76.三人寄るも人それぞれ


 いまだ活況を呈し続ける、冒険者ギルドの片隅にて。


「なーるほどねぇ……」


 ここに至るまでの――もちろん、霊銀の洞窟の存在などは伏せて――大まかな経緯を俺が伝え終えると、腕組みをした女性陣が神妙な面持ちで頷きを繰り返していた。

 

「こやつめが……ガキだガキだと侮っていれば、思ってたよりもヘヴィなところを覗かせてきよって……」 

「そう? 私は、まだまだ子供だからこそって気がするけど。ちょっと視野が狭くなってるだけって言うか……」

「なんにせよ、ここはキチンと相談に乗ってあげるべきですね。ちょうどおかわりの料理も揃い切りましたし」 

 

 三者三様、虎縞の尻尾をクネらせたり、帽子のつばを弄り回したり、ピンク色の兎耳をせわしなく動かしたりしながら。

 エピニオら三名の女性冒険者たちは、そう言ってこちらの話に乗ってきてくれた。

 

 はっきり言って、涙が出そうなぐらいにありがたい対応だが……

 でも、なんで目の前が山のような追加注文で埋め尽くされているのか。 

 これが理解ができない。

 いま食欲が湧くような話してたか、俺……?

 

「ていうかさー。青いよねー、これ。幾らなんでも、青臭すぎる。青すぎてまだ春も来てない感じじゃん。せっかくの案件なのに勿体ないなぁ……レヒネもそう思わない?」

「エピニオ……あなたねえ。今回の話の焦点は、そこじゃないでしょ。これはあくまでも、彼のメンタル面でのケアを優先して考えるべき話だから。ね、プリエラ」 

「うーん。どうですかねぇ……たしかに、フラムさんは少々思いつめすぎな気もしますが。私はそれよりも――」 

 

 やいのやいの、ああだこうだ。

 もう幾度目かになるかもわからぬ意見交換に、俺は只管耳を傾ける。

 

 依頼に関するアレコレだとか、俺の生い立ち等といった個人の情報は伏せつつだが……

 こちらは既に、自分の悩みを洗いざらい吐き出し終えている。

 ぶっちゃけ初対面の相手にこんな相談を持ちかけるのは、相当な抵抗というか……恥ずかしいものがあった。


 だが、今の俺はフェレシーラに対する気持ちの整理が、自分だけでは付けようがない状態なのだ。

 なので、いまはこうして気持ちを落ち着けつつ、彼女たちの助言アドバイスを待つしかなかった。

 

「はーい、ちょっとすみませーん。アタシ先にこの子に……いや、フラムに謝っておくね」


 そんな心持で構えていると、エピニオが挙手と共に意外な台詞を口にしてきた。

 

「え……なんだよ、突然。なんか俺、謝るようなことされてたか……?」 

「うん、してた。君もおぼえていると思うけど……アタシたち、アレクっていうもう一人の仲間がいてさ。今回のことはそいつが来るまでの暇潰しぐらいに思って、君のことイジってた。なので、ごめんなさいしたい。ごめんなさい」 

「べ、べつにいいよ……そんなこと。元はと言えば、こっちが誤解されるような真似したんだし」

「うむうむ。そーだねー。ならこれはもう、チャラってことで終わっておこー。あ、あとね。このあと教会にもアタシが連れてってあげるから、そこは任せておいて」 

「……わかった。気遣ってくれてありがとう、エピニオ」

「どういたしまして。それじゃあ、本題に入るけど――」


 こちらの短い感謝の言葉に、彼女はニヤリとした笑みを返してきた。

 

「つまるところ、ってヤツだけど。コイツ、その神殿従士の子に合わせる顔がないってことだから……ここから先は『護衛されてるんだから気にせず戻れ』なんていう、身も蓋もない意見は封殺します。オーケー?」

「はい。こちらは意義なしです」 

「またあんたは、なんていうゴリ押しを……私としては、こんなところでウジウジさせてる暇があれば、はやくこの子を返してあげるのも選択肢の一つだと思うけど? 相手も今頃、必死で依頼主を探しているでしょうから」


 エピニオと、それに賛同するプリエラを横目に反論を飛ばしてぎたのは、レヒネだ。 

 彼女は度々、フェレシーラの立場からも考えを巡らせてくれている。

 我が事ですら覚束ない俺にとっては、耳に痛く、そしてありがたい。

 

「でもまあ……二人がいいって言うんなら、敢えて止めるつもりもないかな。こういう悩みごとは変に一人で抱えたままでいると、おかしな方向に進みがちだし」

「オッケーオッケー。同意しつつも可決可決ぅ。ありがとうございましたー。それじゃフリートークタイムねー。フラムから誰かに意見を仰ぐもよし、こっちから慰めるも説教垂れるもよし。各人お好きにどぞー」


 レヒネの表明を受けて、エピニオがテキパキと話の舵を取ってゆく。

 コイツさっきから異様に積極的だな……


「そういうことなら……まずは私からフラムさんに失礼しますね」


 そこに横から一礼を行ってきたのは、プリエラだ。

 彼女は右手額にあて短く祈りを捧げると、厳かな口調となり俺に告げてきた。

 

「フラムさんは、自分に石が投げられなかっただからと。そう仰いましたね」 

「……はい。言いました」 

 

 彼女は敢えてすべてを述べずに、話してくれたのだろう。

 そしてその分なのか、一言一言をしっかりと発しながら、言葉の後を続けてきた。

 

「私は、違うと思いますよ。だってその石は、フラムさんにも当たっていますから」

「……えと。それって、どういうことですか?」

「あなたの心に当たってしまったのでは、ということです。陳腐な表現ですが……私はそう思いました。だからどう、というわけではありませんが。傷つけられたのは、なにもその女性のかただけではないという……あれ? これって、ただの私の感想ですね。申し訳ありません……えへへ」


 言葉の意図を掴みかねて思わず反問を行った俺へと向けて、プリエラは赤い瞳に穏やかな輝きを灯しながら言ってきた。


 その言葉を俺は噛み締め頭を下げる。

 彼女の心遣いと率直な心象を、俺は静かに噛み締めていた。


「うんうん。アタシも、実はそういう感じのことが言いたかった……!」 

「私が思うのはね」

 

 一人盛り上がる猫娘をよそに、今度はレヒネが口を開いてきた。

 

「単に君は、受け入れられなかったんじゃないかな。その人が石を投げられたっていう出来事自体が」

「受け入れられなかった……」

「うん。君、セブの町でスリに遭ったって言ってたけど。その瞬間、なんて思ったか憶えてる?」

「……そりゃそのときは、『やられた!』って思ったけど」

「ええ。そうよね。なら、なんでそう思えたか。それもわかる?」

「なんでって。そんなの……俺が如何にも田舎者で隙だらけの、カモにみえただろうからとしか……」 

「うんうん。なら君の頭の中には……無意識下には、既にスリの被害に遭う自分のイメージがあったってことよね? 違う?」 

「……違わない、と思う。たしかにあのときは、それで反射的に手が出た――のかも」 

 

 レヒネの言いたいことは、なんとなくだが理解できた。 

 

 俺がスリに咄嗟に対応出来たのは、無意識の内にそうした事態に出くわす可能性を想定していたからだろう。

 だからあのとき、俺は即座に相手の男の腕を掴めていた出来たのだ。

 そうした認識がなければ、きっと財布を盗られたことにも気づけなかったはずだ。

 

 ということは、つまりレヒネの論法からすると、

 

「つまりそれって――俺がもし、世の中には『彼女に石を投げるヤツもいるかも』って、心の片隅にでも思っていれば……反射的に庇えていたかもしれない、って。そういう話か」

「そ。どんな人間だって、想定外の出来事には弱い。それだけの話だと私は思うから」 


 さらりと認めてきた目の前の女魔術士に、俺は一瞬、どう返していいかわからなくなってしまった。


 それは詰まるところの、たらればの話だ。

 石が飛んでくるのを予想出来ていたら……それなら俺だって、フェレシーラとの間に割って入れていたかもしれない。

 その可能性は、大いにあるだろう。


 だが問題は、それを予想して尚、実際に俺が身を挺して彼女を庇おうとしていたかであって――

 

「君ってさ。頭の回転は悪くないみたいだけど。少し悪い方に考えすぎるきらいがあるみたいね。ナイーブというべきか、グダグダと悩みすぎというべきか」

「グダグダって……そんな、人が真剣に悩んでるのに……」

「真剣だろうと何だろうと、私は私の意見を述べたまでよ」

 

 俺の力ない抗弁を、レヒネは一刀の元に斬り捨ててきた。 

 

「君がこの先もしも。その人が傷つくのを予想しながらも、また同じようなことが起きたとき……それでも何もしない、出来ないって言うのなら。私から言うべきことは何もない。出来なかった自分を延々と責めるほうが大事って言うのなら、相談なんかしたところで意味はないとしか思えないから」

「……っ」


 容赦のない言の葉の雨に、俺は口を噤むことしか出来なかった。 

 反論が、一切出来ない。

 レヒネの言葉は正しかった。

 間違っているのは、俺の方だ。

 

 だが……どうにも胸の奥がムカムカしてたまらない。

 そんな思いを抱えていると、レヒネが灰色の冷めた眼差しを向けてきた。

 

「で? どうなの。次にまた彼女に石が飛んできたら、俺は自分が可愛いだけのヤツだーって思いながら、また見過ごすおつもりで?」 

「そんなこと――そんなわけ、あるかよ!」 

「そう。なら、よかった。相談に乗った甲斐があったみたいね」 

「……!」

 

 堪らず声を荒げたときには、彼女は既に満足げな微笑みを浮かべていた。


 完全にこっちのリアクションを読まれていた。

 ぐうの音も出ない、というヤツだ。

 エピニオに向かってレヒネの話がわかるだなんて、そんなことを自信満々で言っていた自分が恥ずかしくなる。

 

「ぐぅおおぉ……」


 自らの認識を恥じていると、今度は正面からうめき声がやってきた。

 エピニオだ。

 彼女は友人に挟まれた状態で頭を抱え込みながら、ぐねぐねと身を捩っていた。

 なにやってんだコイツ。


「アタシもなにか……アタシなにか、二人みたいにいい感じのこと、言ってみたい……!」


 ……どうやらプリエラとレヒネが喋っている間に、特に何も思いつかなかったらしい。

 いや、無理してアドバイスしてくれなくてもいいんだけど。

 両サイドの二人が揃って無理すんな、って顔してるのがまた……


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