78.啖呵喧嘩は酒場の華?

 

「あー……盛り上がってるとこ悪いんだけどさ。俺、特に冒険者を目指してるわけじゃないから。興味がないって言えば嘘になるけど……いまは正直、それどころじゃないし」 

「えー。つれないこと言うなよなー。盗賊はいいぞ、盗賊は! 腕前一つでお宝ゲットし放題だし! なにより自由だし!」

 

 明後日の方向に向かい始めた話をなんとかするべく打ち出した、俺の主張も虚しく。 

 エピニオはモコモコの両手をこちらに向けてきたかと思うと、その指先から「シャキン!」と爪を伸ばしてきた。

 おおう、流石は猫の獣人――と言ってやりたいところだが。

 

「なあ……エピニオ。ぶっちゃけその指だと、錠前外しピッキングとかの細かい作業とかさ。実は結構、厳しかったりするんじゃないか?」

「う……!? コイツ、人がひそかに気にしてることを……!」


 あ、やっぱ気にしていたのか。なんかごめんな。


 しかしこうして実物を目の前にすると、獣人の爪っていうのは中々の迫力がある。

 あのとき裏路地を駆け抜けようとしていた俺は、エピニオにあっさりと捕まったわけだが……

 

 この鋭利な爪を喉首に突き立てられていたとしたら、俺の命はなかっただろう。

 出会いがしらの瞬間にこちらを捉えた反応速度といい、備え持った武器の鋭さといい。

 獣人という種族が根っからの戦闘種なのだということが、彼女を見ているとよくわかる。

 

「あのさ、エピニオ。勧誘活動に水を差すようで悪いけど。私はフラムくんは、冒険者には不向きだと思うかな」

「あら、レヒネさん。なぜそうお思いで? 根拠をお述べになってくださらないかしら?」 

「……その物まね、ぜんっぜん似てないから。まあ理由としては、そうね」

 

 顎に手を当て思案するポーズをとったエピニオをみて、レヒネが言葉を続けてきた。

 

「最大の懸念点は性格よ。個人的には、ひた向きなところは嫌いではないけど。冒険者と荒事は切っても切れない関係だから。いざ戦闘ってときに、ああだこうだと悩みすぎるタイプが長生きできるとは、到底思えないもの」 

「む……それは実際にやってみないとわかんないじゃん」 

「やってみてから『向いてませんでした、』じゃ遅いって言ってるの。言いたくないけど、冒険者なんて職業は……少し鈍いくらいが丁度いいのよ」 


 若干声のトーンを落として、レヒネがそう告げてきた。

 それを聞いて、不満気な様子でいたエピニオも口を閉じる。

 

 暫くの間、飲み食いを行う音だけがテーブルの上に響いた。

 

「それにしても……神術使いの神殿従士か」


 少しばかり冷え込み過ぎた場の空気を持ち直しにきたのだろう。

 レヒネが手にしていたフォークを大皿の上へと置き、口を開いてきた。


「ええと。それって、その……俺が雇った人のことか?」 

「勿論、他にいるわけないじゃない。その子、十七だって言ってたけど。そんな歳で単身魔物の討伐に赴いて旅を続けているだなんて……あなたの話を丸々信じるのなら、まるで噂に聞く『聖伐の勇者』みたいじゃない」

「聖伐の勇者って……」 


 その言葉を呑み込めずに、俺は反芻してしまう。

 たしかここに来る前に裏路地で、予言者を演じる老婆の口からも耳にした言葉だ。

 そしてその言葉は、俺にとっては――

 

「よお」


 知らず意識が過去へと跳びかけた瞬間に、横合いから声がやってきた。

 野太い、ドスの効いた男の声だ。

 

「見ない顔だな、お嬢ちゃんたち。どこから来た?」 

 

 その声に引っ張られるようにして首を動かすと、スキンヘッドの大男がこちらに声をかけてきていた。

 隣のテーブルで飲み食いしていた戦士風の男だ。

 俺がこのギルドに連れ込まれた時から、先客として席についていた男だが……


 どうやら酒盛りも一段落して、手持ち無沙汰となっていたのだろう。

 男はその体躯に見合わぬ小さな椅子の背凭れに身体を預けて、舐め回すようにこちらを眺めてきていた。

 

 それにエピニオが、軽く視線を動かして答える。

 

「ん。メタルカからだよ。それがなに?」 

「そうかい……おらぁてっきり、ラ・ギオ辺りからかと思ってたぜ。さっきからずっと、獣臭くって敵わなかったからよ」 


 獣臭いって……それって、まさか。

 

「あの――」


 ――ズダン!


 俺が大男へと向けて声をかけようとした、その瞬間のこと。

 

「もう撤回は受け付けなくってよ。いまのセリフ」 

 

 レヒネが右手をテーブルの上へと叩きつけたかと思うと、眼光も鋭く男を睨みつけ席より立ちあがっていた。

 

「いいよ、レヒネ。放っておいて……」 


 そんな彼女の姿を見て、エピニオが興味なさげに小さく呟く。

 見ればその横では、プリエラが困り顔となったいた。

 

「なんだなんだ……喧嘩か? おい喧嘩か?」 

「喧嘩ぁ? まーたアイツかよ……って、おい! 今日はまた随分な綺麗どころに声かけてんなぁ!?」

「ちょ、押すなって! あっ、いまオレのポップコーンとったの誰だよオイ! って投げんな! せめて食えよ!」


 うおおおお……

 なんだコレ。なんだコレ。

 

 レヒネとスキンヘッドの大男が、真っ向から対峙するや否や。

 俺たちのテーブルを中心に、巨大な人の輪が形成され始めていた。

 

 今の今まで飲み食いに勤しんでいた冒険者たちが、次から次へと押し寄せてきて――


 って誰だよ、「デデデデデ……」って後ろで太鼓鳴らしてるヤツ!

 完全に煽ってるだろ……!

 

 ていうかこの人、獣臭いって言って絡んで来てたけど。

 これって、完全にアレだよな。 

 

「ほぉー……姉ちゃん、なかなか気持ちのいい啖呵切ってくれるな。見たところ魔術士みてぇだがよ。言っとくが、ここじゃ魔術の類で大立ち回りってのは御法度だぜ?」

「それが、なに? そう言えばビビッてこっちが平謝りでもするとでも? 衛兵頼りの物知り筋肉ダルマさん」

「ハッ……! メタルカの商人どもに飼い慣らされた冒険者つかいっぱしりにしちゃあ、いい度胸してるじゃねえか! いいぜ。ここはレディーファーストってヤツだ。こっちは俺一人、そっちは全員で来な。なんなら衛兵も呼びに行っていいぜ」


 顔色一つ変えずに言い放たれたレヒネの挑発に、大男がゴキゴキと肩を鳴らして応える。

 エピニオが、渋々といった感じで両者の間に進み出る。

 

 そこに俺が、片手をあげて「あの」と声をかけた。

 

「あ……?」

 

 一瞬にしてシンと静まり返った酒場の中で、大男だけが声を返してきた。

 おそらく、俺を部外者と知っての反応だろう。


 あれだけ長い間……それも結構な大声で、こちらは話し込んでいたのだ。

 真横で飲んでいたこの男にも、俺が冒険者でないことぐらいは把握出来ていたはずだ。

 

「なんだ兄ちゃん。キレイな姉ちゃんたちに優しくしてもらって、イイとこ見せたくなっちまったか? あー……やめとけやめとけ。兄ちゃんぐらいの歳頃じゃ、そういう気になるのもわからんでもないがな。恰好つけるんなら、少しは相手を見る目を養ってからにしてだな」 

「あ、いや。カッコつけるとか、そういうのじゃなくてですね」 


 シッシッと手を振ってきた大男に、ペコリと頭を下げて俺は言う。

 こういうのは、原因となった側が対応するのが筋というものだ。

 

 訝し気な面持ちで肩眉をあげてきた大男へと向けて、俺は両手を前に突き出した。


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