわーい神殿従士サマに大目玉喰らうわよ」
「あー……そうだった。くっそー、これじゃ二人だけ丸儲けじゃん……」
「いってらっしゃい、エピニオ。アレクには事情、説明しておきますね」
レヒネとプリエラに見送られる形で、エピニオが席を立つ。
ぺたんと垂れた猫耳が哀愁を放ちまくっているが……そろそろ夕方も近いので、俺にも焦りがある。
ここは心を鬼にして協力してもらうしかないだろう。
「ごめんな、エピニオ。せっかく楽しんでいたのに貧乏くじ引かせて」
「んぁ……じょーだんだって、冗談。さーて。ここはエピニオ姉さんが迷子の子犬ちゃんをサクッと教会にお届けし――」
「いよぉ! 楽しんでるかい! 猫のお嬢ちゃんよ!」
「ぃっ、てぇっ!?」
「んんーっ」と伸ばされかけたエピニオの背中に、不意に「ズバン!」と派手な音を立てて、大きな平手が飛んできた。
平手打ちの主は、言うまでもない。
隣の席にいたスキンヘッドの大男だ。
彼はビヨンと飛び跳ねたエピニオに「すまんすまん」と詫びを入れつつも、こちらへと向き直ってきたのだった。
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