75.『自覚』
一体どこの国からやってきたのかと。
そう問いかけたこちらに、プリエラが答えてきた。
「私たちは以前から……あともう一人を含めた四人でパーティーを組んで、メタルカ共和国で冒険者をやっていたんですけど。つい先日、このレゼノーヴァに渡ってきたんですよ。皆で相談して、こちらの冒険者ギルドを今後の活動拠点にしてみようって話になって」
「おぉ……ってことは皆、メタルカの出身なのか? あ、エピニオは普通に考えたらラ・ギオか。でもそれにしちゃレヒネは公国のこと、よく知ってるな」
「そりゃあ私は元々こっちの出身だし、ある程度はね。ラグメレス王国時代に暮らしていただけだから、市民権は持っていないし、取る予定もないけど」
「アタシは反対だったけどねー。せっかくメタルカで名が売れてきたってところだったのに、急に皆して国を渡るぞー! って盛り上がるんだもん。数の暴力で押しきりやがってー……横暴だぞ、横暴ー」
「駄目ですよ、エピニオ。ここまで来てそんなこと言ってたら。それに今回の件は、あなたがやり過ぎたせいでもあるんですから」
「えー。あんなの、ちょおっとカジノで楽しんでただけじゃん。揃いも揃って下手なイカサマ見抜かれたあっちが悪いしー。豪商だか大商人だか何だか知らないけどさー」
「あなたねえ……店一つ休業に追い込むのに、ちょっとなんて形容じゃ済まないから。しかもその後、他の店で速攻で有り金巻き上げられて……いい? もう何度もいってるけど――」
……おおう。
少し気を抜いた瞬間に、また三人で盛り上がり始めてしまった。
こっちに興味が向いてる内はまだいいけれど、こうなると中々話に入っていけない。
そのこと自体には、知り合ったばかりの俺にはどうしようもないけど……
それにしても、随分とこの場所に長居してしまっている。
本当にいい加減、フェレシーラを探さなければいけない。
そして彼女に、勝手な真似をしでかしたと謝らなければならない。
それが俺にとっての最優先でやるべきことなのに。
なのにどうしてか俺は、この雑然極まる喧騒の中から抜け出せずにいた。
……ここでエピニオたちと話していて、なんとなく、わかったことがある。
それは俺が「自分が思っていた以上に」自分のことしか考えていない、という事実だった。
口ではフェレシーラに対して感謝を述べて、頑張るだのなんだのと言ってたところで。
俺はあいつがどんな家の人間だとか、なんで聖伐教団にいるのだとか……
彼女自身のことは、ロクに知ろうともしていなかった。
俺が気にしていたのは、あくまでも。
なぜ彼女が自分を助けてくれるのだとか。
どうしたら自分への恩を返せるのだとか。
なんで自分といてくれているのだとか。
再び寄る辺が無くなるのではないのかという不安を払って欲しくて、必死でついて来ていただけだ。
辛そうな顔している彼女を見て、どこかで放り出されるのではないかと怯えていただけだ。
どんな時でも、どこまでいっても……自分、自分、自分。
それだけだったのだと、ここにきて、楽し気に笑い合う冒険者たちを見て……エピニオたちを見ていて、思い知らされた。
べつにフェレシーラに遠慮をして、プライベートに関することを聞かなかったとかではない。
それを言ったら、彼女だって同じなのだ。
だがフェレシーラは、俺のことを知ろうとしてくれていた。
俺の抱えた問題を解決するために、過去にも、劣等感にも踏み込んでくれた。
だから俺は、その気になればフェレシーラに色んなことを聞けたし、フェレシーラだって、話せることは話してくれていたはずだ。
でも俺は、フェレシーラという一人の人間を見ていなかった。
自分のことに精一杯でそこまで頭が回っていなかった……
なんていうのも、きっと言い訳だ。
頑張るって言葉もそうだ。
頑張ること……それ自体を、彼女に対する感謝の現し方だと考えていた。
でも、それは違った。
俺が頑張るのは……単に、自分が褒めてもらいたいからだ。
頑張ったことを褒めてもらい、自分にも出来ることがあるのだと思い込みたかったからだ。
……多分俺は、フェレシーラのことが好きだ。
でもその理由の大半は、「彼女が俺を助けてくれるから、褒めてくれるから」というものだった。
それはべつに、そう悪いことでもないのだろう。
自分を褒めてくれる人を、好きになる。
助けたくれた人に感謝の念を覚えて、好意を抱く。
至極普通で、正常な心の動き。
まともといえばまともな反応だ。
気にするほどのことではないと、言ってくれる人もいるだろう。
でも俺は……自分では、フェレシーラのことを大切に思っている
受けた恩はなんとしても返すし、なにかあれば彼女の力になれるよう努力できると思っていた。
だけど、つもりは所詮、つもりだった。
あの路地裏へと差し掛かった道端で。
フェレシーラが、二度に渡って石を投げつけられたそのときに。
俺はそれを、ただボケっと眺めていた。
彼女が傷つくのを、なにもせずに傍観していた。
突然のことだっただとか、一度目は避けていたからだとか。
そんなのは、なんの免罪符にもなりはしない。
思い返してもみろ。
セブの町で、人混みの中でなんの前触れもなく、スリに遭った時……
俺はそれに即座に反応して、相手の男を咎めた。
そしてその上、そのことに関心してきたフェレシーラに偉そうにカッコつけて……内心では得意げになって、「これぐらい当然だ」などと言い放っていたのだ。
彼女のおかげで気づけただとか、感謝する振りをして……損得勘定抜きで一緒に旅がしたいからだなんて、自分に言い聞かせて。
そもそもが最初っから、褒められ続けたい一心で必死になっていたくせして、自分の物だけは、きっちりと守り通していたのだ。
……あの時アレクさんが現れて、スリの男を連れていってくれていなければ、きっと俺は必要以上に相手を叩きのめして、みっともないほど調子に乗っていただろう。
お笑い草にもほどがある。
我が身かわいさにも限度ってものがある。
あの石は、止められなかったんじゃない。
俺が止めなかったんだ。
自分に直接、関係なかったという理由だけで……阿呆のように口だけを開けて、動こうともしなかったのだ。
結局俺は、何も変わっちゃいなかった。
師匠の真似事をして、魔術を発動させて、洞窟に大穴を開けて……それでいっぱしの魔術士になれたつもりでいただけだ。
自分の力で成長した気になっていただけだ。
フェレシーラには無理矢理に術式は使わないと言っていたが、少しでも自分が追い込まれてしまえば、あっさりと使ってしまうだろう。
むしろそれで上手く窮地を脱することが出来れば、また褒めてもらえるとか――
「……ぃ――くぉら! おいってば!」
「うわ!?」
「ピ!?」
突然やってきた大声に、俺は驚き顔をあげた。
「な、なんだよエピニオ。いきなり耳元で、でっかい声だしたりして……」
「いやいや……さっきからずっと呼んでたし。グリちゃんも心配してるだろ」
呆れ顔のエピニオに、俺は両腕で抱え込んでいたナップサックの中へと視線を落とす。
そこではグリちゃんことホムラが、不安げな様子でこちらを見上げてきていた。
「ったく。なんかキミさぁ……急に黙り込んで『この世の終わりです』みたいな顔してたけど。ホント、なにがあったのさ」
「え……」
言われて俺は、随分と長い間、思考の渦に嵌っていたことを自覚した。
慌てて周りと見回すと、全員がテーブルに腕を置きこちらを見つめてきている。
どうやら皆、俺が暗い顔をしていたのを見て心配してくれていたらしい。
予想外の状況に、俺は沈んだ場の空気を拭き散らそうと、反射的に手を振りかけて――
「エピニオ、プリエラ、レヒネ」
そこでその掌を両膝の上へとおき、彼女たちへと体を向き直らせていた。
「本当に、いきなりだけど……皆に折り入って頼みがあります」
その唐突な願い出に、三人が目を丸くして、交互に顔を見合わせてから。
「どうか人生の先輩として……俺の相談に乗ってください」
それぞれに異なる笑顔を浮かべると、皆示し合わせたかのようにして、こちらに頷きを返してきてくれた。
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