77.青二才、青き才


 獣人の少女は、散々唸った挙句テーブルに突っ伏していた。


「あのさ、エピニ」

「――聞けぃ! フラムよ!」

「おわっ!?」


 そのあまりのいたたまれなさに声をかけると、彼女は椅子からガバッと立ち上がり――

 

「聞け、フラムよ。ワシの言葉を、ようく聞け……」 

 

 そこから左手を胸元に引きつけ、右手をこちらに突き出しながら喋り始めた。

 ……なんか急に自分の世界に入ったな、こいつ。

 

「アタシさ。君のことなんてぜんっぜん、これっぽっちも知らないから。適当いうけど」

「もう戻すのかよ、口調」 

「アタシなりに君の話を聞いた結果、思うにね……」


 完全スルーとは恐れ入る。

 でもまあ、表情を見るにふざけているわけでもないのだろう。

 俺は大人しく、エピニオの言葉を待つことにした。

 

「思うにね……それでいいんじゃないかな、と。君がなんとかしたいとさえ、思っていればさ」

 

 謎のポーズはそのままに、エピニオが続けてきた。


「君、いま十五歳だって言ったけどさ。それと同じ頃……アタシ、五年前にはまだラ・ギオの奥地でアニキたちと悪ふざけばっかりしてて、しょっちゅうオヤジにゲンコツくらってたし。一族のしきたりとかぜーんぶほっぽり出して、バカばっかやってたし」 

「あー……なんか目に浮かぶってヤツだな、その話」

「うっさい。まあ、とにかくさ……いまは冒険者なんてやることになって国も渡ってきたけど。その頃のアタシなんて、そんな感じで大した悩みもなくてさ。多分プリエラとレヒネだって、いまは偉そうなこと言ってても似たようなモンだったと思うし」

「あのぅ……私は、流石にそこまでは……言いたいことはわかりますけど……!」

「私が十五の時って、情勢的にも結構色々あったんだけど。なんでそこで人を強引に巻き込むかな、あんたは」

「まーまー、カタイこと言うなってば。お二人ともさ」

 

 にしし、と悪戯っ子丸出しの表情となり、エピニオが再び席についてきた。

 

「だからアタシは、フラムのこと立派だと思うよ。そうやって人に頭を下げてでも、情けないと思う自分を曝け出してでも、なんとかしようと努力するってのは……案外出来るヤツはそう多くないと思う」


 それまでの印象とは打って変わって静かな口調でエピニオはそう告げてくると、彼女は何事もなかったかのように食事を取り始めた。

 

 目の前でピコピコと動く猫耳に、俺は言葉を返せない。

 褒められたことは嬉しかった。

 予想外の言葉にも驚いた。

 でも多分……一番効いたのは、「それでいいと思う」と言われたことだった。

 

 それはきっとなにも、そのままの自分でいいとか、無理をして背伸びしなくてもいいとか、そういったニュアンスとは少し違っているのだと思う。

 なんていうか、うまく言えないけど……

 

「だ、そうですよ。フラムくん」 

「そうね。ああだこうだと小難しく言うのは簡単だけど。君はまだまだこれから、って話ね」

「プリエラ、レヒネ……エピニオ。ありがとう、ございます……まだ皆に言ってもらったこと、全部わかるわけじゃないけど。貰った言葉の意味を考えながらやってみようと思います」 

「うむうむ。ワシの助言、ゆめゆめ忘れるでないぞ。ヒヨッコよ」

 

 最後は三人から、励ましの言葉を貰いながら。

 俺はホムラをぎゅっと抱きかかえて、皆に頭を下げていた。

 

 まだまだヒヨッコ、か。

 たしかにそう言われてみれば納得も出来る。

 冒険者として生きてきた彼女たちからすれば、俺なんてそれこそ嘴の黄色いヒヨッコ同然だろう。

 

 そう考えれば、焦ることはないとも思える。

 自分よりたった二つ上だというフェレシーラが、あまりにしっかりしていたものだから、少し背伸びし過ぎていたのかもしれない。

 

 ……ちょっと言い訳がましくなったけど、いまはそれで納得しておこう。

 

「それにしても、十五の頃ですか……私は村で、家の手伝いをしていましたねえ。懐かしいなぁ……皆、元気にしてるかなぁ」 

「私はまだ、こっちにいた頃ね。と言っても次の年には難民として両親と一緒にメタルカに移住してたけど。あれからたった十二年で、ここまで町を復興させるだなんて……公国の上層部にも相当なやり手がいるようね」 

「ほへー。そーなんだ。初耳初耳。そういやそこら辺の話って、あんましてなかったねー」


 俺からの相談が終わったことで、平常運転に戻ったのだろう。

 三人はそれぞれに飲み物を注文しつつ、歓談おしゃべりに興じ始めていた。

 

 そろそろエピニオには、教会に案内して貰いたいところだが……

 今のいままで相談に乗ってもらっておいて「ではこれで」だなんて言い出すのは、流石に自分勝手にもほどがある。

 

 暫しの間、俺は彼女たちの話に耳を傾けることにした。

 

「そういやプリエラ。アレクのヤツって、その頃どうしてたのさ」 

「あの人はですね……その頃は、冒険者として一人立ちするんだって躍起になってましたから。寝ても覚めても剣の練習に明け暮れていました。村ではもうとっくに相手になる方がいなくて、近くの町の道場まで通ってたみたいですけど……そこで現役の魔剣士や神官戦士の方に鍛えてもらっていたとかで。それから魔術も勉強し始めていましたよ。全身痣だらけの、顔ボッコボコで」

「へぇ。それは意外ね。あいつもそんな風に、必死になって修行していた時期があったんだ。とはいえ、そこからの短期間で術法の基礎を修めているあたりは、あいつらしいけど」

 

 ……おぉ。

 なんか話が、またアレクさんのことになってる。

 しかも今度のは結構気になる内容だ。

 

 魔剣士に神官戦士と言えば、それぞれ剣や鎚矛メイスといった近接武装に併せて魔術や神術を用いるハイブリッドスタイル――

 いわゆるところの、中衛と呼ばれる戦闘職だ。


 接近戦、術法戦の両方を単独でこなすその反面、技能的な熟達が非常に難しく、しばしば「どっちつかず」「器用貧乏」「穴埋め要員」等と揶揄されることもある、あらゆる意味での上級職なわけだが…… 

 

「でも、いいよなぁ……剣と魔法の融合、象徴って感じで。ロマンあるし」 

「あら? フラムさんも、アレクのような魔剣士に興味があるんですか?」 

「あ、いや……興味があるっていうか。勝手なイメージで、華があるなー……なんて」


 しまった。

 心の声が、無意識の内に駄々漏れとなっていたらしい。

 

 興味深々といった風に問いかけてきたプリエラに、俺は慌てて外野の立場を装う。


「魔剣士か……そういえばフラムくんってさ」


 そこに、レヒネが割って入ってきた。

 

「これまで天涯孤独でやってきたって言ってたけど。君、誰か育ててくれた人がいるでしょ」 

「え。いや、俺ほんとに、最近までずっと一人で……」

「ふふ。事情もあるでしょうし、無理に話してくれなくてもいいけど――術士ね? その人」

「――ッ」


 前言をあっさりと翻しての指摘に、俺は反射的に言葉を詰まらせてしまう。

 その様子が余程おかしかったのだろう。

 

「ほんと、地頭はいいほうなのにね。顔に出過ぎよ」 


 レヒネが堪えきれないといった感じで苦笑を見せてきた。

 

「自分では上手く隠しているつもりだったみたいだけど。あなた、術士としてかなりの修練を積んでいるでしょう。それも相当に優秀な名うての術士に師事して。違う?」 

「……なんで、術法の一つもみせていないのにそう思うんですか」 

「それぐらいは少し観察していればわかるものよ。仮にも魔術士を名乗っているのなら、ね」 

 

 半ば観念しながら反問を行うと、憎らしいほどの澄まし顔が返されてきた。

 しかしレヒネとしても、それ以上追及するつもりはなかったらしい。

 上機嫌で野菜スティックに指振りの代わりをさせる彼女に、俺は平静を装いつつも内心で胸を撫で下ろしていた。

 

「術士の弟子って……いやいや、それはレヒネの勘違いでしょ」 

 

 だがそこに、残る一名が乱入を試みてきた。

 

「あらエピニオ。なぜそう思うの? 私の予想を否定する根拠は?」 

「なぜも何もさ。アンタだってみたでしょ、レヒネ。コイツが裏路地でアタシらに突っ込んできたときのアレ。アレ、マジで通路の幅ギリッギリですり抜ける動きだったし。身のこなしといい、体つきといい、絶対に『こっち側』だって。なんなら今日のメシ代賭けてもいいよ」

「もう……駄目ですよ、エピニオ」


 一人ヒートアップし始めたエピニオを、プリエラが咎めてきた。

 流石は僧侶を名乗るだけあり、ホイホイと賭け事なんかに話を――


「そういうのは、別の日にしてください。今日はフラムさんのお話をお聞きするのに夢中で、ちゃんとお食事出来ていないんですから。あ、ちなみにもし私が賭けるのであれば魔物使いに一票で。赤ちゃんとはいえ、幻獣を手懐けている人を見るのは初めてなので!」

 

 ……駄目だった。

 ある意味、この人が一番駄目だった。

 というか頼んだ料理の殆どを平らげておいて、まだ食えるってのかこの人は。


 しかし……術士、盗賊、魔獣使いか。

 これだけ予測されながら、どれ一つとして満足にこなせていないのは悲しくなるな。

 まあ、俺としては魔術士としてさえ認められれば、それでいいんだけど。

 

 なんにせよ話が脱線しすぎた感はいなめない。

 早急にフェレシーラの元に戻る為にも、軌道修正が必要なのは明白だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る