80.『再会』

 

「お。なんだ、ボウズ。もう帰っちまうのか?」

「はい。ちょっと人を探していたので。一緒させていただき楽しかったですが、俺はここで失礼させてもらおうかと」

「ほぉ。尋ね人ってわけか。ってことは……それでここを訪ねてきていたって寸法か?」

「あ、いえ……そういうわけじゃ」

「おいおい、隠すな隠すな! 困ったことがあるんなら遠慮せず言ってみろって! おめえさんには、随分と笑わせてもらったからよ!」


 ええと……困ったな。

 この人、見かけに寄らず気がいいというか、面倒見がいいタイプみたいだ。

 親切心から気にしてくれているのに、無下にするのも気が引けるけど……

 流石に今日は時間がない。

 なんて言えば、角を立てずにこの場を立ち去れるか。難しいな。

 

「くっくっくっくっ……それがさぁー。聞いて驚けよ、おっちゃんー」 

「ん? なんだ、猫の嬢ちゃん。突然わるい顔して……面白そうだし、聞かせろや!」


 おい。

 そこの道案内役の猫。

 なに勝手に、話を膨らませようとしてるんだよ……!

 

「いやねいやね。フラムくんの探してる人って、実は神殿従士……だっけ? まあ兎に角、その人に依頼を頼んでたのに離れ離れになっちゃったってことでさぁー」

「んぁ? 神殿従士って……マジかそりゃ」 

「おい、エピニオ! お前なに勝手に――もがっ!?」 

 

 突然のエピニオによる暴露に慌てて身を乗り出すと、後ろから大男の手が伸びてきた。


「ひょ――おっひゃん! いきなひ、なひ――むぐっ!?」

「まあまあ、減るもんじゃねえし。ちょいと詳しく聞かせろよな、ボウズ。んで? その従士サマが、ドジこいて依頼主を見失っちまったってか?」 

「さっすが、ダンナ! 話が早いねー。商売敵のミスは蜜の味……って感じ?」

「へっへっへ……わかってるじゃねえか。ま、いいとこ育ちでボンクラ揃いの連中がやらかすなんざ、いつものことだがよ。酒の肴としちゃあ、わるかねえぜ」


 いつのまにやら大男とエピニオが、意気投合してしまっている。

 こっちの口を塞いでいるのをいいことに、好き放題言いっ放しだ。

 さすがに二人して、悪ノリが過ぎるぞ……!

 特にエピニオは飲んでるわけでもないのに、煽りが過ぎるっ。

 

 正直、他の神殿従士の評判だとかに関しては、俺は大して詳しくもない。

 だけどフェレシーラは、断じて自分のミスでこちらとはぐれたわけではないのだ。

 あれは完全に俺のやからしであって、彼女に陰口を叩かれる謂れはない。

 この二人にしてみれば、酒の席でのちょっとした悪ふざけなんだろうけど――


 って、だ、駄目だ……!

 このおっさん、見た目に違わぬとんでもない馬鹿力の持ち主だ。

 さっきから必死で抵抗しているが、とてもじゃないが普通にやっていては抜け出せそうにもない。

 

 テーブルの下にいたホムラに助けを求めて視線を送るが、さきほどの騒動でヘソを曲げたままなのか、ツンとそっぽを向いたまま反応がない。


 意外に根に持つヤツだよな、お前って!

 

「あーあ。まーた始まった。ほんとどこに行っても、一緒になって馬鹿やる相手見つけるのだけは上手いんだから」

「あはは……これはもう、性分ですよねぇ。頼りになるのは確かなんですけど。ともあれここは、まとめてお仕置きですね」 

 

 いい加減に、こちらの弄られようを見かねたのだろうか。

 プリエラとレヒネが目配せをしあい、椅子から腰を浮かせてきた。

 ありがたい。

 救いの女神とはこのことだ。 

 

 おそらくだが、『催眠』や『捕縛』のような拘束系の術法でこの暴挙を止める算段なのだろう。

 完全に油断しているこの二人には、抵抗することもままならないはずだ。

 

「なるほどなぁ。あの『隠者の森』から護衛とは、たしかに聖伐教団の連中には荷が重かったろうがよ……」

「そうそう、ほんと笑っちゃうよねー。そこら辺、ぜんっぜんよくわかんないけど!」 


 魔術士と僧侶が目の前で肩を並べているというのに、この二人は呑気なもんだ。

 エピニオと大男がお喋りに興じる最中、魔と神の旋律が場に響く。

 厳かな詠唱の声が、俺の耳へと届いてくる。

 

 微かな、違和感があった。

 

 おかしい。

 いつの間にか、エピニオの声と術法の詠唱だけが周囲から聞こえてきている。


 あれから再び、各々で盛り上がっていた冒険者たちの話声が。

 陽気に奏でられていた、音楽とステップが。

 まるで細波が引くようにして、熱と勢いを失ってしまっている。

 

 店内が、奇妙なまでに静寂に支配され始めている。

 沈黙の合間では、誰かの息を呑む気配と微かなざわめきとが混じり合い。

 それらすべてを塗り潰して、静けさの源が俺の元へと迫ってきていた。

 

 そのことに、周りの者たちも遅まきながら気付いたのだろう。

 レヒネが、プリエラが、大男が。

 皆揃って動きを止めて、その場を振り返っていた。


 その気配に、心臓が「ドクン」と脈打つのがわかった。

 だが、大男に羽交い絞めとされていた俺はそこから動くことが出来ない。


 唯一、正面にいたエピニオだけがお喋りに夢中になっていた。

 

「ほーんと! 依頼主見失った挙げ句、その上心配させてるとかさぁ……護衛役、大失格だよねー!」

「そうね」 

「でっしょー! やっぱアンタもそうおも――うん?」 


 不意にやってきた同意の声に。

 平静そのものといった女性の声に、エピニオがようやく振り向く。


 同時に大男の両腕から力が抜けて、こちらの体が自由となる。

 静まり返った酒場の空気をかつえた肺で貪りながら、俺は即座に声の主を探しにかかっていた。

 

「たしかに、貴方の言うとおりよ。耳が痛いとはこのことね」


 振り向くと、白い法衣を纏った少女がそこにいた。

 

 その場にいた冒険者たちを、楽師たちを、踊り子たちを。

 純白の法衣を靡かせて歩んできたのであろう道で、物の見事に隅へと追いやって。

 

 亜麻色の髪の少女が、酒場の中心に現れていた。

 

「――フェレシーラ!」


 まるで絵画の中から飛び出てきたかのようにして現れた少女の名を、俺は叫んでしまう。

 その叫びに呼応するかのように、慄くかのように。

 周囲にいた人々が、我に返って声を上げ始めた。

 

「おい……いまアイツ、フェレシーラって……俺の聴き間違いか……?」

「いや、たしかにそう言ってたぞ。それにあの髪と瞳……鎧こそ着けちゃいねえが……」

「ああ。間違いねえ。間違いようもねえ……ありゃ、白羽根フェレシーラ……フェレシーラ・シェットフレンだ!」


 巻き起こったざわめきが、輪となり言葉を生み出してゆく。

 それは驚きと畏怖の音色でもって瞬く間のうちにその場を埋め尽くすと、やがてその渦中から、彼女を指し示す名が挙がり始めた。

 

「光弾の担い手……!」


 誰かが、そんな渾名を口にする。

 それに続けて、声が押し寄せてきた。 


「殴殺の女従士……!」

「聖伐の戦姫いくさひめ……!」

「教団の白き猛禽……!」

「孤高なる光の戦槌……!」

「白羽根の聖女――」


「「「滅多打ちの、フェレシーラ!」」」


 ……って、おい。

 まてまてまて……!

 幾らなんでも、渾名多すぎないか!?

 特に最後の酷すぎだろ! いや似合ってるけど!


 あと、一々楽器鳴らして盛り上げようとするの、いい加減やめろよなっ!


 いや、違う。

 そうじゃなかった。

 いまはそんなことを気にしている場合じゃない。

 

「しかし、久しぶりに姿を見たが……今日はオフバージョンか? 珍しいな……」

「わかる。白羽根フェレシーラっていやぁ、胸当て、盾、戦鎚ウォーハンマー、だもんな。レア過ぎるぜ」

「こんな近くで大丈夫か?」 


 物見遊山で呟く冒険者たちをすり抜けて、俺は急ぎ彼女の前へと飛び出していた。


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